Ruing【追う者】
ruing ルーイヒ(静かに)
「待て!」
そう叫んでも、その声の通じる相手では無いのだ
追いかけている相手は図体がでかく、重そうな身体を引き摺るように大通りを走り去って行く
俺は走って追いかける。身軽に壁を走り登ると、そのまま大きい敷地の屋敷の塀の上を走る。
それが襲おうとしていたのは牛車だ。牛車は異変を感じたのか、止まり、中から誰かが降りて出た。高烏帽子と服装から平安時代の公家に見える。牛引きは刀を抜いて襲い掛かる大きい影に向き直った。
自分でもとんでもない速さで駆け抜けて、其奴の居る地点に向かって行く。背に担いだ剣に手をかけ、抜く。抜き身は白く輝いて、夜の闇に関わらず閃く。反射するような光は周囲に無いのに。そしてそのまま塀から飛び降りる。結構な高さなのだが
「我が致す、逃げたもう」
身体の重さごと刀に掛けて鬼に斬りかかる
鬼…
その大男は確かに鬼だ。二本の角が額に生えて、焦点の合わない目でよだれを垂らしている。正気の人には見えない
鬼は虫でも払うかのように俺の振り下ろす刀を払うが、その手はざっくりと斬れた。ぞっとする。肉を斬り掌の骨を砕く感触と手応えが伝わる。だが俺自身は怯まない。多分夢の中の俺はこう言う事に慣れているのだ
逃げろと言ったのに、牛引きと公家の男はそこに立ったままだ。俺は舌打ちをする。助太刀など、足手纏いだ
だがその公家の男が祈るような素振りをすると、鬼はぴたりと動かなくなった
その状況を不思議に思っている間に、牛引きは抜いた刀を振って鬼の喉を真横に斬り裂いた。案外呆気なく鬼は倒れた
「助かったぞ。逸彦殿」
「何故我を知る」
訝しんで俺が答えると、公家の男はふふと声を控えて笑った
「覚えて居らぬのか。実穂高だ。先だって宮中で会うた中に居ったぞ。我が舞を見たであろう」
えっと思ってその烏帽子の男を見る。成る程、舞は遠くから見たが、小柄だし、身のこなしに品があるし、きりっとした眉の形と白い肌の色を良く覚えていた。美しい舞だと思った
夢の中の俺はもう鬼退治が終わったので、今晩休む木を探す事へと興味が移っていたのだが、俺自身はその美しい顔立ちに見惚れて、ずっと見ていたいと思った。どこかで会ったような気がしていた