Nichit eilen 【お弁当のハーモニー】
Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)
「まあ、それは後で良いから今は部屋行こうよ」
颯雅は洗濯機の話を打ち切り、凛の手を引くと凛も頷く
部屋に入ると、颯雅はローテーブルの前の座布団を凛に勧める。凛がそれに座ると、颯雅は言う
「ああ言う事の一つひとつが凛には生き辛く、いちいちストレスだったんだね」
「え、うん、そうね。人に訊こうと思っても邪魔になってないかな、とか考えて質問できない。世の中のルールとか、その場所では何が当然で何が常識なのか、考えちゃう。考え過ぎよね。で、変な人って思われる。私にはなぜ皆は分かるのかが不思議なんだけど…。どうして私は他の人とずれているのかしら」
「それ、聞いてみれば。実穂高とか薔薇とかに」
「そう言えばそうね」
凛は目を瞑って尋ねてみる
「何だって」
「器が大きいから狂気に浸り切れない」
凛は悩んでいる表情をする
「え、じゃ大丈夫な僕は狂気に浸り切ってるって事なの?」
凛はまた目を閉じ、言葉を聞いた
「一生懸命自分を騙して、浸っている演技をしているらしいわ」
凛は笑う
「でもそれは世の中の便利や当たり前は狂気って事なの?」
「そう言う事になるわね」
二人は顔を見合わせた
「実穂高と一緒に取り組んでいて、頭は必要無い、頭と頭脳は身体を抑制する為にあるんだって言われたんだ。身体と真心は本当はどうやって動けば良いのかを全部知っているって。便利や当たり前は、殆ど頭や頭脳が作り出しているからね」
「自分がおかしい訳では無かったのね…」
凛は複雑な表情をした
「だからと言って、歩み寄らないならばこの世で生きていけないわ。そう言う社会なんだもの、仕方ない」
「そうなのかな、空港で、凛は満たされる為の人生なんだって折角感動してたのに、今度は我慢しても仕方ないって言うのは矛盾しているよ」
「そうよね…」
凛はまた目を瞑って声に尋ねる
「満たされる事を祝福すると言っているわ。最終的に、自分達の幸せとこの社会に矛盾は生じ無い。その為に自分の思い込みを手放しているんだって。その為に課題を書き出したって」
「この課題?そんな重大なものなんだ」
颯雅は貰った課題の紙を取り出し広げる
---------
颯雅君 旅での課題
1、自分の今までして来た事を受け容れる
2、自分の本当の姿を受け容れる
3、道を行く事を受け容れる
---------
「これやると矛盾無く幸せになるって事か
この内容って前に貰ったのと被っているよね。1番の今までして来た事を受け容れるって、自分の今までの人生の事とか、友達間で起こった些細な罪悪感を感じる事だと思って取り組んでみていたんだけど、今は前世とかも含むのかなって思えて来たよ…。
そう言えば、この前命の無いものを生み出すきっかけが僕だって話あって、その時には具体的には知る必要無い感じで終わったんだけど、まだ先があるのかな」
「そうね。あるわね、きっと」
「凛も課題出されているの?」
「うん。私のはね…」
凛は手帳を広げる
----------
この旅の間の課題
1、3番目の人生の解決(道を奪う方法)
2、逸彦の事を知る、逸彦が愛を受け容れるサポート
3、颯雅君が〇〇を受け容れるサポート
4、宮古島巡り
5、4番目の人生の解決(狂気)
6、愛される事を受け容れる
7、光とは何か
8、那覇観光
---------
「あれ、宮古島巡りとか那覇観光ってあるよ。凛はそれも課題なの、良いな…。その颯雅君が〇〇を受け容れるって何?」
「ふふ、その時に言うわよ」
「まあ、良いや。良いものである事を祈るよ。それで、3番目の人生って?」
「颯雅君がまたころされてしまうの。最初のとは違う理由、シチュエーションで」
「どんなの」
「前回は指導者として気に食わない、不都合に思う人が居たけど、今回は成り代わりたい人が居て、毒殺されたの。道を奪う目的よ。その後、その人は私に言い寄って来たの」
「え、それでその人生の凛は大丈夫だったの?」
「大丈夫じゃ無いわよ、あなたが亡くなった時点でゲームオーバーなのよ。対が先に死んだら、もう一方もその先は道が無いの」
凛は悲しそうだった
「だからね、事前に道を奪う方法を教えて貰って書いて来てあるの。もう二度と道を奪われない為に」
凛は手帳の一部を指差して、読んだ
----------
道を奪う方法について
1、楽譜の1楽章前に介入してそれが発生する前に音楽を奪う(会社や学校、引っ越しなど、環境が大きく変わる時に介入して体験を奪う)
2、楽譜そのものを奪う(生まれる前に介入して親から変える、出生から変える)
3、体験のパートナーを錯覚させる
4、その立場を降ろさせる、地位を奪う、命を奪う
5次の小節に移ろうとする時に先にその音を奏でる
不可能を目指す事
---------
「不可能を目指すって何?」
「本来なら自分の道は決まっていて、それが最も簡単で唯一の可能なのだけれど、故意に自分の道をやらずに、他人のすべき事をやろうとするのよ。それは人の道の事だけでは無くて、物の役についても同じなの。物がこの用途で生まれた役というのがあるのだけれど、それとは違う用途に用いる。それは不自然で難しいのだけど、不可能に挑むのは周囲が評価するのよ」
「なぜ評価されるんだ」
「不自然で不可能だと、皆その違和感にびっくりしてそれに注目するからなんだって。さっき話に出たから分かるけど、その評価基準は狂気だって言う事なんでしょうね」
「凄い話だ。何から取り組んで良いのか分からないよ」
「この道を奪う方法のイメージ掴める?」
「この前凛が記憶を音楽に喩えて教えてくれたから、この表現なんだね。大体分かる」
「実例で言うと、2番目の人生で、私が赤ちゃんの時に取り替えられたのは、2番の楽譜そのものを奪うのよね。これは実際に赤ちゃんを取り替えるのでは無くても、運命そのものを親から奪って他の人が親に成り代わる、と言う事もある。3番目とのミックスで」
「どう言う事?」
「例えば颯雅君の本当の親からその立場と運命を奪ってしまえば、颯雅君の親だからこそ得られるものを手に入れる事が出来る。颯雅君の立場に成り代われれば、私と颯雅君の間に起こる事が私とそのダミーの人との間に起こる事になる…」
「そんなの駄目だよ!」
颯雅の強い反応に凛は颯雅の顔を見る
「ええ、そうよ、勿論。でも2番目の人生で颯雅君が私の代わりの人を断れなかったのは、そこで結婚する運命があったところに相手は違うけどその人が割り込んではまっていたからなのよね」
「本来の運命と何か違うと思いながらも、その道に逆らえないと言う事?」
「そうね、多分そうなんだと思う。愛は常に本来の道に戻そうと話し掛けて、道を新たに作ったりするけれど、邪魔が入ったり、タイミング逃すと修正出来るレベルのずれでは無くなったりするのね」
颯雅は思い出して考え込む
「それは、大きい意味では、凛と結婚出来る運命とか、出来ない運命とかだけど、小さい意味では、お弁当のおかずをどの順番で食べるのか、って事なのかな、もしかして」
「おかずをどの順番で食べるかって?」
颯雅は声に導かれ新幹線に乗って、逸彦が自害した場所に行った時の事を話した
「それは素晴らしい体験をしたのね」
「素晴らしいかな?」
「おかずを食べる順番にまで、真心に望みがあるなんて、何だか感動しちゃう」
凛の感動ポイントって、どんなツボなんだ
「僕は制限されているみたいで窮屈に感じたんだけど…」
「そうかしら。お弁当自体が音楽で、どう言う順番で食べると味や感覚がどんな変化出るのかを楽しむのも、全部愛が準備した通りだったら、そのお弁当はハーモニーを奏でられるって事じゃない?とても満足する食事になると思うわ」
颯雅はそれを聞いてテレビで以前観た内容を思い出した
お任せで高級寿司を食べると、寿司職人はこのネタはこんな食感でこんな味だから、次のがこんな感じが美味しいだろうとか、ここで口の中をさっぱりさせたいからこれを出すとか、前後の兼ね合いで次のネタを選んで握ると話していた
それから改めてあの時食べたお弁当を思い出すと、自分は指図される窮屈や落ち着かない駅のベンチを感じていたと思うのに、内面では確かにお弁当の味と食感の変化を楽しんでいた記憶があった事を想起できる自分が居て、驚いた
その話を凛に話すと、凛はとても嬉しそうな笑顔になった
実穂高を含め自分を見守っている者達が、一斉に祝福を向けてくれる感覚があった
颯雅はそれに戸惑うと共に喜びが湧くのを感じる
突然何かをわかったと感じた
頭や頭脳で捉えた世界と、真心と愛で捉えた世界。それは同時に存在するが、同時に存在しない。深さが違うと見える側面が違うんだ。自分はどっちに居るのかをいつも気をつけて居ないといけない。だから実穂高は口煩く言い、僕が内面から目を離し頭脳に流されてしまわないように、旗を振ってくれていたんだ。それが凛と障害無く結ばれる方向へと向かう一つひとつだったからだ
颯雅が目を閉じ、実穂高と真心に感謝を伝えると、何か熱い感じが返答されて来る感じがあった。嬉しい
凛が抱きついて来た。ああ、最高に嬉しい
凛は颯雅にご褒美と祝福のキスをすると、言った
「ちょっと早いけど、私達も食べる?レトルトカレー」
颯雅は頷いた




