表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/60

Nichit eilen 【神の一歩】


Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)


朝、凛の部屋をノックすると、部屋着で気怠げ満載の顔を覗かせた。うわ、凛のこんな顔、レアだ。

差し入れに昨夜貰って来たご飯のおにぎりを渡すと、途端に嬉しそうに表情が変わる

「ありがとう」

「調子どう?頭痛は」

「大分良くなってる。それに仕事の間は集中していて、そんなに気にならないの。妨げにならないように愛がしてくれるんだと思う」

「そうなの?」

「仕事も道だからね」

二人はまた後で、と交わして扉が閉まる


フロントにいるエンヤさんに挨拶する。今日はフロントの林さんがお休みだから、エンヤさんがフロントの応援らしい


朝食が終わり、凛と颯雅の二人で連泊の部屋番号をメモって掃除に向かう

「分からない事あったらいつでも訊きにおいで」

エンヤさんが言ってくれた


端の部屋に着くまで歩きながら颯雅は言う

「エンヤさんて塩谷だった。塩谷隼矢しおたにとしやってタイムカードに書いてあった」

「音読みが呼び名だったのね」


二人で作業をすると本当にやり易い。息が合うというか、相手がこの行動をするだろうと言うことが感覚でわかるので、動線が被って妨げることがない。目の端でお互いを見ながら楽しく作業できる

凛が抱布を掛けた布団を颯雅が押し入れにしまう。凛が部屋のゴミを部屋の外に出すと、それを颯雅が拾い集める

颯雅は廊下に居て少し別行動を取っても、凛が大体どの部屋にいるのかをわかる

それに気づくと自分でもびっくりする


「何だか楽しい。スムーズにできるね」

「ね、同じことやっても対だとこんなに違うのね」


パートさん二人に会って颯雅と凛が一緒に挨拶すると、笑顔を向けられる

「なんか青春よね」

二人の耳にも届き、凛は照れていた



こんな毎日だったらいいな。一緒にいると何やっても楽しいんだったら、対は夫婦で同じ仕事した方が良いのではないか。なぜ一人ずつ会社に勤めるんだ。あ、皆は自分たちが対かどうかも知らないからか。うーん。俺が神なのにどうしてこんな生きづらい世界にしたんだろう。なぜ凛が苦しむような世の中なんだ。世界を作ったのは神ではないんだろうか


神だと知る前には、世の中のことを他人面して文句言えば良かったのに、自分が神となったら、こんな風にしたのは俺自身って事になるんだろうか。俺は誰に文句言えば良い?


よく分からない。自分に自覚の無い事をどうすれば良いんだ。これは俺に責任があるのだろうか。過去の神に文句が沢山あるぞ。なぜこんな面倒くさい状況なんだ。直ぐに凛といちゃいちゃラブラブできないのを何とかしてくれ。ああ、これも頭脳なのか…


「部屋のお掃除しながら、自分の内面もお掃除できるって事だよね」

「なるほど、そうだね」


自分の余計な考えを集めるゴミと一緒に袋に入れる。余計な考えは相変わらずどんどん出てくるけれども、そのうちに何か変わるかも知れない


今は凛と一緒にいることが幸せだ

心底そう思う。心の内にいる誰かが、次々課題を出して来たとしても、凛がいるならばそれで良いと思える

それが一時的にしんどくても、進むと必ず凛との心の距離は縮まって、前よりももっと凛を好きになっている

誤魔化しのない純粋な凛が好きなんだ。自分に誠実で正直であろうとする凛が好きだ。これは夢で言ってた美の違う表現というものか


そんなことを考えていると、気づいたら掃除は終わっていた

「良かった、今日は楽しくできた」

凛の清々しい表情を見て、颯雅も顔を綻ばせる

「そうだね」


二人がタイムカードを記入しにフロントに行くと、エンヤさんが おっ、という顔でこちらを見る

何だろうと思うが、二人は自覚せずに笑顔だったらしい

「二人だと楽しそうだなと思ってさ」

また凛は照れて下を向いた


白米を二膳分もらうと、二人は部屋に戻り、洗濯をし、颯雅の部屋に集合する



「なんかちょっとわかってきたわ。やっぱり自分が満たされていると、良いことしか起きないの」

「本当?」

「うん」

凛は強く頷く

「颯雅君に感じる愛を、ずっと心に見ながら居ると、自然と笑顔になれる。その笑顔でお客さんに応対するとお客さんも気分良いし、私も心から美味しく食べてほしいとか、この人は次なにして欲しいのかなとか、気持ちに余裕持って考えられる」

颯雅は一種の憧れを持って凛を見る

「凄いね。僕は到底そんな域には達しないよ」


“そうでもないぞ”

誰だろうこれは 祖か

“意識しないうちに感じ取ってやっとる”


そうなのか。全然気づかないや

“お前は自分の感じている事に鈍感だからな

ちょっとカチンと来るな


「神が普通になる為に自分の感覚や知っている事に気づかないようにしたのよ」

そうか。それはそうだな


「じゃあ、自分の感じていることをもっと感じれば良いんだね」

凛は課題の紙を出した

「『自分の本当の姿を受け入れる」って言うのは、自分がどんなことを感じてるのかも含まれるよね、きっと」

「確かに。言われてみればそうだ」


それから、さっきこんな世の中にしたのは神なのかと考えた事、昨夜のお客さんで横柄な人が気になった事を話した


「全部自分なら、神だと自覚が深まる毎に、抵抗したい自分も浮上するかもね。神が神では無くなるために、どんな方法を取ったのかをわかった方が良いわ」

「方法?」

「神は神の道や、自分の権威を表すものを他人に譲渡したり、ばら撒いたりしたのよ」

「え」

「出会う人に何かを感じるのは、相手に何かを渡したり、取られているからだって。だからそれを返したくない人もいるわ。その為にも、自分の道を進むことの決意が重要なのよ」

「つい先日決意したばかりだけど」

「何度でも、自分が深まればもっと深い決意ができるわ」

「うう。わかりました」


凛、君ってほんとに尊敬に値するよ

やっぱり俺は犬でいいや、それで連れて行ってもらおう。忠犬として着いて行くよ

そういやgodとdogってスペリング似ているよね、もしや語源が一緒で犬の起源は神だったりして

うーん、もしかして俺の思考も祖に毒されている…

ニヤニヤ笑う祖の顔が目に入って、顔を顰めると、凛の声が聞こえる


「犬の人格も、神の道から逃げる為の方法の一つだからね」

「なんで知ってるの」

「実穂高が言った。それに颯雅君キスすると足をぱたぱた動かすの。犬の尻尾みたいにね」


良いのか悪いのか、情報筒抜けだ


「それから、責任についてだけど、薔薇が言う事をそのまま話すわ。

責任というのは自分のした事の責任を取る事を言う。神は神の責任を取る」

「どう言う事?」

「全員が、自分のした事の責任を取る。神が全人類の責任を取る訳では無い。どんな役も、本人がそれぞれその役をやりたいと望んでやっている。ただ責任という言葉を、マイナスに取る必要も無い。例えば、逸彦は自分がやり遂げた使命のご褒美を貰うところまでが責任。だからあなた方にもとても沢山の果実が用意されている」

「そうか」


“命の望みは必ず叶えられる

それがどんなものであっても

己の願いが何を結実するのかを見届け満たされる事

その完結が次の願いを生み

その螺旋は相合わさって更なる上を創る”


颯雅は落ち着いて来た

神だった自分が普通でありたいと願った事の結実を受け取れば、次の展開が待っているのだと理解した

これは焦っても仕方ない。一つひとつやって行くしかない


凛は微笑んで颯雅の手を握った




午後の仕事が始まると、二人は今までとは違う感じで臨む事が出来た

颯雅は仕事の奥行きとも言うべきものが見えて来た。今これをやっているのは元はどんな理由だったのだろうか、という事に考えが及ぶようになった。

本当は何の為にその動作をしたりその言葉を言うのだ?台詞では無い。自分の気持ちをどのように持って同じ言葉を言うのかでお客さんへの伝わり方が変わる


凛は物にも目的や役があるのだという事を直観的にわかるように感じた。そうすると、醤油差しがこの形である事、茶碗がこの形である事にいちいち感動する。これを作った人がこの形に仕上げた理由をわかると、笑みがこぼれ、楽しく食器を扱う事が出来た

凛は元から美しいものが好きだったが、使う目的で作られた物の、使い易さと装飾、日常との兼ね合いをこんな風に捉えた事は無かった。絵を描くだけではなくて、日常使う物を作るのも楽しそうだと思った


給仕をする時間が終わると、凛はシロさんにどうしてこの皿はこの向きにこの位置に置くのかを質問した

「この皿は、ここに部分的な絵柄があるから、それが食べ物の向こう側に見えるように置くのよ。こっちは外側に一箇所あるでしょ。だからその絵柄がお客様に見えるようにするの。この食器は背が高いから後ろにある方が全体見渡せるわよね」

「あんまり気にしてなかったけど、お盆の上に庭があるみたいなんですね」

凛が感動して言うと、ちひろとジュンは笑ったが、エンヤは言う

「面白い表現だね。でも庭造りも確かに似てるよ。庭石や垣根の木を、そんな風に植えているのを見た事はある」

凛は微笑んだ。気持ちをわかって貰えて嬉しかった

颯雅もその気持ちをわかり、嬉しいと思った


仕事に慣れたのかも知れない。だけどその中に楽しさを見出せた事を二人は嬉しく思った


「分からない」から始まって、「分かる」という体験をする事を神がしたかったと言う事のほんの一部をわかったような気がした


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ