Nichit eilen 【普通の神】
Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)
昨日の午前中に衝撃的な事を知らされ、颯雅は一日中受け容れない自分を必死に手放した。
自分が神だなんて聞かされたら、誰でも動揺するだろう
午後の仕事中もその事をずっと考えていたので、正直周りの人などどうでも良くて、誰かのした事が気に触る余裕も無かった
翌朝、目覚ましアラームが鳴る前に目が覚めた。何か変な夢を次々見せられ、折角寝てたのに働いていた感じだ。休まらない
で、どうなの。どの位出来たの
内面に問い掛けると「愛」の文字から腕がにょきっと生えて人差し指と親指を丸く摘んでオッケーサインを出す。いや、愛は普通に出てくれて良いよ
“で、どうだ。濫りがましい妄想の原因はわかったか”
実穂高分体が話し掛けてて来る。なんか、俺の中賑やかになってしまったな
「わかったよ。でもこれですっかり取れたとは言えないって言うんでしょ」
“そうだ。愛の深さ故に”
その理屈もまだ良く分かり切らないけど、いずれわかるようになろうと颯雅は思った
今日は凛とエンヤが掃除担当だ
朝食をエンヤさんと一緒に食べると、凛はよろしくお願いしますと言った
エンヤが親切に教えてくれたので、凛はとてもやりやすかった。部屋の中のゴミとリネンを集め、包布を布団に掛ける作業を凛が覚えるのを見届けると、エンヤさんはそれを凛に任せてシーツを被せた布団を押し入れにしまう作業と、それを集める作業を始めた。凛が指示された仕事を終えると、掃除機をかける仕事を指示する
それから、電灯やスイッチを確認し、不備を見つけるとメモを取り、切れた電球は変える
「そのメンテナンスもエンヤさんの仕事なんですか」
「そう。俺やんないとずっと電気が切れっぱなし」
それから作業をしながら話す
「電気工事士持っていて。前は内装の仕事をしてたんだ」
「内装?」
「リフォームとか、家建てた時仕上げとか」
「面白いですね。アートみたい」
「アートかな」
「だって、天井の板とか、床板とか、壁紙とか。バランスやテイストを揃えるんですよね」
「まあ、そうだね。こっちは注文通りにするだけだけど」
「でも、楽しそう」
「楽しいかな」
「ええ。家って一日中いる所だから、大事だと思う」
「ふーん」
エンヤさんは思わず凛を見詰める
また作業に手を動かして言った
「凛ちゃんみたいな人がカウンセラーだったら俺相談行くな」
「えっ?そうですか?私話し下手で向いてないかと」
「雰囲気がほんわかして、批判しないで受け入れてくれそうだから、凛ちゃんに相談を話しやすいんじゃないかな」
凛は他人に褒められる事がくすぐったく恥ずかしかった
下を向いて小さい声で「すみません」と言った
エンヤの耳には掃除機の音で届かなかった
休憩になって颯雅の部屋に行くと、凛は早速その話をした
颯雅はその話をする時に凛がとても申し訳ないように話すことに首を傾げる
「ねえ、褒められるのは謝る事なの?喜んで良いんじゃないかな」
「…そうね、どうしてかしら。褒められると悪いと思うわ」
「それ訊いてみてよ、凛が謝るのはおかしいよ」
凛が訊いてみると、答えは神がそう命じたからだと返ってくる
「神が普通であるように命じたので、普通を逸脱してはいけないと強く思っているそうよ」
「えっ僕のせい?」
「そのようね。私だけでは外せないの。神の許可が無ければ」
「神である僕は、姫神である凛が普通の人では無くても良いと思います」
颯雅は大真面目に言ったが、凛は笑った
「多分それでは宣言にはならないわ。普通の人では無いって、妙な表現よね。普通の定義って何を指していたのかしら」
「そうだよね。神がどうして普通になりたくてそれを目指したのかわからないと、これは出来ないかも」
「でしょうね。神だと出来ない事は何?」
「目立たない事が出来ないかも。全ての人に自分が神だと知られている。うわ、なんか今すぐそうなったらちょっと怖い」
「それから?」
「何でも出来たんだよね。出来ない事があると体験したかった、かな」
「そうね。良い線だわ。もうひと息」
「まだある?全知全能なんだよね。わからない、知らない事がない筈。まさか、知らない状態になりたかった?」
「そうよ。知らないとは何かを知りたかったの」
「本当に?今存分に知らない、わからないを体験してるよ。それで神は満足なの?」
颯雅が目を閉じると、祖がうんうんと頷いた
“神は無知を知りたかった
人とは何か知りたかった
神自身とは何か知りたかった
最初、神は神そのものであり、比較という概念が無かった
だから神は自分を隠して、
神ではない視点で自分を見ようと思ったのだ”
「そうなんだ。でもそうしたら今の僕は余計な悩みや苦しみを沢山抱えて、とてもじゃないけど、神のままでいるよりも良い状態とは言えないんだけど」
“それだ、それ
悩むとは何だ
苦しむとは何だ
なぜ普通の人は悩みを抱えるのだ
愛に委ねれば解決できるのになぜそうしないのだ”
「それを知りたかったの?」
“そう
そして知った
苦しみの内で感じる喜びがいかに喜びであるのか
当たり前に幸せだった時には知り得なかった幸せの深さを”
「ああ、そうか…」
颯雅は凛に出会う前と出会った後の自分を比較する
その前の自分だって頑張って生きていたと思ったのに、出会った後の自分から見たら、生きている実感が薄いと気付いたのだ。それを思い出した
「颯雅君、私もそうよ。颯雅君と会う前だって喜びが無かった訳では無いのに、全然今感じる深さには及ばないわ」
凛は颯雅を抱き締め、口付けをする
至福だ。これ以上の歓喜は無いだろう。対と巡り逢い、本当に愛する事を知った
「ああ、凛、大好きだ。君が凄い姫神でも普通の人でも、構わない。僕には違いは無いよ」
「私もよ。あなたが神でも普通の人でも、好きになったと思うわ。それも知りたかった事なのよ」
「え?」
「対の絆が隠されても、対を見つけ、愛するのか?対とは何か。愛するとは何か」
「愛を知りたかったって事?」
「そうよ」
「そうか」
颯雅は自分の胸が何かで一杯だと感じた。何かを知り得たと思った。識ることの、在を在と認める事の完璧さに圧倒された
「満たされた?」
「うん。そんな感じがする」
凛は笑顔になり、宣言するよう促す。颯雅は内側の声に順い言った
「神の名において宣言する。神は対である姫神を見つけ、対と認める。よって姫神が普通の人であろうとする必要は終わった。姫神は己を制限する役を終える」
突然、あらゆるもの達が祝福を降ろした。空間が光に満ちて粒子が一杯に見える
「何か降ってる?」
「雨みたいに光が降って見えるわ」
凛は内側から貫くような感覚が突き上げて湧いて来るのを感じる。何かが自分から出て来る
「颯雅君、あなたに私が保持していた神の記憶を返還するわ」
凛が颯雅の両手を取ると、その手からびりびりと電流のように何かが颯雅に流れ込んで来た




