Rinforzato【最期の記憶】凛と颯雅
Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊)
突然家の電話が鳴った
母に呼ばれて凛が電話に出ると、颯雅だった
「どうしたの」
「凛、会いたい。君んとこの駅まで来てるんだ」
「え、こんな時間に?」
凛が時計を見ると8時だ
「えっと、行くわ。でも十分かかっちゃうから、ちょっと待ってね」
凛は急いで着替えると、玄関に向かう
「出掛けるの、これから?」
母の声だ
「あの、颯雅君が忘れ物届けてくれたの。駅まで行って来るわ」
凛は家から出ると駅まで急ぐ。何かあったんだ。颯雅の声から伝わる震えは、精神的に酷く混乱した状態だと物語る
駅前に着くと、颯雅はぼうっとした様子で一人ベンチに座っていた
周囲にはまだ帰宅の人々が行き交う中で、颯雅だけ別の世界に居るかのようだ
「颯雅君…」
凛が声を掛けると、颯雅は目を上げる。目は虚ろだったが、凛を認めると急に生気を取り戻したようだった
「凛」
名前を呼ぶとそのまま颯雅は凛に抱きついた
「え、何、何かあったの」
凛はベンチの颯雅の隣に座る
「どうする…そこに駅前カフェあるから、入る?」
「いや、泣くかも知れないから、あまり人居ない所…」
凛は颯雅を連れて一番近い公園へと向かう
公園でベンチに座ると、颯雅はぽつぽつと話し始める
颯雅は導く声に従い、通学にも関係無い路線に乗り、初めて降りる駅で降りた
そのまま声にこっちだ、ここで曲がる、と指示されて、農地がまだ残る住宅街から続く、少しだけ山に分け入った所に案内された
そこで、わかった
ここが鬼との最後の決戦の地だと
ここで逸彦が、彼らが死んだと
そう感じた
「そう、それに、君の個展で見たあの絵と、良く似ていたんだ、あの水仙のある風景…」
「『織り上がり』の絵の事?」
「そうあれだった。あの絵は雪に覆われていたけど、確かにそこだってわかったんだ…」
ーーーーーー
“今日はこれから出かける”
心の声は颯雅に告げた。その日は何も予定を入れておらず、沖縄に行く荷造りでもしようかと思っていた
颯雅はどこに行くのか全く分からないまま、指示通り自転車に乗り駅に着く。そこでまた指示通りにお弁当と飲み物を買い込み電車に乗る。どうやら遠出するようだ
あまり乗らない路線に乗ると、新幹線が乗り入れている駅に着く
“新幹線に乗って”
「そんなに遠くへ行くの?」
“大丈夫、今日中に帰れる”
颯雅は最短区間の自由席の切符を買うと、乗り込んだ。夏休みだったものの、各駅停車で平日昼間でもあり、車内は比較的空いていた。颯雅は窓際に座ると、今やっている課題について思い返していた
声が次の駅で降りるよう指示したので、車両を移動して出入り口に行く。乗ってから大体30分位だ。新幹線がホームに到着すると、初めての駅に降り立った。駅のベンチで買ってきたお弁当を食べるよう言われたので、食べる。何をどの順番で食べるのかまで指定されるので、颯雅は困惑していた。自由を妨げられているようにすら思えた。すると声は言った
“全てに理がある。理は全てに繋がり道となる。それは命の喜びであり愛の喜び”
そんなことにも規則があるのかと思うと、颯雅はうんざりした
“違う。喜びはあなたが願ったこと。願いを叶えることが愛の喜び。それが例え愛と真逆であっても”
難しい。よく分からないよ、と颯雅が文句を言うと
“それならそれでいい。愛は受け入れるだけ。だが、あなたの考えは命の喜びではなく頭脳が考えたこと。真の喜びではない。真の喜びでは無いならば、満たされない”
颯雅はどうすれば良いのか分からなくなる。課題を始めてから、ずっとこの繰り返しだった
“分からないなら、分からない事を認識すればいい”
結局、またそこからなのか、と颯雅はため息をついた。だが心の中では言われた通りに分からない事を認識する、と呟いた
それから駅前のバスに乗る。声はバス停も乗るバスも指定するので迷うことはないが、颯雅は全く土地勘のない場所のバスを待っている間、本当に今日中に帰れるのだろうかと不安だった
“大丈夫。ちゃんと帰れる”
目の前に停まったバスに乗り込む。行き先を見てもどこに行くのか全く見当も付かない。言われた席に座った。バスは走り出すと商業地区を抜け、住宅街の中へと進む。やがて声が言った
“次で降りる”
颯雅は停車ボタンを押した。バスが停まると料金を支払い、降りる。そこは農地がまだ残る住宅街の中で後ろの方には山が見える。そこからまた声の指示に従い、道を歩く。急な坂を降ったり登ったりしながら、歩いていくと大きな谷間に入った
そこには数件の家屋があるだけで後は森だった。川が流れており、両岸は大きな山の斜面がある。頭上には大きな高架がかかっている。高速道路があるのだ
颯雅はそこがとても静かだと思った。まるで時が止まっているようだった。風の音や竹林の葉が風に揺れる音、鳥の囀りなど色々な音が存在し、彼の耳にも届いていたが、それでも颯雅は静かだと思った。何も動いていないと感じた
全く人が通らない訳でもない。住民と思しきお婆さんや子供とすれ違う。時折車も通る。それでも何も動いていないように思える。その人達が何か気になるのだが、何が気になるのかも分からなかった
“ここの階段を上がって”
颯雅はそこを見ると斜面に階段がついていた。とても急な階段で、どうやらその先に祠が見える。階段の横には神社の名前が小さい看板に書いてあった
「ここに何があるの?」
“あなたがいる”
「えっ、どういう意味?」
尋ねたが、声は答えなかった。颯雅は言われるがままにその階段を上がった
下から見た通りそこには祠があった。それしかない。周囲は竹と杉の木があり、繁った葉が太陽を遮り薄暗かった。颯雅は祠の前に立ち、自然と手を合わせた
“ここは逸彦が自害した場所”
声が告げると颯雅は突然、逸彦の感情を思い出した。壮絶な鬼との戦い。その張り裂けそうな思いが胸を貫き駆け抜ける。刀を振るたびに心の中で多くの涙を流し、その感覚すら麻痺すると絶望しか残っていなかった。神との約束を守る頑なさに、颯雅は自然と涙が溢れ止まらない。
そして最後の鬼を斬った時、鬼は絶滅し逸彦は自害した。颯雅はその場でしゃがみ込み、自分でも気づかぬうちに大声を上げて泣いていた
颯雅が我に返った時、どの位時間が経ったのか分からなかった。だが、昼でさえ薄暗かった場所が更に暗くなっており、どうやらもう少しで夜の帷が降りるようだった
“帰ろう”
心の声が聞こえると、颯雅は涙を袖で拭い素直に頷いた
颯雅は帰り道の事をあまり良く覚えていなかった。声に指示に素直に従い駅まで歩くと新幹線に乗った。席に座るともう一度逸彦の事を考えていた。あの場所は凛が描いた絵の場所だ。水仙が咲いていた場所。雪はなかったが、確かにあの場所だと確信した。声は言う
“鬼の存在そのものが狂気。しかも伝染する。さっき迄正気だったものが感染すれば即、狂気の鬼になり元へ戻ることはない。それに逸彦自身も操られていた。その上で逸彦に呪いをかけ死ぬように仕向けたものがいた”
それは納得できる、と颯雅は思った
颯雅は混乱していた。もうどうして良いか分からない。新幹線を降りて駅のベンチに座ると一人頭を抱えた。自分の気持ちが押さえられないし、収まらない
颯雅はふらふらと立ち上がると、改札を出て電車に乗った。そして気がつくと凛の住む街の駅に降りていた。すでに夜だが、このままでは耐えられない。颯雅は自然と携帯を取り出し、凛に電話していた




