Hold【口止め】逸彦と実穂高
Hold ホールト(優しく愛らしく)(独)
逸彦は京の都に召喚された夕刻、都を歩いていると、知った顔の者に偶々出会った。以前鬼に遭遇したところを助けた事があり、彼は賀茂に勤める預かり頭だったのだ
都に呼び出されたものの、今夜の泊まり先が無い事を話すと、彼は宿を提供したいと申し出た
「勤めの者の部屋にも空き部屋ありますし、我らの食事一人分位ご用意出来ますゆえ、これを先回お会いした折の恩を返す機会とさせてくれ無いだろうか」
逸彦としては、泊まる所が無いならば都の外れまで行って木の上でいつものように寝ようと思っていたので、困っていた訳でも無かったが、良い風呂が設えてあると聞いて、着いて行った。逸彦はそれが謁見の間に居た陰陽師の賀茂の家と知らなかったし、預かり頭も彼に宿を提供しなかったのが己の主人だと知らなかった
久し振りに良い風呂に入れると浮き浮きで、事前に聞いた風呂に行くと、先客が居た
脱衣場の戸を少しだけ開けようとして気付いた。男の着物を脱いだその背中は華奢で、尻は女のように柔らかな曲線だった
咄嗟に逸彦は気配を消し、踵を返して何事も無かったかのように元の廊下を辿った
いやー危なかった。思いっきり開けなくて良かったなー
「ん?」
実穂高は思わず振り返ったが、誰も何も居なかった
「あれ?今誰か居ったような。気のせいか…」
翌朝、厠から戻る時に逸彦は邸で迷った
確か借りていた部屋は離れだったか?離れに続く廊下を渡り、これと思う戸を開けた
すると寝衣を脱いで襦袢を替えている姿が目に入った。あ、昨夜と同じ者だ
同じく華奢な腰、少し前屈みになった胸には女性のふくらみが…咄嗟に気配を消し、同じく音も無く扉を閉めた
そうだ、何か勘違いしたに違いない。逸彦は頭を振ると忘れる事にした
「あれ?今何か…水師かな」
振り返った実穂高は首を捻る
そそくさとかなりの早足で歩く逸彦の手首を誰かが掴んだ。思わず身構える
見ると、一人の童顔の男が真剣な顔で逸彦を睨む。服装からすると、従者か…
「今見た事は誰にも口外せぬように…」
「あいわかった」
逸彦は掴まれた手首をさすると、急いで自室に戻りながら、この家に泊まった事は何か秘密にせねばならない事だったか?と、とんちんかんな事を思っていた




