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2-14 目覚め

「あなた……!」


 ロマネリコ卿がぼんやりと目を開いた。時は真夜中。私の光魔法により目覚めたロマネリコ卿に、夫人が縋り付く。


「なんだ、どうした?そんなに必死で……」


 ガラガラにかすれた声でそう言ったロマネリコ卿は、大きなあくびをするとパチパチと瞬きをした。


「何だか良く寝た気がするなぁ」


「二ヶ月ですよ!」


 夫人が涙声で叫ぶ。


「二ヶ月?何が?」


「あなたが寝てからよ!」


「ふふ、何を言ってるんだい?」


「本当だよ、ロマネリコ卿」


 その言葉に視線をずらしたロマネリコ卿は、途端に驚愕の表情となった。


「クロヴィス殿下!?なぜここにっ……ゲホゲホッ」


「無理しないで。本当に二ヶ月寝ていたんだ。急に大声を出すと体に障る」


 お忍び用のシンプルなシャツを着たクロヴィスは、気遣うようにロマネリコ卿に声を掛けると、私の方に顔を向けた。


「……アーシェ、やっぱり同じだった?」


「うん……同じ光魔法が使われていたわ」


 深い眠りに落ちる睡眠薬。もちろん通常であれば時が経てば目覚めるけれど。惚れ薬と同じように認識阻害と固定化の光魔法が付与されたそれは、ロマネリコ卿をずっと眠り続けさせていた。


 惚れ薬と、眠り薬にかけられた二つの光魔法。恐らくそれは、一つに繋がる。


「この薬の解毒方法は光魔法だけ?」


 クロヴィスは、私に静かに問いかけた。思考を働かせながらそれに答える。


「えぇ、この眠りを解除できるのは現状だと光魔法だけね。光魔法付与の魔法薬なら、光魔法単体よりも簡単に解除できるんだけど……眠っている場合は飲ませられないから、この場合は無理ね」


「……単体の光魔法でこの薬の解毒ができるのは、どの階級の聖女?」


 クロヴィスはそう問いかけてじっと私を見た。その身に纏う雰囲気が重い。この様子なら返事をしなくてもわかっていそうだなと思いながら、トルメアの聖女達を頭に思い描いて答えた。


「認識阻害の光魔法は本来割と簡単に解除できるものだけど、これは特殊に小さく分散しているから上級聖女レベルじゃないと解除できないわ。それから、見たこともない固定化の光魔法をその場ですぐに解毒できるのは、現状はほぼ私だけだと思う。上級聖女なら考え方を教わって少し時間をかければ解除可能だけど……そもそも極小の認識阻害が薬に入っているのに気づかなければ、どんな聖女だろうと解毒も何もできないわ」


「つまり、今この眠りの症状を治せるのは帝国中ではアーシェだけっていうことだね」


「…………そうね」


 思考を巡らせながらクロヴィスに答える。


「そもそも、惚れ薬の解毒の時にグレース様の一言がなければ私も気付けなかったわ。理論上は可能だけれど、薬の成分に認識阻害をかけること自体そうそう思いつかない。そもそも固定化の光魔法が無ければ薬に極小の認識阻害をかける意味は殆ど無いもの。固定化されなければ、薬も光魔法は少ししたら消えてしまうから」


「――つまり、これは『唯一固定化の光魔法がかかった薬を解毒できる筆頭聖女に見つからない』ように工夫された毒だね」


 その核心を突く言葉にぞっとしながらも頷く。


 光魔法を悪用した高度な魔法薬。それは、筆頭聖女となるレベルの光魔法を駆使できなければ解毒方法を見つけられないほど、危険性の高いものだった。


 つまり、光魔法の使い手である私が帝国にいなければ、ロマネリコ卿は永遠に覚めない眠りについたままだったのだ。


「っ、早く、他の人も解毒を、」


「駄目だ」


「どうして!?」


「俺が黒幕なら全ての罪をアーシェになすりつける」


 その言葉が飲み込みきれず、何も返せないまま動きを止める。クロヴィスは遠くの敵を見定めるように翡翠色の目を細めた。


「……これほどの高度な光魔法を使った薬であれば、トルメアの聖女の関与は確実だ。黒幕の動機は分からないが、『トルメアの筆頭聖女が皇太子に取り入るための自作自演』と噂されれば、全ての証拠を集め無実を証明をするまで身動きが取れなくなる。……最悪、処刑を求める声も出るだろう」


 ぞっとして言葉が出なかった。確かに、その通りだった。


 ――こんな高度な光魔法を生み出せるのは、間違いなく上級聖女以上の実力の持ち主だ。つまり、最も疑わしいのは、筆頭聖女だった私ということになる。おまけに、追放された地位を回復させるため、皇太子に取り入るという目的まで添えられれば、かなりの信憑性がある。


 クロヴィスは青くなった私の頭をぽんぽんと撫でると、少し申し訳無さそうに微笑んだ。


「ありがとう、すぐにみんなを解毒したいという気持ちもわかるよ。それは俺も同じだ。でも、だからこそ慎重に動こう。今この問題を解決できるのは、アーシェしかいない。――この新しい光魔法を知っているだけで、アーシェはいつ命を狙われてもおかしくないんだ」


 ふわりと目を見開いた私を、クロヴィスは撫でていた片方の手で、ほんの少し抱き寄せた。その仕草に、クロヴィスが私を心配する気持ちが読み取れて、思わずキュッと手を握る。


 そう、間違いない。今私さえいなければ、この新しい光魔法を解くことはできないのだから。


「だから……今すぐやらないといけないことがある」


 そう言うと、クロヴィスは穏やかな表情に、鋭い視線を滲ませた。


「疾走したトルメアの第一王子、レオナルドを見つけよう。レオナルドがいれば、アーシェの立場を守れるし、恐らく何があったかの証言も取れる。トルメアの聖女達にアーシェが解毒方法を伝え、帝国に派遣してもらうのもレオナルドがいればスムーズなはずだ。……逆に今のローランドと宰相の独裁政治の中ではその対応は厳しい」


 確かにその通りだった。ローランド殿下と宰相が断罪された私の言う事を聞いてくれる訳がなかった。


 それに、恐らくトルメアの聖女の誰かと、帝国のクロヴィスを陥れようとしている黒幕は繋がっている。不用意に動くと、足元を掬われる可能性が高かった。


「――だから、アーシェ。夜会に行こう」


 突然クロヴィスは私に招待状を差し出した。

 

「夜会!?」


「大丈夫、エスコートはケビンに頼むよ。流れで無理強いしたりしないから」


 少し寂しそうに笑ったクロヴィスの向こう側で、静かに付き添っていたケビンさんがにこやかに私に手を振る。それに微笑んで応えながら、クロヴィスに問いかけた。


「夜会に出てレオナルド殿下を見つけるって……どういうこと?クロヴィス」


「今度の夜会は王宮開催の夜会だ。上流の貴族だけじゃなくて、下級の者や大きな商家も来るし、多分新聞の記事にもなる」


 私の手に招待状を握らせたクロヴィスは、そのまま私の手を少し骨ばった綺麗な手で包み込んだ。


「第一王子が帝国に潜伏しているなら下町や郊外の町の何処かにいるはずだ。アーシェの兄上もそうだと思う。だから、目立って逆に見つけてもらおう。アーシェが俺と関わりを持っていることがわかれば、向こうから接触してくるかもしれない」


「だから夜会で私が目立てばいいって、そういうことね?」


「そう。囮作戦その二だ」


 ふ、と笑ったクロヴィスは、少し何かを考えてから、そっと私の耳に顔を寄せた。


「……でも、俺と踊ってくれる?」

 

「っ、」


「大丈夫、そこまでならギリギリセーフだから」


 ふふ、と笑ったクロヴィスは、少し距離を取るとロマネリコ卿へ振り返った。


「……ということだ、ロマネリコ卿。とりあえず、対外的にはまだ寝ていることにしてくれるか?あまり長くならないように善処するから」


「もちろんです、クロヴィス殿下」


 体を起こしてクッションに凭れかかっていたロマネリコ卿は、白髪交じりの痩せた姿で上品に微笑んで頷いた。


「――アーシェ嬢、この恩は必ずやお返ししましょう」


「ありがとうございます、ロマネリコ卿。でも……これはトルメアの光魔法が悪用されたものです。既に追放された身とはいえ、筆頭聖女であった私にも一端の責任があります」


 そうして、私はロマネリコ卿に深々と頭を下げた。


「本当に、申し訳ございませんでした」


「アーシェ嬢……」


「悪用した犯人は必ず捕らえ、危険な魔法薬の対策も致します」


「アーシェ嬢、こちらに来てくれるかな」


 ロマネリコ卿はちょいちょいと私を手招きした。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらもベッドの上で半身を起こしたロマネリコ卿の近くへ行く。


 ロマネリコ卿は優しく微笑むと、私の手を取った。


「君は責任感が強い人なんだね」


「そう、でしょうか……」


「事情は知らないが、聖女を追放されたんだろう?恐らく筆頭聖女である君の光魔法を恐れて追放したのだろう。……私なら、祖国の者たちを恨むがね」


「それでも、この事態を招いてしまったのは、筆頭聖女として失格ですわ」


「そうか……こんな君だから筆頭聖女に任命されたんだろうね」


 ロマネリコ卿はうんうんと頷くと、ふぅ、と息をしてからにこりと顔を上げた。


「とにかく君の気持ちは分かったよ。でも、己の身も危ないことを認識した上で囮になるんだよ?何かあったらと思うと私も心配だ」


「ありがとうございます……」


「礼を言いたいのは私だけどね……まぁいい。呼んだのはそれだけじゃないんだ。本題はこっち」


 ふふ、と笑ったロマネリコ卿は優しい榛色の目を私に向けた。それから、さらにちょいちょいと手招きされる。不思議に思いながら、ロマネリコ卿にもう少し近づくと、ロマネリコ卿はヒソヒソ話をするように口に手を当てた。


「クロヴィス殿下のこと、好いているのかい?」


「――!?」


 思わず真っ赤になって狼狽えると、ロマネリコ卿はいたずらっぽく目を細めて嬉しそうに笑った。


「ふふ、そうかそうか。クロヴィス殿下のあの様子じゃあ、きっと後は君次第なんだろうねぇ」


 にこにこと目尻の皺を深めて微笑むロマネリコ卿は、少し辛そうに咳をしてから、もう一度私の方に静かに顔を向けた。


「――君はきっと真面目に悩んでるんだろう?でも、これも覚えておいて欲しい。添い遂げたいと思える人には、そうそう簡単には出会えない。更に、想い合えるとなると、尚更だ」


 そう言ったロマネリコ卿の寝たきりで痩せた手が、優しく私の手をにぎった。

 

「君のことはまだあまり知らないが、クロヴィス殿下は想い人を受け止めるだけの知恵も人格も持っているよ。夫婦というのは一人でなく二人でその関係を背負うものだ。もっとクロヴィス殿下に頼ることも覚えたらいい。確かに皇太子妃というのは重荷だが、自分だけで気負って悩みすぎてはいけないよ」


「ロマネリコ卿……」


「クロヴィス殿下のことはね、小さい頃から知っているんだ。殿下のために少し君の背中を押させてもらうよ」


 いたずらっぽくにこりと笑ったロマネリコ卿は、少し疲れたのかクッションに深く沈み込むと、はぁ、と深いため息を吐いた。


「いいかい、後悔しないように自分の心を正直に見つめることはとても大切だ。自分の気持ちは案外落ち着いて見つめてみないと分からないものだよ。……君がクロヴィス殿下を選ぶのなら、私は必ず君の力になろう。王宮で開催される夜会は毎年とても賑やかで華やかだ。楽しんでおいで」


「ありがとう、ございます……」


 ぐっと胸にくるものを覚えながらそうお礼を言うと、ロマネリコ卿は優しく微笑んで頷いた。その横で一緒に話を聞いていた夫人も包み込むような優しい微笑みを浮かべている。


 が、後ろから少し不機嫌な声が聞こえてきた。振り返るとクロヴィスがじとりと目を細めている。


「何話してたの、ロマネリコ卿」


「んん?聞こえませんでしたかな?」


「聞こえないよ。皇太子の目の前で妨害魔法使うとはいい度胸だな」


「はっはっは、バレましたか。いやぁ寝起きなもので気が利かず」


「むしろ寝起きであんな繊細な魔法使うとは、まだまだ衰えてないね」


「お褒めに預かり光栄です」


「で、何話してたの」


「内緒です」


 むっとしたクロヴィスの表情は少し子供っぽい。ランプの光が温かい部屋の中で、笑いが起こる。


 その中で、こっそりと手元の招待状に目を走らせた。


 美しい夜会。陰謀の臭いがする魔法薬と、まだ所在がわからない失踪したトルメア第一王子。私を待つクロヴィスと、大きな帝国。


 私は胸元のマグノリアの花の印にそっと手を這わせ、己を振るい立たせるように、きゅっと握りしめた。



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