Ruing【八咫烏と双頭の鷲】
Ruing ルーイヒ(静かに) 音楽記号です
「ここよ」
凛にだけ見える光る道を辿って着いた二人の目の前には公園内の喫茶店があった。テラス席もある
「休めるのかな」
「そうだと思うわ」
光る道が喫茶店に案内したのだから、休憩して良いのだろう。中に入り飲み物とシナモンロールを二個買うと、店内の席に着いた。多少混雑しているが、隣の席に人がいる程混んではいない
「颯雅君が驕ってくれるの、嬉しい」
「お詫びという程ではないけど」
颯雅は自分にはアイスコーヒー、凛の前には彼女の好みの豆乳ラテを置いた。颯雅は先程の事を思えばこれくらい安いものだと思った。驕られたから凛の機嫌が治る訳ではないと知っている。だが身体の内からここは驕れと誰かが叫んでいるように思ったからだ。
窓の外を何気なく見ていると、カラスが公園内を歩いている。何か餌でも探しているのか、地面を時々突きながら向こうへと歩いていく
「烏は本当に神々を導いたのか」
凛だが凛ではない声が聞こえた。颯雅が凛を見ると、同じく窓の外を見ている
「どういう意味?」
凛は少し考えていたが
「日本神話に出てくるカラスは知っているでしょ?後の神武天皇となる人を導いたのはカラスだと古事記に書いてあるのだけど、最近はそれが八咫烏だって言う話になっているのね」
「ヤタガラスって?」
颯雅が尋ねると凛は目を細めた
「三本足があるカラスよ」
「変なの」
「そうよね」
「私が変に思うのは、神話には八咫烏って書いてないのに、通説みたいになっている事と、足が奇数って事なのよ」
「僕が今だから変に思うのは、勘が鋭いとはいえ凛に光る道が見えて案内されているのに、その神様達はそう言うの見えないって、本当に神なのって思うよ」
凛は目尻を下げた
「ふふ、ありがと。でも颯雅君だってさっき何か凄い事を口走って、私が見た青色と風を感じたじゃない」
二人はどこかで自分達以外の笑い声が響いているように感じた
「私達は運命の相手なの。そう思うの。だから同じ事を感じたり、共感するの。最初からそうだった」
「僕もそう思う。一緒に居ると良い感じがする。本当、二十四時間一緒に居たい。初めて会った時、凛が居なかった今までの人生は人生ではなかったと思ったんだ。あの時、何かを感じたんだ。一緒なら何かが生み出される、うごいていける。それって…何て言えば良いか…」
さっき感じた深い感動の余韻があって、照れ臭い台詞がすらすら出る。でも本当にそう思っていた事だ。隠している自分の方がおかしい
「二人は元一つだったという感覚?」
「うん、そう」
「それを対という」
「対?」
「そう、全ては対として存在し、対あればこそ生み出される。それが理」
颯雅は目を瞬いた。この前もそうだけど、また誰か違う人が凛の口で話している
「それが対なのね。対だから、足は二本。右足と左足で交互に歩くから、前に進める」
「そうだね。僕と凛はそういうものだ」
「じゃあ、三本目の足って何だと思う?」
二人は謎解きに夢中になるように考え始めた。凛は言う
「舌かな。言葉は、言いようによっては欺いたり、嘘つけるし」
「成る程ね。男にはもう一本あるけどね」
きょとんとして凛は颯雅の顔を見た。颯雅はしまったという表情をして目を背ける
あー、さっきの良いムードを台無しにしたかも知れない…
「あははっ、その足では歩けないわね」
凛は笑って受け流した。
「どっちにしても、三本目の足があったら、変な方向に行くか、その場でぐるぐる回るわね、コンパスみたいに」
颯雅はほっとする
「かもしれない。三は安定してしまうね。それ以上動けないと言うか
止める意味がある。導くとは思えない」
「双頭の鷲はどう?似てない?」
「何それ?」
「頭二つの鷲の紋章だよ。ローマやヨーロッパの紋章でよく使われるやつ」
颯雅はああと思い、どこかで見たことがある双頭の鷲の紋章を思い浮かべた
「身体が一つで頭が二つ。頭が喧嘩して身動き取れないような?気がする」
凛は笑いながら頷いた
「そうね。元は東も西も支配しているって意味らしいわ」
「五という数字はどうか」
凛ではない声が問う。颯雅は何を意味するのか考える
「五?なんだろう。今ままでの流れから言うと…ヤマタノロチ?」
「それは頭と尾が八つだよ」
凛が笑う。颯雅はずっと考えているが、わからなかった
「降参。わからないよ」
「五芒星って言ってる」
「五芒星?陰陽師とかの漫画に出て来るやつ。関係あるの?」
「さあ、わからない。今はそう言うのあると知れば良いみたい」
凛もその理由が分からず、首を傾げる
颯雅はアイスコーヒーを飲む。氷が少し溶けて若干薄くなっていたがあまり気にならなかった。凛は窓の外を眺めていたが、また凛の声では無いものが颯雅に問う
「悪の逆は善か?」
颯雅は考える。普通に考えればそうだが、あえて問われているなら違うような気がする。なら何だろう?
「善では無いとは思うけど、何かはわからない」
凛も考えているようだが、颯雅と同じようにわからないようだった
「私もよくわからない」
凛の声でない無いものが答えた
「悪の逆は愛である」
凛と颯雅はその意味がわからなかった。二人とも首を捻る
「これもそれだけ分かればいいみたいだよ」
颯雅はこれはデートなのかと、若干テンションが下がる。せっかく凛と良い雰囲気なのに、ずっとこれを続けるのか?颯雅の問いに誰かが答えた
道を知るものは道を歩む
その草分けは人智を超えて光である
きぼうはその標となす
颯雅はこのことを凛に話す
「凛、このままずっと禅問答を続けるのかって聞いたら、こう言われたんだけど」
それを口にすると、凛は笑って答えた
「颯雅君は標なのだから当たり前だ、と言うことだって」
やっぱりな、と思う反面なぜ僕が標なのかと疑問に思ったが、それを突っ込むと更に話が長くなりそうなので止めておくことにする
「本当の死とは何か」
まだ続くのね、と思いながらリア充の颯雅は考えた
「輪廻転生の話?死んだらまた生まれ変わることかな」
凛は窓の外を見ながら何かと対話している様子だった
「命は死なない。肉体と人格に死がある」
「?どう言う意味」
凛ではない声が答える
「命は永遠である。愛の循環にある限り不滅。人格はその役割を終えれば死を迎える。肉体の死もまた同じ」
颯雅は命の永遠について考える
「命という概念が違うということだね。肉体の死は分かるけど、人格の死ってどういう意味なの?」
「人は生きる目的により人格が作られるという意味。それは何を願うかによって変わる。その願いに満足すれば、その人格は死を迎えて次の願いを果たす為に必要な人格に入れ替わるということ」
「つまり肉体が死ななくても死んでいる?」
「そういうこと」
颯雅は理解できなかった。そんなことがあるのだろうか。
「肉体は生まれてから死ぬまで変わり続ける。身体が大きくなったり、細胞は増えたり減ったりする。短時間では見た目に変化はなくとも、心臓は止まらず動き続け、新陳代謝も常に起こり続けている。人格も同じ。命の器が大きくなろうとする時、今までの人格は去り新たな人格が入るを繰り返す。それが理」
凛ではない声が答える
「うーん、なら人の成長は命の器が広がることであり、人格がそのまま成長することはないということ?」
「そうだ」
颯雅はそれが何を意味するのか考えたが、良くわからなかった
「今はそれくらいでいいって」
凛は豆乳ラテを飲みながら微笑んだ
「光と影は対か、善と悪は対か」
「そうだと思うけど、聞かれるという事は違うということ?」
凛ではない声が問う
「凛と颯雅は対である。互いに影響を与えそれによって道を進む。なら光と影、善と悪は同じように道を進むか」
颯雅は対という概念が違っていることに気づいた
「確かに違うね。なら何になるの?」
「疑似的な対である」
うーん、難しい。颯雅は頭が爆発しそうになり、頭を抱えた。凛は優しく微笑むとストローを唇にあてる
「今日はこれ位にしておこうって」
それは何よりと、颯雅は思い、自分もシナモンロールをかじる