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1-1 追放聖女

最終話まで執筆済み!

ぜひ最後までお付き合いください。

「ここで……今日から暮らすのね……」


 呆然と目の前を見渡す。


 明るい日差しの下、くっきりと青空に浮かび上がる、生い茂る緑。南の地域特有の大きな葉が太陽の光を跳ね返し、ギラギラと輝いている。


 曲がりくねった特徴的な形の木には、派手な色の尾の長い鳥。地面には勢いよく伸びた硬そうな葉が生い茂り、あちこちに生えた低木には鮮やかな赤い花がこれでもかと咲き乱れている。


「どのぐらい人が住んでないのかしら……」


 目の前には、濃い緑に埋もれた古びた赤煉瓦の塀があった。鉄の門戸は錆びついていて、蝶番が片方外れている。中を覗くと、生い茂る緑の向こうに、家と言うには小さい一部屋程度の屋根付きの建物がポツポツと立っているのが見えた。


 外れた窓枠。苔生した石畳。藁葺き屋根には野の花が咲き、庭に面したテラスは風雨にさらされボロボロに朽ちている。


 明らかに何年も人が住んでいない、離島の『領主の屋敷』。


 安物の布バッグを片手に、私はイマイチ現実味がないまま、これまでのことを振り返った。



 それは、遡ること十数日前。美しい王宮の広間で、私は大勢の人に囲まれていた。


「アーシェ・フェルメンデ!筆頭聖女の任を解き追放処分とする!ついでにお前との婚約も破棄だ!!!」


「……は?」


 小国ながらも美しい聖女の国、トルメア。その国の第二王子ローランド殿下は、美しい顔を厳しく歪め、私にそう言った。


 ローランド殿下の隣には、筆頭聖女の次席にあたる上級聖女のロザンデ。目が合うと、ロザンデはほんのり口元を愉悦に歪めた。


 ――さぞ嬉しいでしょうね。心の中でそう悪態をつきながら、ローランド殿下に視線を戻す。


 勉強嫌いでお調子者のローランド殿下。悪い人ではないのだが、フラフラと頼りない幼稚な王子を支えて欲しいと言われ、婚約者となったのが一年前。婚約者として寄り添いながら指導もして欲しいとお願いされ、半分家庭教師のような扱いだった。きっと、それが逆に気に障ったのだろう。


 婚約者となった際に、陛下からローランド様への説明もあった。この婚姻は、貴族の私と王族のローランド様の務めでもある。だから、一風変わった役目を果たしながら、ゆくゆくは良い関係を築ければと思っていたけれど。でも、それは難しかったみたいだ。


 花をもらった事もなければ、手を繋いだ事も無い。優しい声がけどころか、手紙の返事すら貰ったことがないのだから、ローランド殿下はきっと私が嫌いなんだろう。


 ほんのり切ない気持ちになりながらも、気を取り直してローランド殿下に問いかける。


「理由をお伺いしてもよろしいですか?」


「兄上が失踪したのはお前のせいだと言うじゃないか!聞くまでもない事だろう!」


「……王宮を保護していた光魔法に落ち度があったと、そういう意図でしょうか」


「とにかく、お前のせいで兄上の行方を見逃した、そういうことだ!お前はこの国の守護を司る筆頭聖女だろう!」


「……?そうですが、殿下の護衛の役目は騎士の役目で、」


「うるさい!お前はいつもいつも俺を否定しやがって……王子の俺がお前が悪いと言ったんだから、お前が悪いんだ!」


(……なにそれ)


 何を言っているのかと眉をひそめる。そんな私を見て、ローランド殿下はビクリと肩を揺らした。


「っ、お、お前、そんな怖い顔をしても俺は怯まないぞ!」


「……質問しているだけですわ」


「質問だと!?」


「ですから……王族の護衛は基本的に護衛騎士なのです。聖女の役目は大型の攻撃から王宮を保護するため、複数人で協力して王宮上空に結界を張ることですわ。なぜ私の怠慢となるのでしょう。それに、王国法を無視して裁判もせず聖女の任を解き追放するというのは独裁政治を疑われ、帝国との関係性や今後の国の政に――」


「だからお前は嫌いなんだ!!!」


 ローランド殿下は私の言葉に被せるように真っ赤な顔で叫んだ。


「お前は俺の教師か!いつも懇切丁寧に俺を教育しようと口うるさく指導者ヅラしやがって!もっと俺の言う事を聞け!」


「……殿下、それは、」


「学べ、教えを請え、考えろ、だろ!どいつもこいも俺を虐げ兄上にばかり頼りやがって……俺だって王子だぞ!この可愛げの無いでしゃばり女め!」


「…………は?」


 まさかの酷い暴言に気の抜けたような声が出た。ローランド殿下はニヤリと笑うと得意げに腕を組んだ。


「なんだ、気がついてなかったのか?お前は女のくせにでしゃばりで可愛げが無いというのが社交界での評価だ」


「でしゃ……ばり?」


「はは、そうだ。得意の光魔法とやらもただ白いだけで色気がないしな。己の身を立てるのに必死になって、女としての魅力は皆無じゃないか。それに比べ、ロザンデは女性としての魅力も申し分なく、能力まで高いのだ。光魔法だって、金粉をまぶしたように美しい。でしゃばってばかりで女磨きをしていないお前とは違うんだ」


 そう言ってレオナルド殿下は隣りにいたロザンデの肩を抱いた。ロザンデは、豊かなローズブロンドの髪とたわわに実る胸を揺らし、可愛らしく首を傾げると申し訳無さそうに眉尻を下げた。


「とても残念です、アーシェ様……でも、ご安心下さい。アーシェ様の意思を継ぎ、筆頭聖女として皆をまとめる役目はこのロザンデがきちんと果たします。だから、あなたはあなたの罪を償って下さい」


「罪……」


 唖然としてつぶやくと、ローランド殿下はふんっと鼻息荒く私を睨みつけた。


「当然だろう。お前は筆頭聖女として兄上の失踪の責任を負わねばならない。お前の追放先は王都郊外の修道院だ。追って取り調べもあるだろう。大人しくそこで沙汰を待つんだな」


 満足気にそう言い放ったレオナルド殿下がさっと手を挙げる。ざわ、と人の輪が揺れ、その背後から宰相が進み出た。

 

「本当に残念だよ、聖女アーシェ」


 この国で王族に次ぐ地位を持つ宰相ドラコスが、尊大な様子で前に進み出た。黒い髪を几帳面になでつけた風貌には、今日は厳しい空気が漂っている。その周囲には硬い表情の兵士達。私を威嚇しているのか、槍を構えている。


「陛下が病に臥せられ意識の無い中、第一王子レオナルド殿下が失踪した。十日が経過してもその所在は全く掴めていない。神隠しのように王子を連れ去れるのは、光魔法により王宮警備を担う筆頭聖女アーシェの関与を疑わざるを得ない。……お前は随分と陛下にも会いたがっていたようだしな」


 兵士が動き私を乱暴に拘束する。キッと睨みつけるように顔を上げた私に、ドラコスはその狡猾な顔を近づけた。


「大人しくしていれば良かったものを」


「何を――っ、!?」


 ドラコスは兵士の壁の中、人目につかないように私の腕に触れた。その部分がカッと熱を持ち、何かがじわりと広がる。


「――っ、まさか、」


「大したものではない。国外逃亡を防止する呪印だ。曲がりなりにも筆頭聖女を勤めたお前だ。刑罰を逃れるために国外逃亡されたらかなわない」


「……裁判もなく呪印を刻むなど」


「私より上位の者であれば呪印は解除できる。もし君の無実が証明されれば、陛下に解除してもらえばいいだけだ。大きな問題はない」


 冷たく目を細めた宰相の向こう側で、ローランド殿下が得意げな声を上げた。


「アーシェ、最大の配慮に感謝するんだな。お前の後任かつ俺の新しい婚約者は、ここにいるレーメア家のロザンデだとこの場で正式に宣言しよう。この後のことは安心するといい」


「アーシェ様、安心して下さい。ローランド殿下の婚約者と筆頭聖女のお役目、きちんと果たしますので」


 ロザンデがにこりと微笑んだと同時に、宰相ドラコスも薄い笑みを浮かべた。


 ――そういう事か。これはきっと、したたかに上を目指すドラコスの仕業だろう。思惑を把握し、拘束された手を握りしめる。


 ドラコスは、恐らくローランド殿下を王位につけ、傀儡の王として、己の好きなように扱うつもりなのだろう。


「……後悔しますよ」


 ローランド殿下にそう言うと、恐らく何も分かっていないローランド殿下は、再び鼻息荒く声を荒げた。


「後悔するのはお前だ!王子を尊重することをしないでしゃばり聖女め。修道院でしっかり反省するんだな。連れて行け!」


 そうして、何もできないまま、兵士にギリギリと強い力で拘束され、哀れみや蔑むような視線に晒されながら連行される。


「変な気は起こすなよ」


 乱暴に馬車に押し込まれ、ガチャンと鍵が閉められた。日は既に傾き、王都を紅く染め上げている。何を焦っているのか、馬車はすぐさま走り出した。


 馬車は王都郊外へ続く雑木林の間を抜けていく。薄暗がりの外の景色を眺めながら、悔しさに手を握りしめた。


 突然陛下の体調が崩れ、人前に現れなくなったのが数週間前。しかし、治癒の術を使える筆頭聖女の私の面会は許されず、私も当主のお兄様も不穏な気配を感じていた。国外で外交をしていた第一王子レオナルド殿下が帰国されたのはその一週間後。共に乱れた体制を整えようと私とお兄様はレオナルド殿下に面会しようとしたが、突如レオナルド殿下の行方が分からなくなったのだ。


 我がフェルメンデ家当主のお兄様は、不穏なこの状況を打破すべく動いて下さっていた。だから、私はせめて筆頭聖女として王宮内を鎮静化させなければならなかったのに。


 お兄様と一言も話ができないまま、王都郊外の修道院へと送られる。本来は当主不在のまま裁判もなく修道院送りなどあってはならないはすだ。


 カタカタと揺れる場所から薄暗くなっていく外の景色を眺める。


 ――必死で勤めを果たしてきたつもりだった。朝から晩まで王宮を守護し、傷付いた兵士を癒やし、祭事では刺客に目を光らせ、下町勤めの下級聖女を下賤な目から守ろうとした。ローランド殿下とともにいる時には、支えながらお守りするようにしていた。誰かを守るのが聖女である私の勤め。そう思って働いてきた。


 だから、足りなかったのだろうか――自分を守る、という事が。


「――っ!?何者だ!?」


 怒号と共に馬車の動きが乱れ、急停止した。ギィン、という金属同士がぶつかる音。慌てて反対側の窓の外を見る。


 賊に襲われている。それも、かなりの数の。


「っ、開けて!早く!」


 ドンドンと扉を叩くが、鍵が開けられる気配はない。まずい、この馬車についていた兵士は数名。対する賊は恐らく十以上。


 私は覚悟を決めて、スカートを捲り上げた。


「ハッ!」


 バキィ!と馬車のドアを蹴破る。光魔法で足を保護したが、衝撃で足が痺れた。痛みに顔を歪めながら外に飛び出す。


 案の定、兵士達は既に大きく傷つき、やられる寸前だった。


「――っ、保護魔法!」


 光の束で兵士達を包む。身動きが取れなくなるが、仕方がない。あの傷ではどのみち動くことはできないだろう。


「いい度胸だなぁお嬢さん。てめぇの命を狙いに来たのに、自分で馬車から出てくるとはなぁ」


 ニヤつく賊が私ににじり寄った。日が沈み薄暗くなった雑木林のあちこちから、剣を光らせた男たちが出てくる。


「元とはいえ、筆頭聖女だった私にケンカを売るとはいい度胸ね」


「は、大した自信だな。……いや、ハッタリかな?」


 にやつく賊を前に、ぎり、と歯を食いしばり、震える手に力を込める。


 聖女は守りに特化した光魔法の使い手。


 ――つまり、攻撃はできない。


「行け」


 一斉に男たちが斬りかかってくる。それを瞬時に光魔法で拘束していく。


 ――数が多すぎる。十どころじゃない。もしかしたら、二十……いや、もっと……


「これならどうだ?」


「――っ!?」


 気がつくと、巨大な炎の塊が頭の上にあった。


 この規模の魔法の使い手は、王宮魔術師に匹敵する。この者たちは、ただの賊ではない。恐らく、宰相の息がかかった者たち――


「っ、くっ……」


「さっすが筆頭聖女。いや、元か。でもすげぇよ。己を守りながら、術者の俺に拘束の術をかけようとするとはな」


 暗がりからフードを被った男が出てきた。ズタズタに切り裂かれた光の綱の残骸が暗がりで光を失っていく。私の服からは、チリチリと焼けた匂いがした。術を通さない防御壁で身を守ったが、それを凌駕する威力だったのか。


「あなた達は、宰相に依頼されて来たのでしょう?」


「何のことか分からねぇな」


 ボゥ、と複数の青い炎が私の周りに現れる。その周りには、刃を光らせた十数名の男たち。冷や汗が背中を伝う。


「どこまで頑張れるか見せてもら――っ!?」


 パァン!と弾ける音。雑木林の中から氷の矢光が放たれ、数人の賊が倒れる。


「アーシェ!」


「っ!?お兄様!?」


 キィン!と大きな氷の壁を幾つもぶち上げたお兄様が、木の上から降ってきた。やんちゃなお兄様は、確かに木登りが好きだったけど。まさか大人になった今、また木の上から降ってくるなんて。


「お兄様、どうしてここに!?」


「アーシェを助けに来たに決まってるだろう!」


 先程の魔術師が放つ幾つもの火魔法を氷で防ぎながら、にこりとお兄様が私を振り返る。


「ありがとうございます、お兄様……」


「安心するのはまだ早いよ」


 ほんのりお兄様が顔を歪めた。いつもにこにことしているお兄様が、こんな顔をするなんて。やはり、事態はあまり良く無かった。


「父様と母様の所にも刺客が来た。もちろん俺の所にも。恐らく一気に排除して、第二王子派が主権を握る気だ」


「っ、まさか、そこまで」


「内々に、第一王子がまもなく王位を継承すると通達があった。第二王子派の宰相は、それで暴挙に出たんだろう」


 特大の火魔法がお兄様の氷を溶かし、熱い雨を降らせる。びしょ濡れになりながら、私も拘束の光魔法を放った。その拘束を先程の魔術師が攻撃しながら解除していく。


 一進一退の攻防。じりじりと魔力が削られていく。お兄様は特大の氷の壁を作り出してから私を振り返った。


「アーシェ、いいか、良く聞け。今は分が悪い。特にお前は暴挙とはいえ第二王子に聖女の任を解かれ追放された身。そしてこのまま指示通り修道院へ向かえば殺されるだけだ。この刺客の数だ。恐らく、第二王子派がアーシェを殺したい何らかの理由がある」


 壁の向こうに特大の氷の塊を放ったお兄様は、私に何かを握らせた。


「お前は今は身を隠せ。このまま殺されるな。いいか――必ず、この国にアーシェの力が必要になる時が来る。それまで、生きながらえろ」


「お兄様はどうするのよ!?」


「俺は追放はされてないし簡単には殺されないから安心していい。父上母上も身を隠して次の手を練っている。いいか、アーシェ。これは大きな陰謀だ。――恐らく陛下はご病気ではない」


「っ、まさか、」


「大丈夫、陛下と第一王子レオナルド殿下が生きている限り、王位は宙に浮いたままだ。だから、今は逃げろアーシェ。機を待て。俺はこの後レオナルド殿下を探す」


 バァン!と氷の塊が砕け散り、大量の火の玉が頭上に現れた。それに対抗するように、無数の氷のつぶてが現れ、炎の光を浴びて煌めく。


「ここは俺達に任せろ。早く行け!」 


「アーシェ様、お早く!」


「メイア!」


 雑木林の中から光魔法を連打する聖女が現れた。先程の光魔法はこの子のものだろう。


「あなた、どうしてこんな危ない所に!」


「何言ってるんですか!国を守るのが私達の役目。今アーシェ様を逃がすのは国のためですよ。みんな、アーシェ様を助けに来たんですから」


 ハッとして辺りを見回すと、幾つもの光魔法が放たれたのが見える。それから、複数の剣の音。暗すぎて誰なのかは分からないけれど。


 皆、助けに来てくれたのだ。


「行け、アーシェ!お前が逃げ切ればこの場は収まる」


「っ、お兄様、みんな、ご無事で……!」


 バァン!と無数の氷と炎がぶつかり、水蒸気が爆発するように辺りに満ちる。シュウシュウと辺りに充満する熱い霧の中、私は皆を残して駆け出した。


 飛んできた炎や弓矢を弾き返し、追手を光魔法で足止めし、飛び出した枝や硬い葉で足に切り傷をつけながら、暗い雑木林を走り抜ける。暫くして雑木林には闇が降り、木々の間から仄かな月明かりが照らすばかりになった。


「――みんな、無事かしら」


 ポツリと呟いた声が、暗い林の中に響く。


 辺りに気配がないことを確認してから、そっと歩みを止めた。


 虫の声と風に揺れる葉の音以外に、物音は聞こえない。


 深く息を吐き出してから、思い出したように手を開いた。


「――これ、」


 手の中にあったのは、魔法石のはまった古い鍵。月明かりに照らされたそれが、キラキラと輝いて見える。


「…………確かに、国外に出られないなら、ここが一番安全ね」


 私はそう呟きながら、星の瞬く空を見上げた。


 それから、眠らずに夜の林を歩き続け、服を変え名前を変え、荷馬車に揺られながら進むこと数日。更に船に揺られて何日も経ったこの日。私は離島の砂浜にいた。


 王宮の華やかな街並みから、鳥のさえずりと波の音ばかりが聞こえるだけの、人気の少ない離島へ。人目を忍び、たった一人この人気のない島へやって来た。


 砂に足を取られながら砂浜を抜け、防風林の小道を辿った先。緑に埋もれるように立っていた鉄の門戸には、お兄様に手渡された鍵と同じ、古い魔法石がはまっていた。


「……ここね」


 鍵を鍵穴に入れると、二つの魔法石が仄かに光り、ギギ、という錆びた音を鳴らしながら鍵が開いた。手で押すと、ギィ、と錆びて傾いたた鉄の扉が開く。


 そのまま古びた門戸を通り抜け、ぼうぼうに生い茂った硬い葉をかき分け、苔の生えた石畳を進んだ。


 ここは、フェルメンデ家の――この離島の領主の屋敷だった。昔は管理人を置いていたが、王家との話し合いの結果、今は領地として治めているだけで管理人は不在となっている。その為長らくこの屋敷は使われておらず、人の手が入っていなかった。


 様子を見ながら古い石畳を歩く。離島の文化で、屋敷は一つの建物ではなく、一部屋ごとに屋根付きの建物として敷地内に点在していた。それぞれが石畳で繋がるように立ち並び、まるで小さな村のようだ。よく見ると立派な石像や豪華な水瓶があちこちにあり、本来は美しい景観だったことが伺えたが――長年手入れがされていなかったことで、もはや物の怪の類が出そうな雰囲気だった。


 古い土壁はどの場所も所々崩れていて、朽ちたテラスの隙間からは元気よく雑草が伸びている。それを一つ一つ眺めながら、広い敷地の中心で立ち止まった。


「大丈夫、私はやれるわ、お兄様……!」


 木登りが大好きな野性味溢れるお兄様。そのお兄様と広い庭園で野宿まがいの遊びをした事は数知れず。一緒に木登りをして木の実を採って何度怒られたことか。


 ここでの生活は、そんな生ぬるいものとは違うだろうけど。


 安物の布鞄の中には、道中で仕入れた「十五令息漂流記」。それから、「大草原の小さなログハウス」に、「はじめよう田舎暮らし」。どれも幼い頃からお兄様と何度も読んだ、大好きだったお話だ。


 幼い頃憧れたサバイバルな田舎暮らし。貴族に生まれ、こんな暮らしをする日は来ないと思っていたけれど。


「あれはこの時のための訓練だったのね……大丈夫よお兄様、アーシェは立派にやり遂げるわ!」


 そう、今日は記念すべき離島での逃亡生活一日目。


 私は落ちていた木の枝を拾い上げ、ジャングルと化した敷地の中を、期待と不安に胸を満たしながら意気揚々と突き進んでいった。

お読み頂きいただいてありがとうございます!

久々の新作投稿でドキドキしています。

最終話まで全55話、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


ちょっと読んでみようと思った方は、

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また遊びに来てください!

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[良い点] 初手あらすじから「おバカな王子」と、くっきり明言。すっきり爽快! そして相変わらずの、ばたばたばたっと物語(ヒロイン)が一気に突き落とされる展開! 一話目から、期待が上がりに上がります! …
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