Unverziert【自由の風】
Unverziert ウンフェルツィールト(装飾音無しで)(独)
「こらー、ラドン。何している。直ぐに降りろ!」
隊の皆が天井の壊れた箇所の点検と修繕をしている時だ
ラドンが乗っている梯子の下から大声で叫ぶ隊長の声が聞こえる。その怒気を含んだ声はその一体に響き渡り、その周囲で作業していた者も一斉に手を止め、声のする方を見た。ラドンは驚いたように体を硬直させたが、直ぐに降りて来た
「誰がヘルメットを被らず高所作業をしていいと言った!お前は己の命を何だと思っている!そこで正座してろ!!」
これまで誰も聞いたことがない程の剣幕でラドンを叱りつける。ラドンが正座すると、隊長はその周囲の者達に向かって叫んだ
「お前達はそれを見て何も言わないのか!仲間の命を何だと思っている!お前達全員、飯抜きだ!!」
隊長の怒気に誰もが姿勢を正す。すると、騒ぎを聞きつけた副隊長がやって来た
「何事ですか」
「ラドンがヘルメットを被らず高所作業をしていた。こいつには1週間、寝る時もヘルメットを被らせろ」
隊長はそう言い残すとその場を後にした。副隊長は呆れたように周囲を見回す
「お前達、なぜ隊長があれほど怒るか分かるか?」
「作業手順を守らなかったからですか?」
静まり返った中で一人が答える
「違う。死んで欲しくないからだ。事故にあって死ぬ事なんて滅多にないと思うだろ?その通りだが、隊長はその滅多にない事でもお前達に死んで欲しくないからだ。言い方を変えれば、お前達自身よりお前達の命を大切に思っている」
周囲の者は息を飲んだ
「本当はヘルメットが必要な作業をやらせたいと思っていないんだよ、隊長は。それでも仕方ないから、許可してる。ヘルメットと安全帯を付ける事しか出来ない事を、申し訳ないと思っているから、ラドン、それすらしないお前を烈火の如く怒った」
「お前達の命が大切だからこそ、作業手順が作られた。もし、手順を守らない方が命を守れるなら、即座にそうしろと隊長は言う。ラドン、入隊式の時に隊長が言っていた事を忘れたか?」
ラドンは思い出した。絶対に死ぬな。死に直結する行為を見かけたら俺は貴様らを許さん。安全基準を守れ。道理や規則、マニュアルはその為に存在すると。
「隊長は綺麗事を言わない。本当にそう思う事しか言わない。そこでよく反省しろ。皆も作業を中止、そこに全員正座。夕飯は抜きだ」
副隊長が言うと皆は大人しく正座した。やがて腹の虫が鳴き始めた
目が覚めて、その夢をもう一度想起する。ああ、龍達がヘルメット被って安全第一と言って登場していたのは、この時の事だったのか。確かに、自分も、ちょっと針金いじるのもゴーグル着けるとか、気を付けるタイプだ。ラズワード隊長の前世の影響だったのか
颯雅は宮古島でのその出来事を思い出す事に抵抗を感じていた
俺は彼らを守ってやりたかったのに、守り切れなかった…
切実なラズワードの声が内側から聴こえて来た気がした
一体何があったんだろう
今日は一日休みだ。凛と一緒に宮古島巡り
マイケルが一日あれば充分一周できるよ、と言って提案した通り、宮古空港にチェックアウトしたお客さんを送る車に同乗し、空港で一日レンタカーを借り、帰りはまた迎えの車に乗せてもらう事にした。大学入学決まった後に、親からお金借りて免許取っておいて良かった
凛と颯雅はフロントで貰った観光マップと睨めっこしたのだが、いざ車に乗り込むと、颯雅は北に向かって車を走らせた。地図を見ている時、どうしても行かなければならない場所があると思ったからだ
「こっちの方角だと港に向かうの?」
凛は地図を見ながらいつもより無口に車を走らせる颯雅に尋ねる
「そう。カーフェリーで隣の島に行く」
凛は颯雅の様子が何かいつもと違うと思ったのだが、黙っている事にした
港に着くと、すでにカーフェリーの乗り込みが開始されていた。二人は急いで乗船券を購入し、車で船へと乗り込む
「どのくらいで着くの?」
「大体25分位らしい。1日で10便以上あるから、時間までには帰れるよ」
船が出港すると、デッキからは島へと続く長い橋が見える。二人はデッキに手すりにもたれてその橋を眺めていた
「随分長い橋だね」
「うん、これが出来上がると船なしで行けるから、相当便利になるよね。来年完成予定ってどこかに書いてあったけど」
天気が良く、波も殆どない。船は順調に航行し、島の港へと着いた。二人は車に戻り、島へと上陸した
「これからどこへ?」
「空港がある方だよ」
颯雅は地図を頼りに空港を目指す
「空港があるの?」
「と言ってもパイロットの訓練用空港だから、人は居ないけどね」
車を走らせていると旅客機がランディングギアを出して着陸しようと高度を下げているのが見える
「なんか落っこちてきそうな位、大きく見える」
「すぐそこが空港だよ」
車の中なのに旅客機のエンジン音で少し大きな声を出さないと聞きにくほど音が大きい。
「凄い音ね」
「しょうがないよ。着陸したらまた直ぐに離陸するだろうから」
「何で?」
「離発着の訓練だから。タッチアンドゴーの繰り返しだと思うよ」
「ふうん、それタッチアンドゴーって言うの」
やっと音が小さくなり、車の中は静寂さを取り戻す。颯雅は空港を抜けると、海岸線沿いの道へと入っていく
「この辺りだと思う」
颯雅は車を道の脇に停める
「ここからは歩き?」
「うん」
二人は車を降りると、海に向かう小さな小道を歩き出した。思い詰めたように黙って、だが何かに引き寄せられるように迷い無く歩いている颯雅の手を、凛は掴んだ。暫く進むと、颯雅は歩みを止めた。そこはゴツゴツした岩場で、ちょっとした入り江になっていた。入り江には砂浜があり、引き波に取り残された古びたブイや、発泡スチロールの欠片などの漂流物が幾らか溜まっている
「ここだよ。ここから脱出したんだ。残された人々は皆全滅した」
「あの、ラズワード隊長と姫王の時代の事ね」
颯雅は己の中の誰かの慟哭を聴いた。その声は颯雅自身の胸を内側から狂おしく打ち、颯雅の目にも自然と涙が出てくる
颯雅の口をついて愛が語った
”愛を愛したものは
ここに眠る
命の役を終えその骸を晒しても
愛を全うしたものは愛である
悲しみは時を経て
喜びへと変わり螺旋へと繋がる
光を見出し希望を繋げたものは
今ここに愛へと還る”
凛は颯雅の手を握り締め、彼の中のラズワード隊長がその自責から開放されるように願った
颯雅は自然と歌を歌い出していた。以前、綺麗なメロディーだと思っていた合唱曲だ。戦争で命を散らした若者達を鳥に見立てた詩に、少しアレンジを加えて曲が付けられた鎮魂歌だ。束縛から解放され、本来のように自由を謳歌して欲しいという内容だが、歌詞だけではそれがレクイエムだと気付かない。初めて聴いた時に何故か心打たれて、調べてみたのだ
「彼らは自由になった。不完全な死に方をした命ゆえに、愛の大元に還る事も叶わず、この地に留まっていた彼らは、ここに再び愛と巡り逢い、愛の大元に還る」
凛は愛として言った
姫王も涙を流した
ここでの出来事が、何万年経とうとも彼の内で痼りとなって苦しんでいた事を知っていた
その時の彼の決断、副隊長と隊員達の決断、姫王の決断を、それで良かったのだろうかとずっと考えていた
それはラズワードが負うべき責任では無いが、彼は自分が責任を取ろうと足掻いていた
“隊長、戻って来てくださったんですね。あの曲を覚えていますか。私が弾くあの曲を”
副隊長の声が聴こえた
「覚えているとも。お前は良くその曲を弾いていた。大きな身体を小さくして弾いていた」
副隊長は笑う
“良くからかわれました。今度生まれる時はもう少し指が細くて弦を押さえやすいと良いです”
颯雅を通して隊長も笑った
“もし会えたら、酒酌み交わしたいです。最後に皆でやった酒盛り、楽しかったですね”
「そうだな…」
颯雅は、隊長は涙が止まらなかった
颯雅はその場に泣き崩れて号泣した
「済まなかった。俺の読みが浅かったのか、力及ばなかったのか、お前達を、守り切れず…」
岩場に手を着いて泣いている隊長の肩を誰かがそっと撫でた。副隊長だった
“隊長は我等が希望です。貴方さえいれば、貴方と姫王様さえいれば、この国は何度でも立ち上がります。我等が再び生まれ、楽しく命を謳歌出来るようにしてください。それこそが我等の望みであり、誇りであり、その為に捧げたのであったなら惜しくはありません”
「何だお前、そんな立派な事を言いやがって」
隊長は涙ながらに笑う
“ええ、ですから、お二人に託します。お二人の幸こそが我等の未来であると奏上します”
“敬礼!”
この島全土で、何かが一斉に二人に向けて叫んだ
その音は一瞬空気を揺らし、そして消えた
もう声は聴こえなかった
潮騒が全てを洗うように包む中、泣いている颯雅の背を凛は後ろから抱き締めた
この地に留められた命は愛の大元へと還った
彼らは自由になった




