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Hold【紙笛】凛と颯雅


Hold ホールト(優しく愛らしく)(独)


朝ご飯を食べながら、颯雅は昨夜の事を思い出していた


最後に颯雅がハーモニカで吹いたのは即興だが、双青の都の時に副隊長が弦楽器で弾いていた曲のイメージだ。情熱的で、真っ直ぐな、副隊長らしい音楽だと思った

それを聴くとエンヤさんは一瞬不思議そうな顔をした

だが、直ぐにギターで主旋律を追いかけ始めた。あたかも知っているかのように

それを聴くワカナさんの目がきらきらと輝いて、颯雅とエンヤを見比べていたのを覚えている

二人が思い出してくれると良いと思った



朝食の給仕に遅番の颯雅が加わると、お客さんが声を掛けてくれる

「やあ、昨夜は良かったよ、ハーモニカ」

「ありがとうございます」


「ハーモニカであんな感動するなんて思わなかったです。プロなんですか」

「いや、全然。音楽は好きなんですが、趣味みたいなもので…」


問い掛けに応じない訳にもいかず、手短かに説明するのを繰り返す。凛は微笑んでその様子を見ている

マイケルも昨夜の演奏は耳に入っており、凛が颯雅のフルートに惚れたと言う話も尤もだと納得していた



朝食時間の後に、ロビーでビーチに送る車を待って座っている人達の中に、エンヤとワカナを見つけた。エンヤは今日休みだ。多分、ワカナの予約を見つけてこの日に希望休を出していたのだろう

二人は楽しそうに話し合っていた。ダイビング装備ではなく、シュノーケルらしい


「二人で潜りに行くんですか」

エンヤは少し照れ臭そうに笑って、言った

「ワカナさんダイビングキャンセルして、一緒にシュノーケル行く事にしたんだ」

ワカナさんも笑顔でやや俯いた


これ以上は野暮だろう

凛が颯雅のTシャツの裾を握る。二人は会釈をして離れた

「楽しんで来てくださいね」



凛は早出なので、颯雅と別れて白米を保存容器に貰うと、部屋に先に戻った

凛も嬉しかった。エンヤとワカナが心通じ合えたように見えた事も、昨夜エンヤと颯雅の演奏を聴けた事も。それが何を意味しているのかも知らずに


二人が表層では音楽を奏でている間、ラズワード隊長と副隊も深層で酌み交わし、語り合っていた。思い残す事無いように。その過去から、悔恨から二人を解放する為に用意された機会。そして二人がそれぞれに前を向く事が出来るように


私もだ。私も、引っ掛かっている事を手放そう

凛は手帳を取り出し、自分の課題のページを広げる


「私が今何を思い出し、取り組んだら良いのか教えてください」

凛は目を瞑って呟くと、ペンを手にした

手帳の空欄に自らの手で綴られる文字は、凛自身もまだ知らない事だ…



遅番の掃除が終わり、颯雅が部屋に戻って来た

部屋に入ると疲れた顔の颯雅は眉を顰め漏らす

「なんかちひろちゃんがくっ付いて来ようとするんだけど」

凛はエンヤ達の事も含め話したいと思った事が色々とあったのだが、颯雅の気が収まらないように見えたので、まずその話を聞く事にする


今日遅番は颯雅とちひろだったから、二人は一緒に掃除をした

同じ部屋で作業する間ずっと話し掛けて来る。部屋でまだ担当の所をちひろがやっていると思い、颯雅が次の部屋の作業に移ろうとすると、急いで終わらせて同じ部屋に移って来る。ゴミ捨てに行こうとすると、「私も行きます」と言ってなぜか一緒に着いて来る。話し掛けて来る内容は、好きなタレントとかアニメとか、関東でどう言うお店に行くのかとか、颯雅にとってどうでも良い話で、合わせるのも面倒くさい。彼女を好きとか嫌いとかではなくて、そもそも仕事しに来ているのに、なぜ彼女の話相手をしなければならないんだ、と思う


凛は困ったように笑う

「一つには、昨夜の演奏を聞いて、颯雅君に興味持ったんでしょうね」

「え、そんなの困るよ。そもそもエンヤさんに興味あったんじゃ無かったの」


「過去を思い残す事無く次に行こうとしてエンヤさんと演奏してたからから、手放す過去が浮上しているのよ」

「過去って?前世?全く身に覚え無いけど」

颯雅は内面に誰か知っている者が居るのか問うと、もじもじする逸彦が見えた

「あっ、逸彦。お前何か知ってるんだろう。白状しろ」

尚ももじもじしながら逸彦が言う言葉が聴こえる

“…幼女だ”

「え、幼女に手出したの?」

“違う。紙笛を吹いた時に見ていた童の一人だと思う”

「紙笛?」

“和紙で作った笛だ。子供達が喜ぶので、せがまれると時々聞かせていた”

「そうなんだ。人気者だったんだね?」

“そんな事は無いが…”


「そういえば、神話に出てくる神々って、直ぐに手を出しているけど、本当にそうなの?ギリシャ神話とかさ」

何故か微妙な静けさが伝わってくる

「祖?」

“ワシか?ワシが答えるのか?”

颯雅が凛を見ると、顔はニコニコ笑っているが、背後に何か異様な圧力がある

祖は諦めたように答える

”まあ、大体あんな感じだな”

「ゼウスが直ぐ女に手出してた話になってるけど」

“ゼウス?あれは架空の人物だ。もっと長い期間の色んな神がやった事を、あれもこれもゼウスって事にすれば良いだろうって”

「そうなの?酷くない?」


“うおっほん。逸彦も色々やらかしているし…“

「逸彦?」

逸彦は後ろ向きにしゃがんで地面にのの字を書いている

”女の色香にほだされると見境いなかったからな…“

颯雅は何と言えばよいかわからなかった


「祖は何だって言ってた?」

目を開けると凛が訊いて来る。それを今訊く?と思ったが、颯雅も凛の笑顔を見て諦めた


「…色々ありました」

「ふうん。で?例えば?」

「逸彦の現地妻が全国各地に」

「なるほど。で、実穂高を差し置いて?」

「騙された事も多々あり、逸彦は女が怖くなりました。それで実穂高を避けようと思いました」

颯雅はなんだか尋問されている気がして来る。なぜ俺がした事では無いのに俺が弁解するんだ。正座をして答えている自分に自問した


「あれ?それでは逸彦は実穂高を女と知っていたのかしら」

「あー…」

しまった。神と祖は、実穂高が女だと気付かせる為に、着替えを覗かせたんだった。それまだ言ってなかったな

「えーっと、実はですね」


颯雅がその件を話すと凛は眉を寄せる

「初耳だわ。実穂高はそんな事言ってなかったわ。賀茂家に泊まった事があったなんて」




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