1-12 砂浜
クリフ視点です。
「……まさか、あれを渡すとはね」
逃げるように砂浜に向かい、そのまま無言で佇んだ俺に、背後からケビンが声を掛けた。
爽やかな晴れの海岸。少し強めの潮風が、俺の髪の毛をばさばさと揺らしている。
「…………いいだろ、別に」
ほんの少し間を置いて、そう答えた。
――一番自分がいいと思ってないじゃないか。
微塵も振り向かずに答えながら、呆れたように己の行動を振り返る。
ケビンはそんな俺の様子を窺いながら、少しだるそうに俺の横に立った。
「……まぁでも、いい線いってるよ。船の修理に人回せるし、アーシェちゃんの身の安全確保もできたし」
ケビンは横目でもう一度俺の様子を探った。それから、船に視線を戻し、ため息を吐く。
「お前、いつから気づいてたの?アーシェちゃんがトルメアの筆頭聖女で、俺達の船を助けたって」
「……確信は、刺客を蹴散らした時」
「そう」
トルメアの筆頭聖女、アーシェ・フェルメンデといえば、トルメアの国防に大きな影響力を持つ聖女教会の最上位の聖女だ。聖女教会は国の管理下に置かれた重要組織だし、そうでなくても由緒正しいフェルメンデ家の令嬢だ。それが、なぜこんな離島にいるのか。
「…………トルメア、大丈夫かね。あの件もあるし、やばい気しかしないんだけど」
「……国に戻り次第、調べて」
「わかった。アーシェちゃんはどうするの?」
「本人が望むなら、島を出られるよう迎えを出そう」
そう答えた俺をケビンがじっと見ている。何か少し逡巡するように黙った後、ケビンはボソリと呟いた。
「…………一緒の船に乗せないの?」
「馬鹿言うな」
「……お前の魔力結晶渡したのに?」
「…………そう言う意図じゃない」
話の続きを拒否するように船の方に顔を向けた。
嵐で傷付いた船は、今日も変わらず静かに海の上で佇んでいる。
ゆらゆらと明るい青と緑に輝く海。透明な波が、陽の光をいっぱいに浴びて、繰り返し白い砂浜に打ち寄せる。
海の色と似た、自分の色の魔力結晶。それが本来どういう意味を持つものかなんで、そんなの全部分かっている。
アーシェが俺の魔力結晶を持っている事が表沙汰になれば、きっとひと騒動あるだろう。それを押し付けた自分の行動が、冷静さを欠いていると言われたら、その通りだ。
それでも、あの石を渡すことが、自分の中での精一杯の譲歩だった。命を狙われているアーシェを、何の保護もなく置いておく気には、どうしてもなれなかった。
あの夜、刺客が放った無数の岩魔法を俺達が感知した時。その時にはもう、俺達の頭上には眩い光の壁がいっぱいに広がっていた。編み出された魔法陣が輝き、光の綱が流れ星のように飛んでいく。
光魔法を展開したアーシェは、あの嵐の中見た姿と同じ、強くて美しくて――そして、何か必死さのある、儚さを持っていた。
どうして、こんなに必死に皆を守ろうとするのだろうか。どうして、自分を守らないのだろうか。
呪印を刻まれた、追放された聖女だと知られたら、自分の身に危険が及ぶかもしれないのに。黙って何もせず逃げたら良かったのに。
――――みんなが無事で良かった。
当然のように紡がれた言葉は、きっと聖女として国の者を守ってきたアーシェの歴史そのままで。
俺達のせいで危険な目に合ったのに。光魔法を使わずに逃げたら、追放された聖女だとバレなかったのに。
アーシェは俺達を守りきった後、潔く名乗り、腕に刻まれた呪印を晒した。その真っ直ぐに向けられた瑠璃色の瞳に、強さと覚悟が見えて。
そしてそれは、とても美しく見えた。
「…………なぁ」
「……なんだよ」
思考に沈んでいた俺を、幼馴染のいつもより真面目な声が現実に引き戻した。胸の中の妙な焦りを消化できないまま、その声に答える。
ケビンは、思ったよりもずっと、真面目な顔をしていた。
「別にいいんだ。アーシェちゃんに護衛をつけることにしても」
意図がわからずケビンを睨みつける。
「何が言いたい」
「だから……」
ケビンは、少し言い淀んで、静かに言った。
「…………どっちかって言うと、お前がアンナちゃんのことを――アーシェ嬢のことを、どう思ってるのか知りたい」
「――――………………」
そのケビンの言葉に、続く言葉が出せず、動きを止める。
ざぁざぁと波の響く波の音が、妙に大きく聞こえた。
「…………いや、いい。忘れて。悪かったな」
そう申し訳無さそうに呟いた幼馴染は、ガシガシと頭を掻くと、顔を船の方へ向けた。ちょうどこちらを呼ぶ者がいる。ケビンは、何も言わず、そのまま呼ぶ声の方へ行ってしまった。
一人になった砂浜で、ドサリと腰を下ろす。
それから、キラキラと光る青い水平線を眺めた。
――アーシェのことを、どう思ってるか?
一瞬、ざわりと胸の内が動いた。でもそんな事を真面目に考えても仕方がないと目をそらす。
気が遠くなるような数の厄介事に、常につきまとう身の危険。無数の人の目と、交錯する思惑。俺が安易にアーシェに近寄って、アーシェをその渦の中に巻き込んでいい理由がなかった。
きっと、それを分かっていて、あいつはそれ以上聞くのを止めたんだろう。
ゴロンと砂浜に転がる。
青い空には白い雲が輝き、のんびりと流れていた。
「……俺がただの島民だったら、どうしてたのかな」
呟いた小さな声は、あっと言う間に波の音にかき消されて。
むかつくほどに気持ちの良い潮風が、アーシェのいる領主の屋敷の方へ、駆けるように流れていった。
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