Nichit eilen 【全自動選択機】
Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)
考えているとノックの音がした。凛だ
凛から渡されたバケツに自分の洗濯物を足して、ニ槽式洗濯機に向かう。棄てても構わない様なタオルは、実は今日の掃除の時に拝借して来た。それで洗濯槽の中を軽く洗剤を付けて拭き始める。声が聴こえた。この前登場した「祖」の声だ
“洗濯機を洗うと選択を洗濯できる”
「何だって?」
「どうしたの、颯雅君」
不思議そうに凛が尋ねると、颯雅は今聴こえた言葉を話した
凛は笑った
「何なんだ、駄洒落なの?立派な奴かと思ったのに、親父ギャグ?」
「ふふ、神って面白いんだね。でも洗濯機を洗う事と、自分の何かを洗う事はリンクしているのね」
“そう。一事が万事”
「ふーん、なんかちょっとムカつく」
「どうして?」
「イメージ崩れる。凛のところに出て来る薔薇とか気品あるのに、何で僕のところにはふざけたのが出て来るの」
「楽しいじゃない」
「まあそうだけどさ」
「颯雅君ももっと自分が思っているよりも面白い人かもよ」
「ええ?こんな感じでは無いよ」
「そうかな」
颯雅は話しながら洗濯槽を拭き終わり、洗濯を始める
二人は颯雅の部屋に戻り、颯雅は掃除の時のジュン君に対する不快感を解消できない自分の事を話した
「さっきの、その事を言っているんじゃ無いかしら」
「どの事?」
「選択を洗濯するんでしょ。選ぶ事をパターン付けてあるのをリセットすれば良いって事では無いの?」
「へえ、なるほど。僕は何を選んでいるのかって事か」
「全部自分に原因があると考えたら、ジュン君の私に対する見方は…」
「え、僕が凛を見下したり、手玉に取りやすいと思っているって事?とんでもない、そんな事考えた事も無いよ」
凛はちょっと困った顔をする
「違うの?でも人格にも色々あるし」
「そうか、本来の自分を邪魔する自分が居るって事か」
颯雅が目を閉じると、目の前を抜き足差し足で通り過ぎようとする黒い影が見えた
「え?何コイツ」
思うと同時に自分から見えない手が伸びて、それを捕まえる。祖の前に差し出すと、祖はあっちあっちと指差す。示す先を見ると、愛が居る。いや、「愛」と言う文字に手足が生えている
今捕まえたものを「愛」の前に差し出すと、愛はにっこり笑って(どうして文字が笑うのかとか訊かないでくれ、自分にはそんなイメージが来るだけだ)ソイツをしゅるんと消してしまった。シュールなアニメみたいだ
「何だ、このナントカ劇場みたいなのは」
“わかりやすかろう”
「わかりやすいのか?」
隣で凛は何か面白いことが颯雅の中で起こっているんだなと思い、内面のイメージに反応したりツッコミ入れる颯雅を笑顔で見ていた
“どうして凛をそのように扱う?何が得するのだ”
「え、僕じゃ無いよ。ソイツが勝手にそうするんだろう」
“ソイツは何を邪魔したい?”
「えーと、対を大切だと気づくと、何か不都合が起こる。何が起こるんだ」
凛が言う
「対が対だと気付くと、対を奪えない、道を奪えないからじゃ無いかしら」
「あ、そうか」
「道を奪う方法にあったわ」
凛は手帳の課題のページを開く
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3、体験のパートナーを錯覚させる
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「確かに。それで、僕は他者にそれを許しているって事か。自分がその隙を作っているんだな」
“冴えとるな”
祖が言う
「だけどどうして僕がそれをさせるんだ。なぜそれがメリットある?」
凛はじっと颯雅を見詰める
「あ、もう言って良いのかしら」
「何を」
颯雅も目を開けて凛を見る。凛はとても真剣に、正座をして颯雅に向き直った。何だろう、突然
「あのね、実はね。颯雅君は神なの」
「ん?」
「颯雅君は神の化身なのよ」
颯雅は無言で凛を見詰める
「僕が神ならば、凛は何?対なんでしょう」
「そうよ。私は姫神なの。姫神の化身なのよ。だから愛と話せるし、颯雅君も神と話せるのよ」
ちょっと待って。俺大混乱なんだけど。どうして話している相手が自分自身なんだ。だって俺の内面の視界には「神」も「祖」も「愛」も登場する。他人だから話できるんじゃないのか
「それは、逸彦が前世だけど中身は自分と同じもので、性格や考え方、体験が違うのと同じよ。颯雅君はこの時代の神なのよ」
「いや、もし僕が神ならばもっと色んな事が出来たり思い通りになりそうなものでしょ」
「だって普通の人を目指したんだもの。能力を発揮しないために、色々努力したのよ」
もうダメ。そんなの有り得ない。自分にもっと能力があるならば、何の為にそれを発揮しないように努力する?そんな考えってあるのか。もし神で何でも出来るのならば、俺今すぐにでも宝くじ当てて家買って凛と結婚するよ
「…それで凛は?凛は受け入れられるの?」
「受け入れている最中よ。私も受け入れない自分を手放すわ」
颯雅は無言で凛を見つめた
ああ、なんか叫んで走り回りたい気分。内面では三頭身のキャラクターが、どうしようどうしようと言って走り回る映像が見える。誰だ、これ。祖か。なんでこれが神なんだ。どう見てもコメディアンでしょ
“神だからね”
コメディアンが?
“お笑いの殆どが、神が降ろしたものだ。笑いを舐めてはいけぬぞ”
本当なの?
“笑いは全てを受け入れる心の在り方と似ているだろう”
えへん、と祖がふんぞり返る。信じ難いが、それも一理ある
「うん、なんか納得出来ないけど、受け入れる方向で考えるよ…」
凛は笑顔になった
「一緒に取り組んでみようね」
「うん」
颯雅の心は急に前向きになった。俺ってちょろいな。凛の笑顔ひとつでこんなになっちゃうんだもの
「えっと、それで何だっけ、どうしてこの話なったんだっけ。ジュン君の事を」
「そう、神である事を受け入れたら、普通の人のフリをする事が終わってしまうの。だからそれに抵抗するものが颯雅君の中に居るのよ。それが私を下げたり、支配しようとするの。それをジュン君に投影したのよ」
「どうして凛を?」
「対を下げれば自分も下がるでしょう」
「そう繋がるのか。でもどうして普通のふりなんかを」
「それが役で、普通をやってみたかったからよ」
なぜそんな面倒なことをするんだ。理解不能だ。神ってわからん
「じゃそれを止めるには?神である事を受け入れればいい?」
「神である事、我が道を受け容れる。自分がかつてそう願った事を受け入れる」
「わかった」
颯雅はそれを口に出して宣言した
凛は笑顔のまま、颯雅の課題の書いてあるページをもう一度見せる
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颯雅君 旅での課題
1、自分の今までして来た事を受け容れる
2、自分の本当の姿を受け容れる
3、道を行く事を受け容れる
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「あれ?と言う事はさ、自分のして来た事を受け容れるって、神のして来た事を受け容れるって事か。本当の姿を受け容れるのは神であると受け容れると。うーん、良く出来てるな」
道は遠そうだな
現実の視界には凛の笑顔が、内面の劇場では祖と愛の文字が三頭身でマントを着けて胸張り笑っているのが見える
颯雅は内心げんなりするが、凛に笑って返した
洗濯機から洗濯物を回収する時に、祖が言うのが聴こえた
“だから全自動選択機を選ばなかったのだ。ふはははは”
ちゃんと駄洒落が通じるように字幕が出ている。颯雅は聴こえないフリをした




