1-17 助言
少し前の話、ケビン視点です
「あいやぁ、こりゃあいい塩梅だ」
「でしょ?おばあちゃん、これで春の種植えも楽勝だよ」
「私も欲しい!」
「もっちろん。みんなの分作ってあげるからね」
「やったぁ!」
ワイワイと賑やかな村の広場。小さな魔法石を仕込んだ車輪付きの椅子を手際よく組み立てていく。小さなこの椅子は畑の畝の間を横に走ることができる。いつもしゃがんで種植えをしていたみんなが腰が痛いって言っていたから、どうだろうと思って作ってみた。
村のおばあちゃんや子どもたちが楽しそうに試しているのを眺めて、俺の胸は満足感に満たされていた。本当はこの小さな魔法石はとても高価なものなのだけど。まぁ俺は幾つでも自分で作れるんだから、大した事ないしいいかと口笛を吹いて納得した。もちろん背後の荷車には山盛りの米。腕相撲では負けっぱなしだったけど、俺だってちゃんと役に立つのだ。鼻高々に振り返ると、俺の主はもっと沢山の老若男女に囲まれていた。
「なるほどな〜やっぱりわかり易いなダンナの説明」
「この懐中時計も直せる?ずっと動かないままなのよ」
「遊んでー!!!」
わらわらとみんなが群がるなかで、サラッサラのブロンドヘアのイケメンは、ムカつくほどに穏やかに笑っていた。
「ほら、これでいい?」
「動いた!!なんで!?」
「ん――……動力がちょっと足りてなかったみたい」
「どうりょく?とりあえずありがとう!」
遠目でその姿をぼんやりと眺める。多分あれは自分の魔力で回路を繋いでる。お前がやったってバレたら大騒ぎだろうなと思いつつ、まぁいいかと荷車の山積みの米袋を背に寝転がった。
綺麗な色の尾の長い鳥が数匹、気持ち良さそうに俺の頭の上を飛んでいく。木漏れ日に目を細めながら、ぼんやりとみんなの会話を聞いていた。
「どうしたぁ、クリフさん」
「なにが?」
「ここのところ、ちょっと顔が浮かないよ?」
村の女達が心配してクリフの様子をうかがっているようだった。
「そうかな?大丈夫だよ」
「うーん、大丈夫そうにはみえないけど……」
「はっはぁ。そんたしけた顔すんなら、連れて行けば良いでねぇか」
村一番の年上のおばばが、歳に似合わない大きな声を出した。しわがれたその声が、俺の耳にまでしっかりと聞こえる。
「……なんのこと」
「決まってらぁよ。アンナのことだよ。本当は一緒にいたいんだろう?今も、船が直ってからもよぉ」
あぁ!と含みをもたせた声を上げる女たちの中で、ちびっこがぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「どういうこと、おばば」
「ひょっひょっひょ、チビにはまだわからんかね」
「えぇー?わかんない。アンナと一緒がいいなら一緒にいたらいいじゃん」
「そうやなぁ。儂もそう思うよ」
「からかわないでよ、チエさん」
苦笑いをするクリフは、さすがにおばばとは呼ばずに下の名前を読んだ。それもまた女たちのツボらしく、百歳を越えるおばばは顔をしわくちゃにして嬉しそうにした。
「別にからかってなんぞおらんがな。それとも何だ?アンナに嫌だって言われたんか?」
「……言われてないけど」
「ほれみろ。どうせ面倒なこと考えて聞いてもおらんのだろ」
「…………聞いてどうするの」
「なんでじゃ。聞かなきゃ相手の気持なんぞわからんぞ?多分お前、ケジメつけんと右も左にもいけなくなるぞぉ?」
「そんなことないよ」
「ひょっひょっひょ。そんたらシケた顔で言われてもなぁ」
さっすが年の功。まぁそうだよなと思いつつ、薄っすらと目を開けて揺れる木の葉を眺める。
――俺だって、あいつが元気がないのは、良くわかっている。そして、普通だったらお互いの気持ちを伝え合えば済むことだって。
でも、あいつは、安易に人との距離縮めることができない。それ相応の覚悟が必要だと、分かっているから。
おばばは、一通り笑い声を上げてから、カツンと手元の杖を鳴らした。
「あんまり難しく考えなさんな、若人さんよ。後悔するよ」
「後悔したくないから考えてるんだよ」
「あぁ。そりゃあもう手遅れだ。そんな顔してる」
「…………俺、そんなに酷い顔してる?」
「あぁ、してるよ。良い顔だ」
そう言って、おばばは嬉しそうに笑った。
「爺様も昔そんな顔しとったなぁ」
少しだけその顔を拝んでやろうと、ごろりと転がって目を開いた。いい顔だと言われその男は、何だか困ったように笑っていた。その様子を見て、やれやれと思う。
――俺だって、もう手遅れだろうなとは思っている。それでも、前に踏み出さないのは、ただのあいつの優しさだ。
いや、もしかしたら、優しさだけじゃなくて。あいつだって、怖いのかもしれない。
そんなふうに少し切ない気持ちでみんなの事を眺めていた時だった。不意に、空気が魔力で強く揺らいだ。ハッとして飛び起きる。
港の方向。この魔力は――
「大変だ!!」
慌てたように村の女が広場に走り込んできた。まさか。肩で息をした女は、額の汗を拭って、必死で声張り上げた。
「アンナが攫われた!」
「はぁ!?なんだって!?」
「襲ってきた男たちは突然何かの魔法で倒れたけど!アンナは何か手錠みたいなのつけられてて、それで引きずられて船に乗せられて、いま男衆が追いかけようって船を、」
「駄目だ」
その声に、皆がはっとしたように静まり返る。久々に聞く、皆を従える主としての声。あちこちに散らばって村民と交流していた仲間たちが、ピリ、とした空気を纏いながら即座に周囲に集まる。
「ジョイ、すぐに村の男を止めろ。相手は恐らく素人じゃない。死人が出る前に皆を止めろ。ケビン、今ここにいる者たちで追いかける。一名は船の方へ応援を呼びに行かせ、残りは全員村の男達が準備した漁船に乗れ」
「待て、まさかお前まで船に乗るつもりじゃ、」
その時、勝手にパリン、と近くに転がっていた古い茶碗が割れた。はっとして、主の顔を見る。
「――早くしろ」
「っ、分かった、急げ!そこのお前は応援を呼びに行け、他の奴らは港へ!」
俺がそういい終わらないうちに、クリフは村人の輪の中から歩き出していた。そして一拍置いて、一気に走り出した。
「ばか!お前、待てって!」
必死でその背中を追いかける。小さな港には魔力結晶に入っていた風の魔法で気絶した男たちがあちこちに転がっていた。目覚める前に縄で縛るように村の男たち言い、既にジョイが準備していた漁船にクリフと共に飛び乗る。
「出せ」
「は!?まだ他の奴らが全員乗ってな、」
「出せ」
見ると、アーシェが乗っているらしい船は既にかなり沖にいた。スピードが早い。恐らく魔法石を積んだ船だ。チッと舌打ちをしながら碇を魔法で一気に持ち上げる。
瞬間、帆を張った船が勢いよく前に進み始めた。見ると風魔法が物凄い勢いで帆に当たっている。
「ちょ、マストが折れるぞ!?」
「…………」
パァンと波を跳ねとばしながら、船は飛ぶように海の上を走った。慌てて船べりにしがみつく。
「おい、ちょっ……」
ドォン!と船の脇で水柱が上がった。ぎょっとして顔を上げると、巨大な大砲が落ちて来たところだった。が、どれもこれもクリフの無詠唱の風魔法であちこちに散らばっていく。
久々に見たけれど、やはりこいつも規格外だ。一応、名目上は俺はこいつより格上の魔法使いなんだけどな……
そんな俺のことなど眼中にないこいつは、飛んできた大砲をスパンと真っ二つに切って跳ね飛ばすと、振り返った。
「ジョイ、お前この大砲なんとかできるか」
「お任せを」
返答を聞いた俺の最重要護衛人物であるこの男は、間髪入れず海に飛び込んだ。
「ちょ、おまっ――クソッ!」
まさかこんなタイミングで海水浴とは。俺も続いて海に飛び込む。肝心の主は風魔法でものすごいスピードで海中を進み、既に目の前からは消え去っていた。その魔力の軌跡を必死で追いかける。
ザブン、と敵船に上がる。
辺りは既に血の海だった。
恐らく、ならず者達は一斉に斬り掛かり、風の刃であっという間に切り裂かれたのだろう。さすがのキレ具合にこれは不味いと慌てて船室に向かった。
アーシェ嬢が捉えられているらしい船室の扉は、無惨にも切り刻まれていた。ギョッとして飛び上がる。
「うわっ!?ちょっと、クロ……クリフ!やり過ぎ……――――っ、……」
そうして入った船室は、随分と暗くて。圧のある船室の空気に、俺の慌てた気持ちは一気に冷え込んだ。
まさか、ここまでするなんて。
全身ずぶ濡れで男を見下ろすクリフの背中に、静かに声を掛ける。
「……大丈夫?クリフ」
「…………迎えの船は」
「もう着くよ」
「そう」
ふっと空気が和らいだ。俺の緊張もどっと抜ける。男をグルグルに縛り上げてから、やっと安心して密かにため息を吐いた。
床に転がした無精髭の男を見下ろす。そもそも、縛ったところであまり意味は無いかもしれない。この様子じゃ、耐性のなかったこの男は、もう正気には戻れないだろう。
振り返ると、アーシェ嬢が毛布に包まれて抱き上げられたところだった。さすがのあいつも、甲板の惨状をアーシェちゃんに見せないよう配慮するぐらいには気持ちが落ち着いてきたようだった。魔封じの腕輪も既に床に転がっている。あれの解除は本当は骨が折れるのだけど、クリフなら一瞬だ。だから、敢えてアーシェ嬢が混乱しているうちに、気付かれないよう外したんだろう。
ほっと胸をなでおろす。応援の者たちも無事到着したらしく、足音が聞こえた。クリフの身体のことを考えると、さっさと帰ったほうがいい。
他の者に後処理を任せ、ジョイが乗り付けた小さな漁船に戻った。柔らかな風魔法が、優しく船を進める。
黙ってアーシェ嬢を抱いたままの男の背中を眺める。
おばばの言っていたことは、多分正しい。
俺は気持ちよく頬を撫でる潮風を浴びながら、これから少し忙しくなりそうだなと、キラキラと揺れて流れていく水面をぼんやりと眺めた。