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Narrante【偽の家族】凛

Narrante ナッランテ(語るように)(伊) 音楽記号です


「ただいま」

凛が自宅の扉を開くと居間から返答がある。母だ

「どうしたの。随分早いじゃ無いの。昼は食べた?」

「あ、食べそびれた。シリアル貰うね」

凛はキッチンに入ると箱から皿にシリアルをザラザラと移し、インスタントのポタージュとスプーンと一緒にお盆に載せた

「部屋で食べるね…」

凛は自分の部屋に向かう


娘が少しばかりぼうっとして暗い顔をしている。橘君と何かあったのかしら。咲雪(さゆき)は友達が少ない凛の初めての彼氏の交際が気になって仕方が無い。あの個展の時の事、兄さんから聞いて、自分もわくわくした。夫の誠時は渋い顔していたけど。

今日はデートなのかと思っていたのに、午後には帰って来てしまった。咲雪はミシンを動かしながら、娘の気配をついつい追ってしまう。まあ今のところは見守るしか無い


部屋に入ると、考え事をしながら半ば自動的にシリアルを口に運ぶ。全然味に気を配れない。ポタージュを三口くらい飲むと、そのままお盆は机に置いてベッドに身を投げ、呻き声を挙げる

「ああ、颯雅君に悪い事しちゃったかも…」

別れ際に手も握らなかった。さっきずっと怒りを感じていたから、その自分の感情のままに、彼に触れるのは嫌だったのだ。怒りを抱えたままに彼と時間を過ごすのも嫌だった。だけどそんな事、颯雅君に分かる訳ない。突然黙り込んで、不機嫌そうに帰っただけだ。誤解されているかも知れない。でも何と説明したら良いのかもわからないし、まだモヤモヤして混乱状態で、とてもメールを書ける感じでも無い


何に怒りを感じたのか思い出す

まず颯雅君が“敵”という言葉を言った事。敵が居るのか。考えたくも無い。そう言う設定を持ち出した颯雅君にも怒りを感じたし、そう思った自分にもだ。折角好きになった人になぜ怒りを向けるんだ…。だがあの時更にその人生の記憶がより鮮明に思い出されたのだ。思い出せば思い出す程、怒りと悲しみしか湧いて来ない


あの人生、単に病院で取り替えられた訳じゃ無い。そんな身分の人を、一般の人と取り違えるような間違いを病院が犯す筈がない。あれは、故意に赤ん坊と入れ替えたのだ。誰が。養父だ


母と兄の接し方も、他人の目からなら分かる。精神的な支配と虐待だ。何をしても否定で受け止められる。何か相談しても、テストの結果や描いた絵を見せても、先ずは否定され、最後はいかにも物わかりの良い母親が協力的であるかのように言葉をかけてくれるが、子供の心は接する度にずたずたになって、笑顔も無かった


その人生で父だった人は、仕事での出世に逃げ腰の人だった。そのくせ、母にも兄にも威張っていた。自分にだけ優しかった。だがその父の優しさが、下心の上であったなら。自分を囲い込み、運命の人との仲を邪魔しようとしたとしたら。その時の父を思い出すと、そう考えた方が腑に落ちて来るのだった。


公務員だったからお金が無かった訳ではないのに、やたらにけちけちして貧乏生活を強いられた。その分貯め込んで何か使うのかと思えば、株の話を持ち掛けられ、良いカモにされて、お金を減らしていた。正直何が楽しくて生きているのか分からない人だった。自分は早く自立したくて、安定した職に就きたくて、職業に直結するような大学を選んだ。父自身は名門大学の出身だったので、子供達にも同じ大学に行かせたかったらしく、がっかりされた


小さい頃には気にして無かったが、大きくなったら自分の住んでいる家が何故極端に閉鎖的な間取りで、建て替えや大きなリフォームをしなかったのか、他人となった今ならばはっきり分かる。あれは結界で、自分を精神的に、霊的に、あの家に縛っていたのだ


颯雅君だった人と結ばれず、それでも家から出ようと試みるが何故かそれは出来なかった。いつも経済的に追い詰められて実家に帰るを余儀なくされる。それが果たして本当の成り行きなのか。何らか誰かの意図が動いていたのか


涙が出て来た

思わず口にした

「あんた達なんて死んでしまえば良い」

自分でもびっくりしたが、もう止まらなかった。何度も同じその言葉を繰り返す

「あんた達なんて死んでしまえば良い」

涙と嗚咽と共に抑えきれない吐き気が襲い、机の横のゴミ箱に嘔吐する。だが、何かが出て行った感覚はあるもののお腹の中身は何も吐き出されなかった。何だ。霊的なものなのか。エネルギーか何かを排泄したのか。何度か吐き出すうちに、気分は大分良くなった。自分が言った言葉を自分で聞き、自分がそう思う事で相手が本当に死んでしまったらどうしようと思い、自分の怒りを素直に認められなかったのだと気付いた。折角育ててくれた親を恨むなんて、と思って自分を嫌悪していた事も原因だった


その人生での恨み辛みを吐き出すと、すっきりした。ただ頭が痛かった。そのままベッドに突っ伏していると何かがふんわりと優しく自分を包むのを感じた

そう言えば、颯雅君と居る時、何か聴こえた。それを思い出してみる


“凛 あなたは私

多くのものが紡ぎ成した事を纏める者

貴方の思いは私の思い

受け取りなさい果実を

それが愛の思い”


あれは誰?今居る誰かと一緒なの?心の中で問うと声が答えた


“我は実穂高だ”


瞼に浮かんだのは高烏帽子を被り狩衣を着た貴公子だ。恐らく平安時代の

あなたが実穂高?さっきの言葉はあなた?

“違う。我の時も聴こえた。その時はそうびと名乗った”


そうび?どんな字かしらと思いを巡らせると、薔薇の文字が浮かんで来た。薔薇(ばら)か…


“薔薇は愛の化身だ”

凄くイメージが似合うわ、と凛は思った。薔薇の花が愛だと言われたら、納得してしまう

実穂高が笑っている雰囲気が伝わる。心で思っただけで向こうには通じるらしい

実穂高さん、あなたの事を教えて…あなたは誰で、いつの時代の人なの

イメージは彼が平安時代の陰陽師である事を伝えた。それから本当は彼ではなく彼女であり、凛の前世である事も…


それから、逸彦という名前が何度も浮かぶ

それは誰なの

すると目の前に記憶が広がった


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