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Unverziert 【檸檬】東と靜奏


Unverziert ウンフェルツィールト(装飾音無しで)(独)


約束の日、(あがり)靜奏(しずく)のPCをいじっていた

「これで更新できますから…もしデザイン変えたいとかだったら、今は無料でもっと使いやすいホームページ作成ソフトとかあるんですよ。そっちならばしずくさん自分でデザインしてページ作れると思いますよ」


水色をベースカラーに纏められた店先には、シルバーのジュエリーと一緒に貝殻が飾ってある。海岸で拾って来たものだろう。貝で作った風鈴が吊るしてある


「ありがとう。詳しいのね。コーヒー淹れるわ」

今日靜奏は白いコットンのシャツワンピースを着ていた。東はその白い色がキッチンのビーズの暖簾の向こうに透けてちらちらとさざめくのを眺める

「いや、自営業って何でも自分でやらなければいけないから、調べて覚えるんです」

コーヒー豆をがりがり挽く音がする。それに負けないよう大声でしずくが言う

「そうよね、一人でやっていると苦手な事は先送りで、どんどん置き去りにされて行くわ」


(あがり)は窓際に立って外を眺める

ここは夏には相応しい場所だ。家の屋根が重なる向こうに海が見える。風が海に波を立てている。

庭の木には檸檬がなっていた


奥のキッチンからコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってしずくが出て来た

「良い場所ですね」

「そうでしょ。夫と別れた後に、たまたま売りに出てたこの古家を、父の遺産から何から有りっ丈のお金掻き集めて買ったの。色んな意味で丁度良かったのよ」

靜奏(しずく)もコーヒーを持って窓際に近づく


「檸檬が映える」

「植えたの。何か実がなる木が欲しくて」

東は渡されたコーヒーをひと口飲んだ

「あれっ、これってコーヒー?」

「あ、濃いの好み?ごめんなさい。私の好みで淹れると薄いのよね」

東はいつもストロングなコーヒーを飲んでいた。それは自分への刺激だったが、このコーヒーは何の違和感も無くすんなり身体に溶け込んだ

「ふうん、こういうコーヒーの飲み方もあるんだ。良いかもね」

「気に入ってくれた?良かったわ」

「ここ、そういう場所でも良いのに。カフェとかも併設して」

「そうね。考えた事あるけど結局一人では手が回らないわ。ジュエリー作る時間も必要だし」

開けた窓から入る風が吊るしてある貝の風鈴を鳴らした


靜奏(しずく)は風にそよぐ庭木に顔向けながら言った

「今日来てくれて嬉しい。あれきりにしたくなくて」

「私もです…あの日、あなたに会う直前に願った事があって、そしたら間違って駅前通りの渋滞にハマっちゃって、見つけたんです」


靜奏(しずく)はその言葉の先に控えている何かを予感した

「私も、雨については結構勘が当たる方なんだけど、何故かあの日はいつも持ち歩いている折り畳み傘を、わざわざ鞄から出して置いて行ったのよ」

「そうなんですか」

「…それで何を願ったの」

靜奏(しずく)は覗き込むように東の目を見て問い詰める


先程から東は靜奏(しずく)を直視することを躊躇い、視線をさり気なく泳がせていた。だが靜奏(しずく)の真っ直ぐな眼差しの前で、本当の事を言わない訳にはいかないと思った。むしろ、そうでなくては、なぜ今日ここまで来たのかの意味がない


(あがり)は愛の前に一切の抗う事をやめ、観念しようと思った。自分の中に湧く情動を抑えきれないだろうと悟ったし、もう抑えたくなかった

「誰かを愛したい…愛するべきたったひとりの誰かに巡り逢わせてくれって」

靜奏(しずく)の目は輝き微笑んだ

「それで?」


東は手を伸ばし靜奏(しずく)の身体を引き寄せ、その耳元に囁いた

「君がいた」

そしてキスをした

二人は窓枠にマグカップを置くと、互いの身体を包みあった

身体を貫くように風が吹く。東は込み上げて来る感情に眩暈がしそうだった

「大丈夫?怖くない?」

「なんで?」

「暴力振るわれたんでしょう」

「うん…そうね。実生羽君なら大丈夫」

靜奏(しずく)は東に軽くキスを返す

尚も身体を抱いていると、靜奏(しずく)は言った

「…お店閉めてくるわ」

水色の店先には“CLOSED ”の下げ札が掛かった



貝でできた風鈴が風にしゃらしゃらと鳴らされている

東は同じリネンに包まれている柔らかい髪をかきあげ目の前のうなじにそっと唇をあてた。くすぐったそうに身をすくめるとこちらを振り向き、東の腕の中に転がった

明るい色の目が東の目を覗き込む


東はその頰を指で何度もなぞりながら言った

「俺の願いは叶ったんだろう?」

靜奏(しずく)はふふと笑って応える

「どうなの?こっちが訊きたいわ」

「女性と一緒に居て、孤独を感じなかったのは初めてなんだ」

靜奏(しずく)は瞬きをした

「…言っても良いかしら。私こういうのって男性が満足するまで我慢するものなんだって思ってた。怖いから断れないものなんだと」

「そうなの?」

「感じるとか気持ち良いとか思った事も無かった」

「それは、男性を代表して詫びなければならないね。…今は?」

「言わせるの?」

靜奏(しずく)は光が転がるように笑って東の頰を指で突く。そして目を閉じて頭を肩にもたせた

「感じるわ…色んな気持ちを。今までが嘘のように静かだから聴こえるわ」


東はその肩を愛しく触れた

「結婚しよう…いや、君が嫌なら籍は入れても入れなくても構わない。でも一緒に居たい」

靜奏(しずく)は目を開いて笑う

「本気で言ってる?会ったばかりよ」

「いや、四歳の時に出逢っている」

「それはそうだけど」

「でないと俺、園児の父兄に手出した事になっちゃう」

靜奏(しずく)はふふと笑って、笑んだままにまた目を閉じた


二人がさざ波の音を枕に頭を鎮めていると、また命の奏でる音の重なりが聴こえて来る

それは今聴こえ始めたのでは無く、ずっと前から、意識よりも深いところから、鳴り続け、呼び続けていたと感じた


あの時約束した。桑の実が再び稔る時、ここへ帰ると


東はその重奏の中に身を浸した。それが己に促すがままに靜奏(しずく)の耳に囁いた

「名前を呼んでくれ」

実生羽(みきは)君?」

「そう、毎日呼んでくれ」

「うん。実生羽君」

「君が呼んでくれると、ああ、そうなんだなって思う。俺は俺なんだなって」

「うん…。わかった」

その声が東実生羽の本当の姿を言い表していた事、その声に呼ばれた時にはいつも命が歓喜を挙げていた事を思い出す

愛が彼女の口を通して己を呼んでいた事を



愛は約束が果たされた時を持って対たる二人を結んだ

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