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Unverziert【マンゴー】


Unverziert ウンフェルツィールト(装飾音無しで)(独)



あれから時間まで島を巡り、空港でレンタカーを返却した。空港内に入るとペンションやどかりの宿泊客を迎えに来たマイケルがボードを持って立っている


「ああ、どうだった?宮古観光は」

明るいマイケルの声は、今日一日の濃厚な体験を吹き飛ばすように気分を変える

「あの、おススメしてくれた灯台、登りましたよ。良かったです」

「すっごく綺麗でした」

若干はしゃいでいるような凛の声。

「そう。なんか二人、雰囲気変わった?私服だからかな。でも気晴らしなって良かったわ」



凛と颯雅は買い物の荷物を持ってマイケルの後ろに並んで立った。迎えのお客さんを待っていると、スーツケースを引いた小柄な女性が目に入った。迎えの人々を見回し、マイケルの顔を見つけるとその女性はにこやかに笑みを浮かべ、こちらに向かって歩いて来る

マイケルは手を振る

「ワカナさん」


凛の目はワカナさんと呼ばれた女性の首元の、ネックレスに釘付けになった

それを自分は知っている、と感じ、ワカナを見た

副隊長の想い人であり、神殿に仕えて居た女官だ。最後、自分と一緒に船に乗っていた


颯雅にそう耳打ちすると、颯雅も頷いた


今日ペンションやどかりに向かう皆を車に乗せると、マイケルはまた軽快に喋りながら車を走らせる


その中、凛は想い巡らせていた

もしワカナが、エンヤを副隊長であると、かつての想いびとだと認識したならば、ワカナの命はその片割れとして彼を補うべく彼に入るのだろうか。愛は宮古から離れる事が出来ずにいる不完全な彼の命を、再び転生させてくれるのだろうか。


凛は愛に尋ね、そう願っても良いだろうかと言うと、愛はまた“それはあなたの役割なの?”と訊いて来た。凛は少し考えた。姫王が一人の隊員に対しそこまで願うと、それは彼にとって大き過ぎる。むしろ負債になってしまう。それは彼の愛に任せるべきなのだ

もしそれが私の役では無かったとしても、前世で姫王とラズワードに忠誠を尽くした彼の命が報われる事を見届ける事を願うのはどうだろうか

そう尋ねると愛は微笑んだ。凛はそのように願った



ペンションに着いて、車から皆が降りると、勤務外の筈のエンヤは何故か出迎えの場に居た。エンヤはワカナの姿を目に留めると、明らかに嬉しそうに挨拶をした

「いらっしゃいませ。ワカナさん」

「エンヤさん。またよろしくお願いします」

その様子を見て、凛は颯雅のTシャツの裾を引っ張った



二人は部屋に入ると、今日スーパーで買った物を整理し、必要なものは冷蔵庫に入れた

「あー、なんか果物嬉しいな。あと、この甘塩っぱい乾燥梅干しね」

「晩御飯用にお弁当買ったけど、まだちょっと早いよね。果物食べる?」

「うん、食べたい。マンゴー!」

颯雅はマンゴーを洗うと、果物ナイフで半分に切り、さいの目状に切れ込みを入れて保存容器に盛った

「頂きます」

嬉しそうに食べる凛が可愛い


凛は味をしめたのか、またマンゴーをスプーンで掬って颯雅の口の前に差し出す

颯雅はそれをぱくっと食べると、言う

「さっき運転中だから言わなかったけど、食べさせて貰うと胸がきゅんとする」

「ふふ、そうなんだ」


食べ終わると、颯雅はごろりと畳に仰向けになる。凛もそれを見て笑い、一緒に横になる

「ああ、幸せだな、畳があって、凛が居て」

颯雅は手を伸ばして凛の手を握った


二人は横たわりながら見つめ合う

「凛…」

颯雅は凛の方に転がり、言った

「もう絶対に離れないから」

「うん」

凛は目を潤ませる。ただもっと近くに凛を感じていたいと思った。

颯雅は凛に口付けした


颯雅は寝っ転がったまま凛を抱き締めるが、そうすると、どちらか片方の腕が邪魔だ

「ああ、何だろうな。本当に身体って煩わしい。もっと密着したいだけなのに。もういっそスライムみたいなのが良い。そうすればもっと凛に隙間無くべったりくっ付いて…」

凛は声を立てて笑った

「スライムはやだなぁ。昼間言ってた、もっと柔軟な方が良いって、この事なの?」

「何が」

「身体のデザイン」

「あ、そうか。抱き締める時に腕が邪魔でくっつけないって事か。なんだ、神って変な事言うなと思ってたけど、その通りだ」


「ほら、颯雅君、面白い」

「え?僕は祖とは違うよ」

「元は同じなんでしょ」

「まあ、そうなのかな」

「この状況で、スライムとか言い出して。ムードよりコントね」

「あれ?ムード台無し?」

「ううん」

凛は笑って言った


「あなたがどんなでも、私は颯雅君が好きなの」

「うん」

ほんと、犬だったら尻尾振り続けるところだ。颯雅はまた凛を抱き締める

凛は颯雅の胸に耳をつけた。心臓の音が聴こえ、安心して目を閉じる

十万年離れていた対が、今は確かにここに居る。共に居る




その晩、ペンションやどかりの中庭のテーブルとベンチは、ちょっとした酒盛りになっていた

仕事が終わり、賄いを食べると、直ぐにエンヤは表に出て行った。凛と颯雅がそれとなくエンヤを探すと、その酒盛りに加わっている

エンヤの隣には、ワカナが居た。ワカナの側に居るとエンヤの周りには喜びが溢れているのを見て取れた

「ほら、やっぱり二人良い雰囲気よ。絶対お互い好きなんだわ」


「一緒に座っても良いですか」

凛がいつになく積極的に話し掛ける事に颯雅は驚く

「さっき迎えの車で一緒でしたね。私達はここで夏の間だけアルバイト来てるんです」

「そうなの?可愛いカップルだなと思って見てた」

「ワカナさんは常連なんだ」

エンヤが紹介する

「ええ、宮古の海が好きで、定期的に来てるんです。今年でやどかりに来るのは三年目かな。本業は看護師なの」


「飲む?」

エンヤがコップを颯雅に差し出し、泡盛の一升瓶を持ち上げて見せる

「じゃあ、一杯だけ。明日は仕事だし」

颯雅は泡盛を一口飲み、その慣れない独特の刺激に顔を顰める

「あは、颯雅君泡盛初めて?」

「はい…、慣れれば飲めるかも」

ワカナは凛の前に炭酸水の入ったコップを置いた


凛は礼を言って一口飲み、ワカナに話し掛ける

「あの、そのネックレス珍しい石ですね」

「ああ、これ?興味あるの?」

「失礼でなければ、見ても良いですか?」

ワカナはネックレスを外して凛に渡した

「子供の頃に母が持っているのを見て、欲しいと言ったと母に聞いたけど、自分ではその記憶が無いの。でも凄く気に入っていて、大抵それを着けているわ」

周囲の灯りは暗いので、その石は殆ど黒く見える。凛は中庭を照らす灯りの方へその石を向け、観察する


「これ、本当は緑にちょっとだけ赤の斑点入ってますね。ブラッドストーンって知ってますか」

凛が言うのを聞いて颯雅がそれを覗き込むと、確かに暗緑色に少しだけ赤が散っていた

「知らなかったわ」

「キリストが十字架にかけられたときの血がこの石の赤だと言われています。実際は酸化鉄なんですけど」


凛はワカナの隣からその様子見ているエンヤをちらっと見、そのネックレスを返した

「見せてくれてありがとうございます」

凛がエンヤにそのネックレスを注目させる為に話題に出したのだと颯雅は気付いた

自分達はそれが、前世の二人の再会の目印となる事を知っている


それから、しばらく続く酒盛りの席で、二人は楽しく過ごした

誰かがギターを弾き始めた。そのギターはペンションのロビーに飾ってあったものだ

その一曲が終わると、皆から拍手が湧いた

「ほら、次はエンヤ君!」

エンヤは促され手を伸ばしてギターを受け取る


やっぱり、弾くんだ、弦楽器

二人は同じ事を思う


エンヤはぽろぽろんとギターの弦を(はじ)くと、じゃあ、と言って弾き始めた


その曲を聴いて颯雅は息を飲んだ

「韃靼人の踊り…」

ジャズ風にアレンジされていたが、それは『韃靼人の踊り』の中のコーラス部分だった。故郷を賛美し、そこへ帰れたいと願い歌う奴隷女達。そこには青き森が茂り谷には薔薇が咲き鳥が歌い…風よ、我が歌を故郷に届けてくれ…

凛の頰に涙が伝うのを見て、エンヤはびっくりして手を止める

「あれ、大丈夫?曲変えようか」

「いえ、違うの。凄く思い入れのある曲で」

「あ、ちょっと待ってください」

颯雅は部屋に戻り、急いで取って来たものがある


「持って来てたんです、ハーモニカ。エンヤさん、セッションしましょう」

エンヤは笑い、尋ねる

「何の曲?」

「同じの。韃靼人の踊りを、CDur(ツェードア)で」

「わかった」

エンヤは嬉しそうに弦を(はじ)いて音を確認する


それから、ペンションの庭はちょっとした演奏会場と化した

颯雅の腕前がそれなりとわかると、皆は次々とリクエストして来て、颯雅のわかる曲ならば颯雅が、エンヤのわかる曲ならばエンヤが主旋律を奏でて、もう一方は伴奏に廻った

一曲終わる毎に拍手が湧いて、皆は夜に酔い楽しんだ


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