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Nichit eilen 【溝】


Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)



ミニキッチンで鍋に水を入れてレトルトカレーを温める。ガスの火を凛に見てもらっている間に、颯雅は荷物に持参して来たプラスチック製の皿を持って食堂に行き、保温された電気窯から白米を貰った。何回かユースホステルで旅をした颯雅は、行き先に食器があったとしても、自前の軽い皿があった方が断然便利だとわかっていた。しかもこれは蓋付きで、保存容器にもなる百均の優れ物だ

「どうせ後でお腹空くでしょ。9時半頃また来なさい。賄い少し分けてあげるから」

マイケルさんが親切に声掛けてくれた

颯雅は礼を言って応じる


レトルトが温まると二人は皿のご飯にカレーをかけて部屋に持ち帰る。

それから二人はその食事を食べる時間を大切に楽しんだ。一口ひとくち、どの位スプーンですくい、口に運ぶのかを、愛と真心の声を聴きながら食べた。ただのカレーが、愛の贈り物に感じた


それから、颯雅は一つの願いを叶える機会を貰った。凛に膝枕を頼んで良いと実穂高が言ったのだ

実穂高は颯雅のスケベな妄想を否定していたのでは無くて、頭脳に支配されてその表現が愛から外れるのを良くないと伝えていたのだと颯雅は悟った

凛に膝枕を頼むと凛は快く応じた。颯雅は凛の膝に耳を付け、その柔らかい感触を楽しんだ


「満足した?」

颯雅は起き上がり頷く

「満足したら人格は死んで新しい自分にどんどん入れ替わるんでしょ」

凛が尚も言うと、颯雅は言う

「そうだね、でも新しい自分もまた凛に膝枕して欲しいと思うよ」

「ふふ、膝枕をどうしてしたいのか考えてみたら?」

凛は笑う

「どうしてだろうね。リア充の象徴だから?」

「それだと他人の基準になっちゃうわ。もっとある筈よ」

「気持ちいい、柔らかい、…」

この先ってスケベ領域に入ってしまうのでは、と思ったところで実穂高が助け舟を出してくれた


“愛を感じるから”“凛を身近に感じるから”

「愛を感じるから」

「凛を身近に感じるから」

実穂高が言った事をそのまま口にすると、凛は嬉しそうに聞いている。自分も自分の声を聞きながら、ああ、確かにそうだなと思った。すると何かが剥がれて、消えた

もしかして人格の層みたいなのが、少し取れたのか

「やっぱり満足が重要なのね」

凛もそれを感じたようで、言った


「私のも叶えて」

「どうするの」

すると凛は身体を寄せ抱きついて来た

「抱き締めて。大事にして」

颯雅は凛の身体に手を回す。バストが柔らかく微妙に自分の胸に当たる

“濫りがましい妄想無しだぞ”

実穂高が釘を刺す。わかってるよ。でもこれで耐えるのも拷問だよ?

すると凛は言った

「颯雅君の中の逸彦と一緒に、私の中の実穂高を抱き締めて」

颯雅もそうかと思う。前世のこの二人は九百年前に互いを抱き締める機会を失ってしまったのだ

今は颯雅の中に居る逸彦と、颯雅のアドバイスの為に着いている実穂高は、互いに認識出来ないらしい。恐らく凛と颯雅を通さないと二人は関われないのだ


だが逸彦と一緒にと思うと、身体はぎこちなくなって折角抱き締めている凛の、実穂高の身体は遠く感じた

「なんで?二人はずっと会いたかったんじゃ無かったの?」

「逸彦が抵抗あるのよ」

「うーん。逸彦、お前わがままも大概にしろよ」

凛は笑う

「愛を受け取る事が出来なくて自害したのよ。颯雅君が一緒にやらないと変われないわ」

「そっか」

前世の逸彦が愛を受け取れないって、もしかして俺もか


「じゃ、僕も愛に抵抗あるって事?」

「そうよ」

凛は颯雅の目を覗き込む。そんな可愛い顔で咎めないでくれ

「でも多分、私もよ」

凛とのいちゃいちゃを心置きなくするには、お互いの愛への抵抗を取らないと駄目って事か。してやられたな。これが凛が言っていた心の距離の事か…


凛は身体を離すと、言った

「だから、逸彦が愛にどんな抵抗があるのか、それの理由を知る必要があるわ。逸彦の事を教えて」

「そうだな…」

颯雅は心の中の逸彦に焦点を当て、探っていく


目の前に逸彦をイメージして、話し掛けてみる

もう自害した過去は終わったんだ。何かわだかまりがあるなら教えてよ

「鬼退治が終わったら、使命を終えることになるので、同時に自分の存在意義も終わりになる。生きる意味は無い」

なんで?と颯雅。神は使命を終えたら存在意義は終わりだと言ったの?と問うと逸彦は暫く考えて、いいやと答えた。なら今からでも聞いてみたら?と尋ねる


“愛は愛を愛するものを愛する

逸彦を手放すことはない

愛から生まれし逸彦はその誉と果実を受け取る義務がある

何故己の存在意義を貶めるのか”


「使命の拘束を感じる。己はそれから逃れられない」

“自らが願ったことを忘れたか

己が聖木の前で誓ったことを思い出せ”

「…何かあったっけ」

はあ、と神のため息が聞こえる気がした。


「女は怖い、女と関わると殺される。皆拐かす為に近づいて来る」

“己の愛すべき対が誰だか思い出せ

自暴自棄になって危険と感じる相手に吸い寄せられたのは誰か。知っていて拐かされたのは誰か。女性と関係を持っている最中に背中から刺されたのは誰か?それが何回あった?”


うわーそんなことあったのか怖いな、ハニートラップか、と颯雅は呟く

しかも何回も?そこは学習してくれよ


「狂気なしにはいられない。その自分が暴走するのが怖い」

”それは然り。狂気の中でも真となる対を見出すべく我らの計らいを無下にしたのは誰か。狂気を越えられるのは愛のみだ”



なんだか神は相当お怒りのようだ。声がだんだん鋭くなる



”自害によって、全ての計画は九百年遅れた。本来なら、実穂高と結ばれ今頃完全な実の界が顕現していたはずである。颯雅、お前も凛ともっと楽しい世界が最初からあった”


えっ、それならその為に僕は苦労していると?


”そうとも言える”



「鬼を斬る事に快楽を感じなければ、続けられない。この自分が鬼の居ない世界に居たら、命在る者を手に掛けるのではないかと恐ろしい」

”それは命を知る為である。本来、汝が背負うことではないと誰からとなく言っていた。なぜそれを受け取らぬ

それに自害した為にむしろその人格は歯止め利かなくなり、独り歩きしたのだぞ。まあ全てが汝の所為とは言わぬが”



「心を感じるのが辛い。深い悲しみを感じないように心を閉ざしていた」

”それも汝が背負うべきことではないと言った”


「元は命だったものを斬る罪悪感と苦しみを心麻痺しないやってられなかったんだ」

”罪悪感を感じることは然り。だがそれも汝が背負うべきことではないと言った”


「実穂高の事を考えると思考停止する。怖いから、考えないように、見ないようにした。女構ってる暇無いだろうし」

”実穂高が女であることを気付かせるように計らった。加茂の邸で実穂高の着替えや風呂場での遭遇で女であることはわかったはず。なぜ解らぬ。死に際のあれはなんだ!相手が男だからだと!気づけ!”


神の激怒に逸彦が下を向いてもじもじしている。賀茂の邸に泊まった事あったのか?そんな話聞いて無いな。凛の話だと接点が殆ど無かったようだけど。でもそこまでしても女性だと気づかないなんて、逸彦も相当天然だ。凛に逸彦がハニートラップに引っかかった事はまだ言えない気がする…


颯雅は今の逸彦と神の問答について、端的に何が問題だったのかだけを凛に話し、神のコメントは詳しく話さなかった


「神から罪悪感や苦しみを背負う必要はないと言われていたけどね」

「そう、苦しんだのね、逸彦。当然よね。何度も何度も生まれ変わって、同じ使命を続けて、しかもその記憶も持ったままだったんだもの」

凛は逸彦に親身になって言った。心象にうんうんと頷く逸彦が見える。それをジト目で見る神の視線があるような気がする


「だけど、それは凛も同じだ。前世では無いけど、現代を繰り返していて、その記憶があるんだろう」

「そうね…」

凛は遠い目をした。凛が苦しんでいるのがどの記憶なのか、颯雅は分からない。でも、二人の間の溝を埋める為に、課題が必要なのだと言う事は良く理解出来た


「それで、逸彦は京の賀茂の邸に泊まった事は無かったの?」

凛は実穂高に確認する

「無いと思うわ。賀茂の義父は二人を引き離そうとしていたようだし。何で?」

「いや…」

その事は今は話さない方が良さそうだな


「今言われた事は書き留めたし、今日直ぐに全部は解消出来ないと思うから、取り敢えず、食堂行ってみようか」

「そうしよう」

二人は食器を持って部屋を出て、階段を降りる


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