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Nichit eilen 【入れ替わり】凛と颯雅


Nichit eilen ニヒトアイレン (急がずに)(独) 音楽記号です


颯雅は空港の待ち合わせ場所で凛を探していた。目指した案内板の下の椅子群の中に、座っている長い髪をひとつの三つ編みに編んだ女の子を見る

「凛」

颯雅が手を振ると、凛も何か手帳に書き留めていた手を止めて、手を振り返す

「凛がズボンを履いているの、あんまり見ない」

「そうだったかしら。保育園ではいつもズボンだから」

颯雅は言いつつも凛が書き留めていた中身が気になる。前回のデートは講義と宿題の山を渡されたからな


「何書いてたの」

「んふふ、聞きたい?」

いや、正直聞きたく無いです

「前回の課題だって、進んでるのか進んでいないのかさっぱりわからないから、追加されてもな」

「そうなの?颯雅君担当の実穂高は、いい感じだと言っているわ」

「え、意外。色々叱られて落ち込みそうなのに、自己評価低過ぎるとか言われるから、どうしたら良いのかわからないよ」

「それが良いらしいわよ」

「なぜ。混乱中だけど」

「自分の思いが自覚してるよりも沢山あると気付いているのは進歩だって」

凛は手帳を閉じた。


二人は連れ立ってチェックインに向かう


列に並んでいる時、横から見る凛の首元に緑の布紐が見えた。気になって前を改めて見るとVネックのTシャツの胸元で銀色が煌めいている。ネックレスだ。アクセサリー着けたところを見るなんて初めてだ

チェックインを済ませゲートを通ったが、時間はまだ1時間位ある。二人はペットボトルの飲み物を買って、並んでいる椅子に腰掛ける


「アクセサリー着けるんだね。似合うよ」

「うん、素敵でしょ。(あがり)さんに貰ったの」

途端に颯雅は何処からとも無く怒りが湧いて来るのを感じた

「え、何で東さんが凛にそんな物プレゼントするの」

「ちょっとアドバイスしたお礼だって。…どうしたの颯雅君」

凛は少し戸惑ったように颯雅を見た

「だって伯父と姪なんだろ。どうしてそんなに仲良いの」


凛は少し困った顔をした。そんな反応されるなんて。と言うかそれは嫉妬?

そうと気づくと凛は笑った

「なんで笑うの。初めてのアクセサリーなら、自分がプレゼントしたかったのに」

「ううん、嬉しいかも知れない。颯雅君が嫉妬してるんだなって思った」

嫉妬してたのか、自分は。すかさず凛は言った

「それこそ、教えたのやってみて。嫉妬している自分を認識し、手放すって」

颯雅がその言葉を心の中で呟くと、気分は落ち着いた


「ね、聞いて。東さんが別れた奥さんと会った日に、私アドバイス求められたの。それで、その人は(つい)では無いから別れたのであって、本当の対が居るって教えたの。その直ぐ後に出会ったらしいわ」

「誰に」

「東さんが自分の対に出会ったのよ。凄いでしょ。その彼女がジュエリー作る人で、その人の作品を貰ったのよ。同じデザインのピンバッジを東さんもしてたわ」

「それって今凛と東さんがお揃いで着けてるって事でしょ」

凛はまた笑った

「颯雅君、このデザインは凄く意味があるのよ。一つの対に一つあれば良いの。よく見て」

凛は紐を解いてネックレスを外し颯雅に渡した。颯雅がそれを受け取って見ると確かに何かを感じる


「凄いね、何と言えば良いかわからないけど、完成してる?何も足せないし変えようがないデザイン、とでも言うのかな」

「ね、それをわかる颯雅君も凄いわ。この意味は“結び”よ」

「対が結ばれるって事?」

「そうよ!東さんに相応しい人だと思うわ。早く良い報告を聞きたいな。先走り過ぎかしら」

凛は心から嬉しそうだった。それがまた颯雅を複雑な気持ちにさせる


それを察したのか、凛は話し始めた

二重橋前でのデートで浮上したやり直しの人生で、颯雅である運命の人と結ばれないままの凛が、唯一心癒されたシンガーソングライターがいた。その人のCDを何枚か持っていただけで、コンサートにも行かなかったが、その人が今回の人生での東だった


「だから私はずっと前にも違う世界で東さんに既に助けて貰っているのよ。幸せになって欲しいと思うの、当然でしょ」

「すみません」

その人生のことを言われると颯雅は何も言えない。颯雅が他の人に流されて凛を選ぶ事が出来なかった為にその人生では凛を孤独に追いやった。


「でも、この前言ってたけど、今生も、凛は色んな人に意地悪されたり、評価されなかったって」

「うん。そうね。親にも話して無いけど」

少し視線を落とし話し始める


凛は極端に引っ込み思案だ。それは小さい時から変わらなかった

言動が変わっている為、言葉尻を捉えてからかわれたり、囃されたりよくあった。ペンケースが無くなって、ゴミ箱から出て来たり、皆が一斉に走った時には転ばされて「ザマーミロ」と言われた。そう言う事をされても、凛は気持ちを口にできず、泣くしか無かった


「あのさ、それって女子から?男子から?」

「え?今の話は男子が殆どね」

「あー、それって、凛は男子に人気だったんだよ」

「人気?」

凛はびっくりして颯雅の顔を見る


「小学生の男子ってガキだからさ。好きな子とか気になる子が居ると、揶揄(からか)ったり、ちまちました意地悪するんだ」

「え、だって男子の七割くらいはそんな感じよ」

「だから、可愛くて、気になるタイプの子で、でも話しかけづらいからだよ」

「そうなの…」

凛はちょっと拍子抜けした顔をした


「私、誰とも話さなくて良いようにずっと教室で本読んでいたわ。若しくは絵を描くか。絵でもからかわれたし、変だと笑われた」

「どんな絵を描いたの」

「皆が描く絵は、太陽を赤く塗って変な方向に点を散らすでしょ。真昼にそうは見えないわ。太陽を薄黄色にして、太陽の周りは白っぽくして、青い空からグラデーションを表現したら、もちろん、今は自分でもそれを見ても上手と思わないけど、皆に目玉焼きってからかわれたわ」


「クラスで図画工作の時間に、遠足を課題に出されたの。レジャーシートに座って、立っている人を見たら、仰ぐ視点だから消失点が空に来るのよ。立っている人の上半身は空にあるわ。そう描いたらクラスで『巨人だ』って囃されたの。貼り出された他の絵を見たら、お弁当を食べるシーンの子は全員上空から俯瞰した視点で描いてて、不思議だった」


そして更に思い出すように首を傾げる

「夜の絵を描くと皆何故か同じように一筆書きの五角の星をクレヨンで描くの。でも私には星がそう言う風には見えない。放射状に描くわ」


「五芒星って前に話出た事あるね」

「そうね」

「確かに、どうして皆申し合わせたようにそう描いてたんだろう。言われてみたら不思議だ」

「誰かにそう教わった?」

「いや、僕も記憶無い。言われてみたら五つの向きには決して星は光らない」

「十字とか、まあ偶数ならわかるのよ」

「そうだよね…凛の思っていた事は全然おかしくないよ」


「あと、バレエ教室ね」

「バレエやったんだ」

「行きたいってせがんだけどあっという間に辞めたわ。習ったうちに入らない

何だろう。女子同士の、腹の探り合いと言うか、お互いに比べ合って牽制するのに表面では仲良く見せかけるの。そこでは虐められた訳では無いんだけどね、その環境に身を置くのが耐えられなくて。習った事が全然楽しく覚えられなくなったから辞めたの。今思うと先生がちょっとね、気に入った子を贔屓したりする先生だったからかなって思うけど」


「そう言う世界は知らないけど。先生の影響なの」

「そう。小学六年の時は酷かった。担任が駄目だったんだって今は思う」

凛は少し言葉を切った。ちょっと辛そうだった

「六年で、クラス全部から虐められた。掃除終わった後に私の机だけ椅子降ろされて無かったり、私が触ったところを汚いとか皆が避けたり、全員にシカトされたり」

「え、どうして?」

「女子に一人目立つ子が居て、その子が先導してある一人を虐めてたのよ。私がそれに加わらなかったからターゲットが私に移ったの」

颯雅は凛を見つめ、その手を握る

「その時随分変人だって言われたわ。で、担任はなんか見て見ぬふりする人で、完全に舐められていたみたい。

でもそれで勉強して、私立の女子校受けたの。その子達と同じ学校行きたくなくて」


「なんかもっと早く、凛に会えたら良かったな」

「どうして」

「僕が側居て守れば良かった」

凛は少しだけ涙ぐんで、颯雅の手をぎゅっと握り返した

「うん。ありがとう」


「これらを手放したいと思ってずっと感情と向かい合ったんだけど、なかなか全部スッキリしないのよね。でも颯雅君に泣き出さずに話せたし、聞いて貰えて少し良くなった気もする。やっと誰かに話せるようになったんだって思う」

「僕で良ければ聞くよ、幾らでも。それは親に話せなかったの、東さんにも」

「うん、だって東さんに言ったら絶対親に知れるじゃない。話したの颯雅君が初めてよ」

「そう。なんか嬉しい。東さんに勝てたか」

凛はふっと笑って言う

「勝ち負け関係無いじゃない。私の対は颯雅君なんだから」

「そっか。そうだね」


「あれ、なんか今話してたらね、ちょっと腑に落ちた」

「何が」

「前話題になった人格が入れ替わる死の事」

「うん。あったね。ちょっと難しかった」

「小学生の時の人格と中学以降の人格、違う人だなって思う。それから、個展を開くまでと、颯雅君と付き合い始めた時、この前の実穂高に心軽くする方法を教えて貰った以降も」

颯雅はまじまじと凛を見た

「そう言えば、それを知った後の凛は良く喋ってくれるようになったし、感情表現も豊かになったし、なんか、頼もしくなったね」


すると凛の内に声が聞こえ、凛はそれを口に出す

「複数の人格が入って居る。継続している人格もあるが、私の言う通り、入れ替わっているって」

「そうか、そう言うのが一種の死なんだ」

「颯雅君も、私に会ってから二回死を体験しているって」

「え、いつ?あ、逸彦の死んだ場所行った時?」

「うん。それと、前の彼女に会った時」

「ああ、思い返すとわかる。そうだ、会ったのに彼女が誰なのか思い出せなかった。あの感覚か」


「それとね」

凛は内の声に耳を澄ますように目を瞑る

「何?」

「犬の人格は捨てなさいって。何の事?」

颯雅は冷や汗を垂らす。実穂高の奴。

“何だ。何か言い分あるか”

実穂高分体の声が聴こえる。いえ、何もありません

「わかりました。善処します」

やむなく颯雅は答えた


新連載「魔王のため息」が8月9日よりスタートしました。そちらも是非ご覧ください

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