2-12 逃げ道
クロヴィス視点です。ちょっと短め
誤字脱字等報告ありがとうございました!!
「ほんと、勘弁してくれよ」
げっそりした顔でケビンが呟く。
図書室の本棚の間から出てくると、そこには背を向けた巨体のジョセフを中心にした人の壁。ありがとう、と声を掛けると、ジョセフはサッと礼をして他の者達をいつも通りの警備体制に戻らせた。
その様子を確認しつつも、ケビンと広い宮殿の廊下を速歩きで進む。
「アーシェちゃんに逃げ道ちゃんと残しておきたいって言ったのお前だろ。誰かにあのイチャイチャ見られてたらもう逃げられねぇよ?」
「……ごめん」
「まぁ、婚約打診した時点であんま変わらないかもだけどさ。……ほんと、お前がこんな嫉妬深い奴だとは思わなかったよ」
気の抜けたように冷や汗を拭くケビンは、呆れ顔で俺に苦笑いを見せた。
ほんの少し前。ちょうど会議が終わって、部屋を出た時。臣下たちや待ち伏せていた令嬢の向こう側に、アーシェの影が見えた気がしてそちらに顔を向けた。
見えたのは、暗い本棚の影にいる、アーシェと叔父上の姿だった。
明らかに距離が近い。
叔父上は経験豊富な方だが相手は選ぶ人だ。表向きは穏やかで気の利く性格で、最近はフラフラとしているが、本来は頭の良い人でもある。そんな叔父上が人目につかないところでアーシェとの距離を詰めるなんて、理由は一つしか無かった。
あの見た目で女にも慣れた叔父上に迫られたら、アーシェだってひとたまりもないかもしれない。想像よりもずっと激しい嫉妬心が、恐ろしい勢いで胸の内から溢れ出していく。
「あ、の……ク、クロヴィス殿下……?」
近くにいた令嬢がおずおずと俺に声をかけた。視線をそちらに向けると、令嬢はひぃ、と顔を青ざめさせた。
「ちょっ……待って。えぇと、ごめんね~!今日は帰ったほういいかも」
慌ててケビンが俺と令嬢の間に入って令嬢の視界を遮ってくれた。付き人が震える令嬢をさっと連れ出して行く。
それを見送ってから、もう一度本棚の方を確認し、そちらへ向かって歩き出した。
「おい!?おい、クロヴィス!」
ケビンがヒソヒソ声で焦るように俺を止めようとした。それを無視して足を進める。
辿り着く少し前。叔父上は俺の方を振り返って、綺麗な顔でにこりと笑った。
意味深な笑顔。そこからは、もう止まれなかった。
焦った自覚はある。余裕もなく、馬鹿みたいに嫉妬してしまったという自覚もある。それでも、どうしてもこれは譲れなかった。
アーシェは俺のだ。恐ろしいほどの執着心がどろどろと身の内から流れ出す。
それが、まさか――俺に婚約者がいると思って泣いてたなんて。
「……クロヴィス、顔」
隣を歩くケビンがぐったりしたように言った。それを爽やかな気持ちで受け取る。
「ちょっとニヤけるぐらい許せよ」
「振り回される俺の気持ちになって?」
「だからお前も恋人作れよって言ったろ」
「できるなら作ってるよぉぉぉ!」
速歩きをしながら、ケビンは上手に頭を抱えた。それを横目に見て笑いながら、先を急ぐ。
皇族の個人的な部屋が並ぶ宮殿の最奥。そこには何人もの衛兵が立ち、厳重な警備が敷かれている。
――アーシェは、この窮屈な自分の隣を選んでくれるだろうか。
「……お前、凄まじい勢いで婚約打診まで漕ぎ着けたな。皇太子妃としての適性調査、結果出たの昨日だろ?陛下からの許可が出た翌日に婚約の打診とか、聞いたことないぞ。なんか心の準備とかいらなかったのかよ」
「何言ってる。俺はこれ以上待てない」
「……随分とご執心で」
「当たり前だろ。俺はアーシェ以外はいらない」
そう言い切ると、ケビンはひゅぅ、とわざとらしく驚いてから、ほんのり真面目な顔で納得するように遠くを見た。
「まぁでも、そろそろ潮時だったよ。ここまできたら、もうアーシェちゃんには覚悟を決めてもらって、ちゃんと婚約結んで次期皇太子妃としての護衛を付けたほうがいい。囮ごっこもそろそろ限界だろ……まだ黒幕の尻尾も掴めてないんだからな」
「…………」
難破した船。自ら命を絶った航海士。原因不明の眠り続ける病と、皇太子の呪いの噂。何かがゆらりと影を立てるのに、その正体がつかめない。そして、トルメアの第一王子レオナルドの所在も、依然として不明なままだった。
――なぜ、手がかりが何もつかめないのか。
「ケビン」
「ん?何?」
「……覚悟、しといてくれる?」
「どんな…………?」
不思議な顔をするケビンに、諦めにも似た笑顔を向ける。
俺の気持ちはもうアーシェに伝えた。俺ができることと言えば、あとは障害を排除することぐらいだろう。
それが、例え身を切るような障害だったとしても。
「クロヴィス?」
「……結局、皇太子としてやらなきゃいけない事に変わりはないからな」
この先にある未来は、恐らく望んだものばかりでは無いだろう。その予感が胸に湧き上がる。
それでも。アーシェには、俺の隣を選んで欲しい。その気持だけは、どうしても諦められなかった。
身動きが取りづらい己の身を呪う。まとわりつく黒い影。死んだはずの皇太子の呪い。不穏なトルメアの動き。それらを滅することを頭に思い描きながら、希望の光のように、アーシェが俺の隣に来てくれる未来を願った。
本日はあともう一話投稿します!