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Rinforzato【雨上がり】


Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊)


駐車場に車を停めると、二人は雨の中ファミレスの入り口までの距離を測る。靜奏(しずく)は財布をスーツケースに入れてしまったと笑い、東も笑ってスーツケースを手早く抱えて入り口まで二人は走った

「ご免ね、こんなの持って走らせて。全財産入ってるのよ」


席に座り二人はそれぞれ髪や肩の雨粒を拭うと、メニューを眺める

「私はこれにします、しずくさんは?」

「ミックスベリーサンデー?甘党ですね」

「いや、そうじゃないんだけど、さっき話したらその当時木に登って桑の実を食べた事思い出して」

「ああ、そうね、園庭の桑の実ね。じゃあ私もこれにするわ」

靜奏(しずく)はホットケーキを指差した。それにも苺とブルーベリーとラズベリーが添えてある

「こんなの食べちゃうと晩御飯食べ切れないかも知れないけど、構わないわ。ご飯減らすから」

(あがり)は微笑むと店員を呼んで、注文をした。そしてそのままの動作の延長でジャケットのポケットの中を探ったが、もう煙草は見つからず戦う必要も無い事を思い出し、一人苦笑いをした


「今日はお荷物持って何処かご旅行でしたか?」

足元のスーツケースを見て東が尋ねると、靜奏(しずく)は答えた

「ああ、今日はイベントの最終日で。展示してた作品を引き揚げて来たんです。売り上げの集計もまだなの。私今ジュエリーを作る仕事していて」


「ジュエリー?凄いですね。どんなのですか?」

「大した事無いですよ、シルバーの、ネックレスとかピアスとか。この頃金が高騰しているからシルバーばっかりです。今店構えている所はあんまり高額だと売れないしね」

「お店あるんですか」

「海沿いの街で、多少は観光客も来るので。ぼちぼち。私一人食べて行ければ良いから」

「そうなんですか。ご結婚は」

「結婚はしたけど夫がDVで、三年で離婚しました」

「そうだったんですか…」

さらっとあまりに短縮して言われた離婚の苦労話に、東は何と言ったら良いのか分からず、グラスの水を飲み、おしぼりを開けると手を拭った。彼女が同情されたいなど微塵も思っていない事は直ぐにわかった


「今はイベント中なので店閉めて、実家に来てます。姉が実家にそのまま暮らしていて、姉の娘がシングルマザーになって同居したんです。この期間だけ臨時でお迎え行ったんですよ」

(あがり)は少し残念に思いながら尋ねる

「それでは、またそのお店に戻られるんですか」

「はい、明日。本当に今日偶然会えて良かったわ」

その時、注文した品物と二つのコーヒーが運ばれて来て、二人はフォークとスプーンをそれぞれ手に取った


「桑の実ね、私が実生羽君に食べさせようとしたの、覚えているかしら」

「それを思い出したんですよ。子供の私は桑の実をあなたの指ごとくわえちゃったんです」

「そう、それが可笑しくて私笑い転げていたの、二人とも服も口も紫色になったわ。子供って良いわね。そんな事が可笑しくて笑っていられたのよ」

「そう、だからこの仕事していられます…。ついさっきそう気づいた」

東は笑んだ


「仕事お好きなのね」

「まあね。好き嫌い考えた事も無かったんですけど、実は今日別れた妻に会って、この仕事に興味あったのかどうか考えたんです」

サンデーに乗っているアイスを口に運びながら、頭の中を行き交う言葉を繋ぎ合わせる

所詮言葉に出来るのは過去の出来事だ。ある意味死んでいるから、自分はきっと言葉の仕事を捨てる事が出来たのだろう

「ライターしてたんです。でも忙しくしている間に妻が鬱になって。それで親父の保育園に仕事変えたんですよ」

「あら、作家さん?」

「そういうの憧れた時期もあって。記事いくつか取り上げられたし、着眼褒められた事もあるんですが、常に追い立てられて、自分の中身を絞っても何も無くなって。何も感じていないのに言葉なんて出てこない。だからといって誰かの真似する訳にも行かない。それと同時に妻が精神不安定になったから。妻は自分の所為でキャリア諦めて興味ない保育園行ったと思ったらしいです」


「そうなの…実生羽君、コーヒーはブラックなの?私コーヒーとメイプルシロップが合うと思っているのよ。試してみる?」

唐突に聞かれて(あがり)靜奏(しずく)の顔を見た。そう言えば、自分の持っているものをやたらとくれる子だったな。お昼のミートボールとかも良く「あげるね」と自分の皿に入れてくれた。あの頃の水色のリボン結んだおさげは、今はショートボブだが、その中で常に笑みを湛えている色素の薄い目が、愚痴っぽい事言っていると思う東を安心させた。彼にそう思わせない為に言葉をかけてくれたようだった


「はい、頂いて良いですか」

(あがり)はメイプルシロップのピッチャーから自分のコーヒーに注ぐ。スプーンで掻き混ぜて一口飲み言った

「ああ、香りが合いますね」

「そうでしょ、どうして皆お砂糖添えて出すのかしらね」

二人は顔見合わせて笑った


「こういう記憶があったから…」

「え?」

「いや、あそこで私も遊んで育ったから、あそこで桑の木に登って実を食べたり、泥だらけで遊んだり、そういう記憶があったから…。父があの木を切り倒してしまい、もう少し近代的な遊具とか入れて清潔感ある園にする、と計画するのを止めて説得して、もうちょっと自然のまま遊べる環境にって意見して。アスレチックのような遊具を自分らで作ったりして」

「そうなの…あなたのおかげなのね。あの子が園に通うの楽しみにしてるのは」

「いやいや、むしろ」

あなたのおかげだったんです、という言葉を飲み込んだ。目の前のこの人に無意識のうちにずっと抱いていた気持ちを思い出した。それが初恋だったという事を今初めて知った。あれを上回る想いを抱いた事が無かった


(あがり)は目を逸らして、サンデーの続きを味わった。靜奏(しずく)もホットケーキをナイフで切り分けて口に運ぶ。内側の感情が気恥ずかしく思えて、話題を変える


「ジュエリー見たいです。姪っ子の凛、園でバイトしているから、もしかしてあなたも会ってるかな。ひとつプレゼント見繕って貰えますか」

「凛お姉さんですか?未来(みき)ちゃんも良く懐いているわ。食べ終わったらお店広げましょうか」


二人はそれぞれの甘味を食べ終えると、皿を重ねて、テーブルを広く取った。靜奏(しずく)はスーツケースを床で開けると、ジッパー付きの小袋がいくつも輪ゴムで束ねてあるものを手に取った

「何か良い?ネックレス?指輪?ピアスは?」

「穴開けてないと思います。ネックレスが良い」


靜奏(しずく)はネックレスの束を選り分けると、ジュエリー用のトレイにいくつか袋から取り出して手際良く並べた

綺麗に磨かれたシルバーがキラキラ照明を反射する

(あがり)が目を留めたのは、紐を結んだような形で銀線が絡み、そこにそのまま鎖を通っているものだ

「これ…シルバーって金属なのに、こんな風に曲がるんですか?」

持ち上げて覗き込むと靜奏(しずく)は答えた

「元は柔らかいワックスって言う素材があってね、鋳造してシルバーを流し込むの」

「ふうん…」

東はそれから目を離せなかった

「これ貰えます?付いてる値札の金額で良いのですか」

「売り上げに貢献して頂けるの?毎度ありがとうございます」

靜奏(しずく)は冗談めかして言い、続けた

「実生羽君は?着けないかしら」

「私ですか」

靜奏(しずく)はごそごそと他の袋を探り出すと、一つを目の前に置いた。東が選んだのと同じデザインのピンバッジだ


「ああ、良いですね。このデザイン。これも合わせて払いますよ」

「いえ、良いの。こっちは私から実生羽君に」

「それは、悪いな」

「私が貰って欲しいの」

靜奏(しずく)の目に見詰められて、胸が高鳴るのを感じ、東は視線を落とし笑ってそれを受け取った

靜奏(しずく)はショップカードと品物を、二つの小さくて可愛らしい巾着袋にそれぞれ入れると、東に差し出した

「ホームページもあるのよ、一応。そういうの良くわからなくって暫く更新していないんだけど」

「そうですか。もし良ければ私見ますよ。お店も見せてください」

「ええ、是非来て」


二人は次に会う約束をしてファミレスを出た

雨はもう小雨になり、雲間から差す光が筋になって街の何処かを、照らしている

二人はそれを見て、あの下は晴れているのだろうと言い合い、笑った


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