Rinforzato【水仙】逸彦
Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊)
鬼の亡骸が山のように積み上がり、激しい戦闘を物語る。静かになった空間に、気配を伺いながらついばむものを探して鳴く烏の鳴き声だけがある
血の臭いが充満して、慣れていない者ならば正気を失いそうだ
その中に、一人で剣を持ち茫然と立ち尽くす人影がある
逸彦だ
逸彦は気を取り直し、剣を背の鞘に納めると、口に手を添えて、一人ずつの名前を大声で叫び呼んだ
「玉記!」
「佐織!」
「太方、細方!」
「西渡!、草薙!」
そして誰かの声が聴こえないか耳を澄ましてみる。
誰の声も聞こえなかった
逸彦が最後の鬼を斬った時、手応えがあった。何と言えば良いのか表現し難いが、空気が変わった。それが最後の鬼なのだと確かに確信がある
成し遂げた。遂に成し遂げたのだ、神が彼に与えた使命を…
そう、それなのに
やはり、全滅か。鬼討伐の仲間もまた、鬼にやられたか、或いは鬼化して俺がやったか…
俺がやったんだ。俺が彼らをころしたんだ
結局俺はそういう運命なんだ
誰一人として救えなかった。俺の行く道は血塗られ、誰も立っていない。鬼も元は人もだ。鬼が居なくなったとて、こんな俺が生きていけるわけが無い
一体誰が俺を許す?鬼退治と言いながら、結局鬼と共に生き、鬼無きところに存在意義など有りはせぬ…
逸彦はそこに崩れ膝突く
背負っていた剣を鞘ごと降ろすと、姿勢を正した
返り血で染まった着物の腹をはだけると、鞘から剣を抜いた。抜かれるべきではない時に抜かれた剣は、いつものように輝いて居なかった。だが逸彦は構わず、己の腹にその刃を突き立てた
闇を切り裂くような悲鳴が聞こえた。駄目だ、と叫び止める声が聴こえた
だが良いんだ
俺はもう疲れた…
神よ、もう俺を解放してくれ、この重荷から。これを負ったままにはもう生きていけない、生きたく無い。もう俺の居場所はこの世には無い
痛みを堪え、姿勢を保ちながら、泣いた事も覚えに無い己の頰を涙がつたうのを感じた
何故泣いているのだろう…
瞑った瞼の裏に、陰陽師の実穂高の姿を見た。何故彼が思い浮かぶのだ
彼、良い奴だったな。俺が鬼退治の逸彦と知っても、他の公家のように恐れたり、汚いもの見るような目で見なかったし。あまり会わなかったが
討伐の成功を祈願する儀の美しい舞、俺を見る時に何故あんなに切なげに暖かい目で見るのかわからぬが、彼が居ると空気が和んで安堵した
最後わざわざ見送りに来てくれて、必ず帰って来るよう念を押されたな
逸彦は思い出し渡された翠玉を取り出して見る。滝壺のような清らかな石が己の血で赤く滑る
あの時、如何してか胸が高鳴って、耳が熱くなって、目を合わせられなかった
恋でもしたかのように。相手は男なのに…
逸彦は己の思考に苦笑いをした
辺りに漂う血の生臭い臭いの向こうに香る芳香がある事に気づいた
薄目を開けると、側に白い水仙が咲いているのが見えた
水仙は項垂れて、逸彦の死を悲しんでくれているかのように見えた
逸彦は水仙を目に映しながら、己の勘違いの恋に笑んだ
そして意識は白く深い闇に溶けて行った




