1-11 護衛
「…………あの」
ギィ、と小屋の扉を開ける。
そこには、階段の踊り場にムギュッと詰まったように立つジョイさんがいた。
「どうしました?」
「……外、出ていいですか」
「どちらへ?」
「…………ちょっとそこまで」
「分かりました。ご一緒します」
真顔でそう頷いたジョイさんは、トコトコ階段を降りる私の後ろをギシギシと板の階段を鳴らして下りてきた。
圧。圧が凄い。
「その……敷地内なら、ついてこなくてもいいんじゃないかな」
「だめです」
「どうしても?」
「はい」
祭りの夜襲撃事件から二日が経った。あの日から、私には何故か屈強なジョイさんという護衛がついている。もちろんジョイさんには休み時間もあるのだけど。なんと、その間は別の方が私の護衛についている。
なぜだ。意味が分からない。何度も不要だとジョイさんや他の護衛さんに言ったのだけど。皆一様に『だめです』と首を振るだけだった。
追われている私の身を心配してくれてのことだろうけれど、いくら何でもやり過ぎだ。意味のわからない状況に息苦しさも加わって、私は今日もクリフさんを発見してすぐに、猛ダッシュで突撃した。
「クリフさん!!!」
「やぁ、アーシェ。ごきげんよう」
「何よその挨拶!」
不機嫌極まりない様子でガシッとクリフさんの腕を掴んだが、クリフさんは凪いだ様子だ。
――いや、違う。目が笑ってない。
その背後では、ケビンさんが引き攣った顔で笑っていた。やっぱりこの状況はおかしいのだ。とにかくなんとか状況を変えねば。
「今日こそ私の護衛を解いてください、クリフさん」
「だめ。アーシェだって命を狙われてるだろ」
静かにそう言うクリフさんは落ち着いた雰囲気だけど。有無を言わせぬその様子に一瞬怯む。
いや、でも駄目だ。今日は絶対に引かない。覚悟を決めて、もう一度ぐいっと踏み込む。
「確かに私は命を狙われてるわ。でも、こんな風に護衛されるような身分じゃありません」
「……アーシェは貴族令嬢だろ。むしろ護衛が必要なはずだ」
今度こそピシャリと真顔で否定された。言い返せずぐっと押し黙った私を、クリフさんは笑みを消したままじっと見下ろした。
「……まだ刺客の残党がいないか調査中だ。どちらにしろもう少し周囲が落ち着いてから自由に行動したほうがいい」
「…………私は守られるべき人間じゃないわ」
「そんなことない」
「クリフさんこそ、この国の人じゃないでしょう?」
今度はクリフさんが黙った。今だと更に畳み掛ける。
「他国の人間が、国を追われた聖女を匿って護衛を付けるなんてやめたほうがいいわ。そもそも他国の者に部下の大切な命を賭けたらいけないはずよ」
「……だからって、黙って見過ごせない」
「そんなのいいのよ。私はどちらかと言えば守る側だったもの。元々護衛される側じゃないのよ。――守られる側なのは、クリフさんだわ」
遠目に数人が領主の屋敷を巡回しているのが見えた。壊れた船に乗せられないほど、クリフさんは偉い人なのだ。きっとクリフさんに危険が迫らないよう、皆目を光らせている。以前より警備に人手が割かれているのは明らかだった。
「…………船の修理、遅れてるでしょう?私の護衛に人を回す余裕なんて、本当は無いはずよ」
「……良く見てるね」
「当然よ」
はぁ、とクリフさんはため息を吐いた。その背後のケビンさんの様子を見る。ケビンさんは、曇った表情でクリフさんを見ていた。
「……ケビンさん。今適切なのは、クリフさんの護衛以外の人員を船の修理に回すことだと思うの。私は自分の身は自分で守れるから大丈夫。実力は証明済みよ。あなたの考えを教えて」
「容赦ないねアーシェちゃん……」
苦笑いをしたケビンさんは、ポリポリと頭を掻くと、あまり見たことの無い真面目な顔をクリフさんに向けた。
「俺もアーシェちゃんの意見に賛成だ、クリフ。俺の仕事はお前を無事に国に連れて帰る事だ。お前の身の安全が最優先、その次が船の修理だ。…………アーシェちゃんが心配なのは、俺も一緒だ。だからもうちょい――、」
「分かった、アーシェに護衛をつけるのは止める」
クリフさんの硬質な声が響いて、思わず身を硬くした。息を潜めてクリフさんを見ると、クリフさんは、今まであまり見かけたことのない、何か圧のある強い視線で私を見返した。
「でも、条件がある」
そう言うと、クリフさんは何かをポケットから取り出した。それを、半ば強制的に手に握らされる。何だと思って手を開いて――私は唖然として目を見開いた。
繊細な銀のチェーンと、翡翠のようなブルーグリーンの透明な石が煌めいている。
「これ、まさか!?」
「持ってて。何かあったらわかるから」
己の魔力を宝石のように固めた魔力結晶。クリフさんの瞳と同じ色のその石は、細い銀のチェーンに繋がれ、不思議な輝きを放っていた。
己で創り出す唯一無二のそれは、石と同じ魔力を持つ本人と強く結びつく。そのため、何らかの魔法を付与する事により、身につけた者を守ったり、生死や危機的状況がわかるように加工されるのが一般的だ。
そして、それ以外にも意味がある。魔力結晶は人生でそう何度も作ることはできない。そんな貴重な己の魔力の結晶を贈った相手は――自然と、その人にとって、重要な人だという意味を持つ。
そう、それは、親や子供――恋人に贈られるものなのだ。
「っ、だめよ!こんなの貰えないわ。悪用されたらどうするの!?」
立場のある人が安易に関係性を臭わせるようなものを贈ってはいけない。借金の保証人にだって指名できてしまうのだ。受け取れないと慌てて押し返すが、クリフさんは受け取ってくれなかった。
「悪用が怖かったら、君の魔力を混ぜたらいい」
「そんなことしたら再利用もできなくなるでしょう!?」
「する気無いからいいんだよ」
真面目な表情で、クリフさんは私をじっと見た。
「それを受け取らないなら、このまま小屋に閉じ込めておくし、護衛も外さない」
「なんで……」
「俺は命の恩人を安々と殺されるほど下衆な男じゃない」
クリフさんはそう言い切った。それでも、納得できずに食い下がる。
「だって、私をここまでして守る意味なんて無いわ。追放された聖女よ?それに、何度も言うけど元々私は護衛する側よ!だから守る必要なんて無いし、そもそも私達は赤の他人なのよ?利害関係も無いし、権力も失った追放された聖女をあなたが守る必要は、」
「君は俺達を見捨てなかった」
「だから、寝床と食料を提供しただけで、」
「――船が岩に激突するのを防いだのは君だ」
ハッとして言葉を切る。
ケビンさんとジョイさんが、驚きで目を丸くして私の方を見た。クリフさんは私が静まったのを少し観察してから、再び口を開いた。
「……あんな風に船の進行が奇跡的に変わったのは、アーシェの光魔法のおかげだろ。……バレて命を狙われる危険性だってあったのに」
「……気のせいじゃ、」
「一瞬波間から見えた砂浜の君は、光っていた。アンナ……いや、アーシェ・フェルメンデは、この国の筆頭聖女だ。その名前ぐらい知ってる」
ひゅ、と息を吸い込む。まさか、私の事を知っていたなんて。
クリフさんは、そんな私を全て見透かしているかのようにじっと見つめた。
「暴風雨の中、君は光魔法で己の身体を守っていた。そして、アーシェ・フェルメンデなら……トルメアの筆頭聖女なら、光魔法での船を守り、進行方向を変えることだって可能だ。かなり規格外だけどね」
完全に全てバレている。これ以上ごまかせず、ぐっと言葉を飲み込んだ。
そんな私を、クリフさんは強い視線でじっと見つめた。
「…………君は俺達の命の恩人だ」
「……大したことしてない」
「それを決めるのは俺だ。……アーシェは、自分の身の安全より、俺達の命を選んだ。――なら、恩を返したっていいだろ」
少し考える素振りを見せたクリフさんは、急に私に近寄り、私の手から美しく輝くネックレスを手に取った。
それから、ネックレスのチェーンを外して。
次いで、クリフさんの両手が、私の首元に回った。
「っ!?」
「動かないで」
息遣いが聞こえるほどのクリフさんとの距離。首や頬に、クリフさんの腕や髪が触れる。その感触と温もりに、息がうまく吸えない。
クリフさんが好んで良く使っているハーブの石鹸の香りが、ふわ、と香って。固まったように身動きが取れなくなったまま、なされるがままにネックレスを付けられる。
「…………勝手に外したらわかるようにしたから」
「……え!?」
「外すなよ」
そう言うと、クリフさんは、気の抜けたように息を吐き出した。
「ジョイの護衛は解く。もう好きにしていい。でも、怪しい気配を感じたら、すぐに知らせて」
「……ありがとう」
「ん」
そう言うと、クリフさんはくるりと背を向けて、ケビンさんとジョイさんを連れて、どこかへ行ってしまった。
ぽつんと取り残された庭の中。
木から転がり落ちた赤い実が、石に当たってコツンと聞き慣れない音を立てた。
読んでいただいてありがとうございました!
クリフさん……段々冷静さが無くなってきてるような……
「クク、そろそろアーシェに落ちるな」とニヤけて下さった先読み派の方も、
「私もネックレス正面からつけて欲しい」と身悶えたあなたも、
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