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2-15 伝えたいこと

「アーシェ様……凄くお綺麗です」


 少し古びた、落ち着いた雰囲気の離宮の一室。大きな窓のカーテンが風にふわりと揺れるその部屋で、私はアンティークの全身鏡の前に立っていた。


 サテンの滑らかな白銀の生地の上に、深い青の透ける素材が重なっている。それは裾に向けて淡いグラデーションを描き、生地の重なり具合で、所々明るい青や緑に輝くようだった。


 なんとなく離島の海を思わせるその色合いに、懐かしい気持ちになる。


 クロヴィスは、どんな気持ちでこのドレスを選んでくれたのだろうか。


 手元に目を落とす。ドレスと共に届いたのは小さなカード。そこには、クロヴィスの綺麗な文字で、『楽しみにしてる』とだけ書かれていた。


「クロヴィス殿下、浮かれてらっしゃいますね」


 そのカードを覗き込んだカーラがふふふ、と笑いながら私に言った。そうかなと首を傾げると、カーラはあらあら、当たり前じゃないですかと微笑んだ。


「実は先日お会いしましたけどね。離宮でのアーシェ様の様子を聞いて、嬉しそうに次の花を選んでらっしゃいましたよ」


「花……?」


「はい、この離宮に飾っている花ですね」


 カーラの視線の先を見る。そこにあった大きな花瓶には、この離宮に来てからいつも花が飾ってあった。


 柔らかな色合いの薄紫の花と、それを引き立てる白い小花と瑞々しい緑の葉。リビングには今日も私が好きなオールドローズの少しくすんだ淡いピンク色の花が飾ってあった。


 確かに、私は優しいその花の色にいつも癒やされていた。対して、選んでくれているドレスの色は青や紺のように、落ち着いた色が多い。


 ――アンナは、もうすこし控えめな色が好きなんだ?


 不意に、離島でのクロヴィスとの会話が頭に浮かぶ。


 ――そうね……花だったら、柔かい色が好きかな。薄紫とか、少しくすんだオールドローズとか。服の色だとちょっと似合わないんだけどね。


 ハッとして手で口を塞いだ。


 まさか、クロヴィスは、あんな世間話を覚えていたのだろうか。


 サイドテーブルにかけられたタニアさんの古布。そこに飾られた金属のティーカップは、私が離島の小屋で見つけて磨いた愛用品だ。昨日の夕食は揚げた魚に甘酢をかけた私の好きな料理。そして、今朝の朝食には、懐かしい茹でたバナナが添えられていた。


 もしかして……いや、もしかしなくても。きっとこれは全部、クロヴィスが私のために準備してくれたものじゃないだろうか。


 私が、慣れない帝国で、少しでも心地よく過ごせるように。


「……優しいでしょう?クロヴィス殿下は」


 化粧品を片付けながらカーラが微笑んだ。


「でも、いい子過ぎるんです。昔から、大事な物を大切にしすぎて、自分の気持ちを押し込めてしまうんですよ。……私は、もう少し我儘になってもいいと思うんですけどね」


 ぱたんと化粧品を入れた箱を閉じたカーラは、呆けた私にニコリと笑うと、私の手を取った。


「アーシェ様……良かったら、クロヴィス殿下の我儘、聞いてあげて下さいね」


「カーラ……」


「さぁさぁ、ケビン様がお迎えにあがりましたよ」


 促されて窓の外を見る。いつもよりずっと上等な魔法使いのローブを着たケビンさんが、私にブンブンと手を振っていた。


 ケビンさんと離宮から馬車に乗り、本宮殿の方へ向かう。歩ける距離だけど、やはり歩くと意図せず面倒事に巻き込まれるだろうとのことで、今日も立派な馬車に乗せてもらった。


 素朴で優しい雰囲気の離宮の庭から、切り揃えられた生け垣が続く本宮殿の庭へ。美しい石畳に、大輪の薔薇。降り立ったのは、噴水が美しい夜会会場に面した広場だった。


 どうぞと差し出されたケビンさんの手を取り、馬車を降りる。


「アーシェ、ごきげんよう」


 振り返るとオリビア様が上品な紫色のドレスを纏い私の方へやって来ていた。一緒にいるのはグレース様とエミリー様だ。少し向こう側にはリチャード様や他の令息達。恐らく三人をエスコートしていた人達だろう。


「素敵じゃない、アーシェ。クールビューティーってこういうことよね」


「ありがとうございます、オリビア様。オリビア様も深い紫色がとてもお似合いですわ」


「ふふ、ありがとう。……ねぇ、アーシェ。そのドレス、もしかしてクロヴィス殿下から?」


「……そうですね」


 少し恥ずかしく思いながらもそう答える。すると、グレース様はあからさまにニヤニヤと笑った。


「まぁぁぁそう!そうよね、それっぽいものね」


「ちょっとグレース、ニヤつき過ぎよ」


「だってぇ、この辺の色とかまさにじゃない?」


 エミリー様がグレース様を嗜めているけれど。一体何の話をしているのかと不思議に思った。そんな私を、三人も不思議そうに見た。


 絶妙な沈黙が流れる。


「…………何か?」


「えっ、気づいてないの?」


「何をですか?」


「…………これはクロヴィス殿下も苦労するわね」


 苦笑いしたオリビア様は、ケビンさんの方に向き直った。


「…………で、今日のケビン様のその格好も、クロヴィス殿下のご指示ね?」


「そうなんだよ!酷くない?俺こんな成金趣味じゃないんだけど」


 そう。今日のケビンさんは金色の刺繍がふんだんに入った上等なローブを着ている。


「ねぇ、アーシェちゃん。どう思う?」


「お似合いですが……ちょっと眩しいですね」


「でしょう?絶対悪目立ちするよぉぉ」


 しょんぼりしたケビンさんは、やっぱりギラついている。普段は落ち着いた服装なのになと不思議に思った。


「…………アーシェ、やっぱり分かってないのね」


「何がですか……?」


「……やっぱりそうなのね」


 はぁ、とため息をついたオリビア様は、扇越しに、にやりとからかうような笑みを浮かべた。


「青や緑に見えるドレスに明るい金色。完全にクロヴィス殿下の色でしょう。どう見ても、周囲への牽制ね」


「――――えっ」


「ふふ、アーシェは鈍感ねぇ」


「かわいいわぁ」


 によによと三人のご令嬢に囲まれて変な汗が出てきた。そう言われてみればその通りだった。


 クロヴィス、そんなことまで考えていたなんて。


 赤くなって顔をしかめて耐えていると、グレース様が、それでもさぁ、と強そうな羽だらけの扇を広げた。


「ここまで愛があるのに、勿体ないなぁと思うのよね。……やっぱり、ケビン様のエスコートなのね」


 その言葉にドキリとする。


 そんな私を見て、オリビア様がちらりと意味深な視線を私に向けた。


「………………アーシェ」


「……はい」


「あなた、もしかしてわたくし達に言ってないことがあるんじゃない?」


「………………」


 一斉に三令嬢の視線が私に向けられる。ケビンさんだけがすっとぼけた変な顔をしていた。


「アーシェ?」


「…………そうですね」


 すぅ、と息を吸って、胸元の印に手を添えて、長く息を吐き出す。


 それから、三人に向かって視線を上げた。


「――皆様に、聞いて頂きたい事があります」


 三人は、私の意志の宿る表情を見て、にこりと強気な笑みを浮かべた。



「おーい!そろそろ行くぞ」


 それから少しして、夜会が始まる時間になった。リチャード様がエスコートをしようと迎えに来る。オリビア様のドレスと同じ濃い紫のポケットチーフがとても似合っていた。リチャード様の腕に手をかけるオリビア様のツンとした赤い顔を見て、幸せな気持ちになる。


 私が腕を組むのは金ピカのケビンさん。ケビンさんは私をにこりと見下ろすと、小さな声で私に囁いた。


「あっちにクロヴィスがいるよ」


 きらびやかな夜会会場には美しいドレスがヒラヒラと揺れ、心地よい曲が奏でられている。その向こう側、会場の一際目立つ場所に作られた皇族席には、きっちりと着飾ったクロヴィスがいた。いつもより整えられた髪の毛が妙に大人びていて思わず見とれていると、不意にクロヴィスがこちらを見た、気がした。


 ずっと遠い場所にいて、目があったかどうか、はっきりとは分からないけれど。それを確認しようとした時にはもう、他の人だかりに視界が遮られてしまった。


「大丈夫、そのうち嫌でもこっちに来るよ」


 金ピカのケビンさんが私にそう言った。残念そうな顔を見られてしまった。恥ずかしさを感じながらケビンさんを見上げる。


「ごめんなさい、気を遣わせました」


「いいや?そんなことないよ。どっちかっていうと、俺はクロヴィスの味方だから」


 そう真面目な顔で言ったケビンさんは、はっとしていつもの調子の良さそうな表情をすると、ニカリと笑った。


「そうじゃなきゃこんな金ピカの格好しないでしょ」


「ふふ、確かにそうですね」


「できれば次回は御免被りたい」


 渋い顔になったケビンさんを見上げて笑う。確かに、その方が目に優しいかもしれない。


「――今日は随分と派手な格好ですな、ケビン殿」


 背後から硬質な声がして、動きを止める。振り返ると、そこにはいつもより気持ち華やかな格好をしたハイラス元老院議員がいた。


「それで……君は今日も懲りずにこんな場所に出てきたのか」


「えぇ、皆様歓迎して下さって嬉しいですわ」


「は、この状態で、か」


 ハイラス元老院議員は眉をひそめた。


 そう、それは私も感じ取っていた。チラチラとこちらを見る視線。ひそひそという声があちこちで上がり、会場全体を穏やかではない雰囲気に包みこんでいる。


 ハイラス元老院議員は気難しい顔に厳しさを乗せ、私を睨みつけた。


「クロヴィス殿下の評判を落とすような動きはするなと言っただろう。今からでも帰ったらいい」


「まぁ、ハイラス元老院議員。もしかして、嫉妬ですか?」


 気がつけば、背後にはオリビア様とリチャード様がいた。強気な表情でツンと笑みを浮かべている。更にその後ろにはエミリー様やグレース様。皆貴族のほほえみを浮かべているが、物凄い威圧感だった。


「アーシェはクロヴィス殿下に歓迎されてこの場所にいますものね。いつまで経っても殿下と仲良くなれないハイラス卿とは違うのです。……まぁこの会場では陰口が多いのも確かですが。面と向かって戦えずに嫉妬して陰口を言うしかない卑しい者など、クロヴィス殿下に見向きもされないのは当たり前ですわ」


 ギラリと周りに睨みを効かせたオリビア様に、数名の令嬢がひぃっと後ずさる。そんな完全にご立腹なオリビア様をなだめるように、リチャード様がオリビア様の腰を抱いた。


「ほら、落ち着いてオリビア。そんな人ばかりじゃないよ?アーシェ嬢に助けられた騎士やその家族や友人は、アーシェ嬢に好意的だろう?」


 見るとこちらに何人かが温かい目を向けてくれていた。確かに護衛の騎士にも治療をした人たちがいて、うんうんとこちらに頷いている。


 難しい顔をするハイラス元老院議員に、ブラックのドレスを格好良く着こなした豊満ボディのグレース様が、勝ち気な笑みを浮かべて閉じた扇を突き出した。


「大体この間から帰れ帰れとはなんですか。過保護なお祖父様のようですわ」


「――――……」


 ハイラス元老院議員はじっと黙ってしまった。難しい表情と重い空気。


 この間から感じていた、違和感が再び胸を過る。


 なぜ、ハイラス元老院議員は、そこまで私を帰そうとするのだろうか。


「やぁ、今日も綺麗だね、アーシェ嬢」


 ざわ、と人垣が揺れる。


 そう、今日もそこに現れたのは。上等な服を美しく着こなした、イザーク殿下だった。

 



さぁ!出ましたよ、イザーク殿下!

「アーシェはイケメンの誘惑なんかに負けないわ!」とファイティングポーズを取ってくださった読者様も、

「強気の三人娘心強い!」と友情に熱い気持ちになったあなたも、

この夜会がどうなるのか、見守ってくださると嬉しいです!


いいねブクマご評価ご感想、本当にありがとうございます!

引き続きなんでもいいので応援していただけると嬉しいです!

読んでいただいてありがとうございました!

また遊びに来てください!

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[良い点] 娘さんたちが良い子。やはり、味方がいると嬉しいですね。 [気になる点] ぴかー! 金ぴか(笑) [一言] 味方の描写が心強くて、そうそう、敵ばっかりじゃないんだよ、と思いました。 そして…
[一言] いよいよ!ファンタジー物、異世界物でお馴染みの虹彩・髪の色を夜会の服装に反映させる〜アーシェ様は聖女でしたから疎かった?日本人の虹彩は基本茶色、たまに光の加減でうっすら緑っぽい色味の薄い方は…
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