1-23 選択肢
クロヴィス視点です。ちょっと短め
「――なんで選ばせたの」
アーシェに全て伝え、船出までにどうするか教えて欲しいと告げた後。夕闇が満ちた緑の庭で、物陰からケビンが俺にそう問いかけた。
ケビンは、恐らく全て聞いていたのだろう。壁により掛かり腕組みをしたケビンは、少し不服そうだった。
「……何の話?」
「とぼけんなよ。言えば良かっただろ。好きだ、離さないって」
その言葉に、口を閉じる。
今すぐにそれを言えたら、どんなに良かっただろう。
「――駄目だろ」
「何がだよ」
「それを口にしたら、止まれない」
「……止まる必要あんのかよ」
「俺に言われたら、アーシェは断れないだろ」
「……優しいね」
「そういうんじゃない」
そうつぶやいて、月を見上げた。
少しだけ欠けた明るい月が、俺達を照らす。
「――それに、ただついてきて欲しいわけじゃない」
ざわりと木が風に揺れる。
そう言うと、ケビンははっと息を呑んだ。
「……本気か?」
「こんな笑えない冗談言うわけ無いだろ」
そう、全く笑えない。だから、諦めようと思っていたのに。
でも、あの時思い知らされた。アーシェが拐われたことが分かった時。――アーシェに触れるな。その激しい怒りのような感情が胸の中で荒れ狂い、自制が効かなかった。
もう中途半端な友人でいることは出来ない。アーシェが俺と共にいられないのなら、もう会わないほうがいい。俺の気持ちはもう、行儀良く自制できる範囲を超えている。それが、俺の答えだった。
だから、共にいるのであれば、その先の道も一つしか無い。
「……クロヴィス、俺もその前提でアーシェちゃんを扱っていい?」
「いいよ」
「分かった。……こっそりつけてる護衛、一人増やすよ」
「……そうだね」
「了解。いいね。吹っ切り方が清々しい」
「そう?」
「そうだろ」
ふぅ、と息を吐き出したケビンも、同じように月を見上げた。
「国に帰ったら忙しくなりそうだね」
「……みんな大喜びで俺達を歓迎してくれるだろうから、心の準備だけしておいて」
反吐が出るような予想に、冷たく言葉を重ねる。
思い出すのは素朴な笑顔。まだ若い奴だったが、有能な航海士だった。
あの嵐の夜までは。
「――俺は下衆な奴らには容赦しない」
船はもう直る。長い休み時間はもう終わりだ。
ケビンは俺の様子を見て少し悲しそうに目を細めてから、気持ちを切り替えるようによしっと掛け声をかけて壁から離れると、ふんぞり返って胸を張った。
「ふふ、国の奴らにたっぷり土産話を聞かせてやらないとな」
「そうだな。ついでに料理の仕方も教えてやろう」
「そりゃあいい」
ケビンが悪い顔で笑う。さっきまで心の中が冷え切っていたのに、ケビンのわざとらしい顔に思わず吹き出した。
「笑うなよぉ~!」
「悪い、その顔、面白くて」
「ほんと失礼しちゃう」
一通り笑った後、幼馴染は気の抜けたようにもう一度空を見上げた。
「なあ」
「ん?」
「……お前、あんな風に女口説けたんだな」
「…………あんまそれ話題にして欲しくないんだけど」
「はは、余裕ぶってて実は頑張ってた?」
「……俺も必死なんだよ」
わしわしと頭を掻く。慣れているわけが無い。攻められた事は無数にあっても、攻めた事なんて無いんだから。
それでも、近づけば近づくほど、もっと触れたくなって。触れるほどに、離したくないという思いが胸の中で暴れて。どう加減したらいいのか、よくわからなくなっていた。
魚釣りに負けて悔しそうな顔、美味しそうに米を頬張る顔、それから、抱き寄せた時の、頬を染めた顔。
願わくば、その全てを――いや、もっといろんな表情を、一番近くで見ていたい。
「……来てくれるといいな、アーシェちゃん」
「…………ん」
月明かりに照らされた雲が、強い風に流されていく。
アーシェは、今何を思うだろうか。
まだ見えない行く末に、俺は静かに願いをかけた。