Nichit eilen 【目的】
Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独)
「それでね、颯雅君に出発前に渡しておきたい課題なんだけど…」
凛は手帳を開き、四つ折りのレポート用紙を取り出す。
やっぱそうじゃん!これって家で既に準備して来たって事だよね?
「うわー、凛と旅行楽しみにして来たのに…」
「やった方が楽しみをより楽しめると思うわ」
「そうなの?」
「うん。何か心に引っ掛かっていると、その分心の空き容量が減ると言うか、感動している自分に気持ちが回らないんじゃないかな。だって実穂高の指導受けてからの方が色んな事が楽しいわ…。そうだ、この感覚、ミズちゃんが私の所に生まれて来るって思った時と似てるな」
「ミズちゃんって個展の赤ちゃんの絵?」
「そう、あの子生まれて来るの、早く会いたいって思ったら目標が出来て、産む為にはその相手に会わなくっちゃって思って…あ」
凛は少し赤くなって口を抑えた
「私勝手に先の事考えて…」
なんで謝るんだ。颯雅は凛の顔を覗き込む
「全然、むしろ嬉しいよ」
「ありがとう。早く子供作れるようになろうね」
凛は無邪気な笑顔で応える。颯雅は苦笑いしかできなかった。無論、エッチは意味は微塵も含まれていない事はわかっている。そんな天然な凛が好きな颯雅ではあったが、心中は複雑だった。アオーンと遠吠えしたくなる
“犬になるなよ、犬に”
実穂高分体が突っ込みを入れる。颯雅は「分かってるよ、バッキャヤロー!」と心の中で叫んでいた
「でもあの時そう思った願いが導いて、颯雅君に出会えた気がするわ。対なんて知らないし、そもそも男子が苦手だったから、恋愛について考えた事も無いわ。物語の中だけと思ってた」
「僕らは物語よりも凄い恋愛をしてるよ」
「そうね」
凛は心から同意して笑顔を向けた
「だからもしかして人格ってね、願いから生じた目標や目的に向かって行く間居て、その目的を達成したら死を迎えるって事かなって思うの。どう?」
颯雅と凛がそれぞれ心の中で問い掛けると肯定する返事が戻って来る
「そうみたいだ」
「ね、じゃあ、それって達成感?うーん、わかった、満足すれば良いんだわ」
内側の反応はとても強く肯定を示し、それに気付いた事を喜んでいるようだった
「満足!満たされる事!これを気付いて欲しかったのね」
「成る程。人生で重要なのは満足って事?」
「生きているのは満たされる為で、満たされれば満たされる程に、人格の入れ替わりが起こり、器が広がっていく。これって素晴らしいね」
「本当だ。じゃあずっと凛が居れば、僕はどんどん死んで、どんどん生まれる。…そうか、凛が居ると何か生み出せそうってそう言うのも含むのかな、もしかして」
颯雅は思い付いた事を口にしながら、感動する自分も居ると同時に、いちゃいちゃして満足するのは入ってないんだろうか、と考える自分も出て来る。実穂高には悪いが、健全な青少年がこう言う事を考えなかったら、少子化に拍車掛かるだろうと言い訳めいた思考を巡らせる
はあ〜、と呆れたようなため息が聞こえた気がした
凛は嬉しそうに畳んだレポート用紙を広げて颯雅に差し出した
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颯雅君 旅での課題
1、自分の今までして来た事を受け容れる
2、自分の本当の姿を受け容れる
3、道を行く事を受け容れる
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えっ…沖縄居る間にこれやるの?颯雅は若干気が遠くなる気がしながら凛の顔を見る
凛はにこにこしながら頷く
「毎日一緒に居るから、きっと進むと思うよ。だから今のうちに気持ちをそれに向けて置いてね。楽しみだね♪」
何か嫌な予感がする…課題に忙しくていちゃいちゃする時間が無いとか…
笑っている実穂高の気配を感じる
あ〜やっぱりそうなんだ。謀られているんじゃないか
そもそも、東さんにも騙されているんだ。普通に口添えしてあげるから旅行行って来たら、みたいな感じで、実は親戚のペンションのバイトだし。バイト詳細のメールには、二人は別室に頼んでおいたからね、と書き添えられていた。そこまでしてようやくこの東さんの親切は、親に内緒で二人で旅行されるよりは、目の届く所に行って貰って尚且つ親戚の顔立てられる、と言う計算尽くの提案だったと気付いたのだ。流石である。
颯雅がその課題の用紙と睨めっこしているうちに、アナウンスが二人の乗る便の搭乗開始を案内した
やがて飛行機は、二人を乗せて宮古島へと滑走路から飛び上がる
凛は窓の外を見て、目を輝かせている。多分内心ははしゃいでいるんだろう。そんな凛を見て颯雅も嬉しく思う。まあ、10日も宮古島に滞在出来て宿泊費用は掛からない訳だし。休日も1日は取れるし、最後には沖縄本島に寄ってちょっと観光出来そうだし。いいか。楽しみには違いない
「車輪が滑走路から離れてから、変な気しない?」
「そうかな」
「実穂高と話せないのよ」
「そう言えばそうだな。何か静かだと思った」
「飛行機便利だけど、大地から離れるのって良くないのかしら」
「そうだね、もしかして神様は地面から離れる事を想定して身体作って居なかったのかもね」
颯雅はジョークのつもりだったが、凛はそれを聞くと真剣に尋ねて来た
「じゃあ、神はどんなつもりで身体を作ったの」
「えっと、どんなつもりだろ…」
颯雅は考える。実穂高と話せないなら聞く事も出来ない。颯雅は凛の手をぎゅっと握る
「ほら、こんな風に凛に触れる事も出来るし、こんな事も…」
颯雅は素早く凛の頰にキスをした。凛は少し照れて笑い、颯雅にお返しのキスをしてくれた
「颯雅君、この前ので、逸彦が自分の中に居る感じになったの?色々話してみた?」
そう言えば、あの時自害した前世なんて大事で、このショックから立ち直れないんじゃないかと思うくらい衝撃だったのに、毎日実穂高や真心と話し、凛がくれた課題に取り組んで、遠くに感じる
「あの時は突然家行ってごめんね。でも昔みたいに感じるよ。毎日課題と自分の心を感じる事、実穂高が教えてくれる事で手一杯だ」
あれ、なんだか俺充実してる?
「あ、これが本当のリア充?」
二人は顔を見合わせ笑う
「ね、逸彦ってどんな人?颯雅君担当の実穂高と逸彦で話せたりするの?」
「二人が話せるのかはわからない。今度聞いてみる。逸彦は重みのある人。本人は控えめで謙虚、どちらかというと後ろ向き何だけど、何を話しても重みがあって、それがダイレクトに伝わってくる。凄い人だと思うよ」
「そうなの」
凛は何か考えているようだったが、何も言わなかった
「この前に渡した課題はどう?実穂高さんは核心をついて来ていると言っていたけど」
「それって褒められているの?」
「そうだと思うよ」
颯雅は今日までの七転八倒の日々を思い返す。散々な言われような気がするのだが
「課題はやったよ。一応合格にはなったけど、現時点で出来るところまでは、という条件付きで」
「すごいね。さすが颯雅君」
凛は花が咲いたような笑顔を見せる。これを見ただけでもやった甲斐があったと颯雅は思った
「やっている最中にそれを妨害するものがいる事をわかったよ。その目的や理由はまだわからないけど」
凛はうんうんと頷く
「それが進むと実穂高さんの声で騙されそうになるから。そこを超えると大きく変われる」
「えっ、偽物が出てくるの?」
凛は頷く
「本当に核心に触れそうになると、妨害する方も必死だから実穂高さんを真似をして颯雅君を混乱させようとする。大丈夫だよ。私がついてるから」
「よろしくお願いします」
颯雅は心からお願いした
凛との話が途切れると、颯雅は窓の外をみる。眼下に雲の峰が延々と続き、その合間からその下を流れる雲が見える。時折、キラリと輝く水面が見えるが、見た目では飛行機がどこを飛んでいるのかはわからない。
颯雅は声を聞きそれに順おうとすると同時に、それに逆らおうとする自分がいるのだとわかって来た。それは凛もそうだと知ってちょっと安心した
その声のままに従うのと、自分が考える方と、どう違っているんだろうと考えた
二人を運び、翼は海上を飛ぶ




