Nichit eilen 【本当の神】
Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)
颯雅の目の前を何かが蠢く。その細長い生き物は…龍?
“えっほ、えっほ”
それらは掛け声を掛けて、ツルハシやら梯子やらを持って、工事現場のヘルメットを被り、隊列を組んでいる
「何だこれ。龍か。龍がなんでヘルメット被ってるの」
“はい。神は安全第一と仰いますから”
龍って飛べるのにヘルメット要るのかな。と言うか、なぜ龍?
「何なのお前達。何してんの」
“我々は神のしもべです。愛と姫神の命令で、神の肉体大改造始めます”
監督の龍がピピーと笛を吹き、一斉に龍達は立ち止まる。工事を始めるらしい。ていうか、俺の肉体は工事するものなの?
“はよ寝ろ”
誰かが言う。この口調は実穂高かな。寝てる間に体を改造するようだ。起きてると自分の頭が邪魔って言うんだろう
「午後の仕事まで仮眠取ったら。洗濯物は私が回収するから」
「わかった」
颯雅は凛に洗濯物を頼むと、布団を敷いて横になった。さっき起こった祝福の雨を思い出すと気持ちが上がって来て、目が冴えてしまう…と思ったがいつの間にか眠っていた
「そろそろ目覚められては如何ですか」
目を覚ますと美しい人が自分を覗き込んで笑っている
その目は曙のような、見た事も無い色で、髪も紫がかった深い青色だ
その眼差しの深さが自分の胸の奥をちりちりと燃えさせ、ただ見つめ合うだけでもその歓喜が花が咲くように広がっていく
その存在に圧倒されそうだ
思わず自分も微笑む
「楽しい夢をご覧になっていたのですね、大君」
「うむ、楽しい内容では無かったが、我は普通の人になって、普通の人のように生活して、自分の能力の限界に喘いでいたぞ」
「あら、まあ。貴方は大君でいらっしゃいます。貴方が普通なら私は?」
「姫君も普通の人だった。だがやはり美しかった」
「美しいのですか?私が普通の人でも?美の化身で無くとも?」
大君は少しだけ考えた
「ああ、貴女の美しさの違う表現を見た。己であろうとする貴女の清らかな姿勢、愛であろうとする貴女自身の情熱…。それがいかに美しいのかを見た。だがその我は普通なので、それを見ると己が劣っているように思って居た堪れないのだ」
姫君は至上の笑みを浮かべる
やはり美しい、と大君は思う
「それでは私は貴方の真っ直ぐさを、直向きさを、愛への憧れを見出しましょう。貴方の大きさ、深さがいかに私を私としているのかを貴方に教えましょう」
そして姫君は実り始めた麦穂のような黄金の髪を撫でた
そして大君に口付けをした
なんと深く甘いキスなんだ
唇を重ねながら薄目を開けると、姫君の長い睫毛の奥で焔のように揺らめく瞳が見えた
ああ、我が対、我が命
我は貴女を守る為なら何でもしよう
貴女の命が尽きる前に、何としてもこの計画をやり遂げねば…
「目、覚めた?」
横で凛が笑顔で座っている
「もうそろそろかなって思って」
「どの位寝ていたのかな」
「30分位よ」
二人でおにぎりを食べながら、さっき見た夢の事を話す
「凛と僕が全く違う高貴な立場で、今の普通の自分達について話してた。でも普通でも僕は凛の中に美を見出しているんだ…多分あれが神と姫神なんじゃないかな。超絶美人だったよ」
颯雅が言うと、凛は笑って言葉を添えた
「状況や立場が変わっても決して変わらないものは、自分自身の本質だと言う事なのね」
「そうか、その為に色んな立場や状況の人生をわざと作ったと言う事か。そのどれであっても変わらないのは、凛を、対を必ず好きになると言う事」
凛は嬉しそうに笑う
「ふふ。逸彦も颯雅君も、宮古の前世だと言ってたラズワード隊長も、皆似てるわ。真っしぐらと言うか…」
「夢でもそんな事言われてたかな。あ。逸彦は山とか谷とか関係無くて、木々を渡って一直線に行けば良いだろとか思っているよ。脇目も振らずに使命だけ考えているから、実穂高が女かどうか無視したんだよね」
「そうね。走り続けるのも良いんだけど、もうちょっと周りの景色見たり、美味しいもの食べたり、人に助けて貰ったり、自分が受け取る事をできたら、こんなに時間掛からなかったのでしょうね」
「僕もそうなのかな…」
颯雅は考え込む
「颯雅君も集中すると凄いわよね。フルート吹いている時の雰囲気は独特だと思うわ」
「そうなのか。割と自分で決めた事は譲らないかも知れない」
凛はさっきからずっと笑顔で颯雅を見ている
「凛は愛の化身なんでしょう?その性質は愛なんだろうね」
「そうなんでしょうね。まだ良くわからないけど、私は薔薇に憧れを感じて、そう言う自分になりたいと強く思うわ。今はそれがひとつの原動力になってる」
凛の目の奥深さに魅入ってしまう。ああ、このまま愛を表現したい。あの夢の中の二人のようにいちゃいちゃして甘いチューをしてそれから…
「もう着替え始めた方が良いかもね」
「そうだね…」
颯雅は今がバイト中である事を恨めしく思い出し、凛の申し出に従った
午後の仕事は今までにない位にスムーズに捗った。ただ数人のお客さんに横柄な態度を取られて、気に掛かったが、取り立てて問題は無かった
だが凛は少し辛そうな顔だった。調子悪いのかな
部屋の前に戻るが、凛は入り口にだけ入って言った
「ご免、ちょっと頭痛くて気持ち悪くて。話す余裕無いかも知れない。部屋に帰るね」
「大丈夫?」
「うん。自分の制限をしている頭脳だと思うから、寝ながら外すわ。朝には良くなってると思うから、心配しないで。颯雅君が段階進んだから、良い事だと思う」
「わかった、ありがとう」
颯雅が手を取るとその手を握って凛は言った
「うん、お休みなさい」
あ、チューは無しか、あの夢の甘いチューが…
「お休み」
颯雅は心中泣きながら閉まる扉の向こうの凛に手を振った
颯雅は眠りながらまた夢の中の二人の事を考えた。夢の中の甘い口付けと、胸の奥で炎が燃えるような感覚に浸った
あ、そう言えば、大君である自分は計画をやり遂げるって言ってたな。何の計画なんだろう
姫君の命が尽きる前にって…
考えながら目を閉じた




