Rinforzato 【賭け】颯雅
Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊)
颯雅はバイト先の本屋に寄ってシフト希望表を確認した。他の人と被っているところについては、その日出ている人に直談判し、日程を調整して表に記入した。まる二週間は取れそうだ。こんなに休んで大丈夫かなと思ったが、店長にその件を報告すると、シフトに穴が空かなければ良いよ、と軽い返答だった。常日頃こう言う時の為に穴を空けず出ているのだ。そもそも、最初の面接から旅行行きたいので長期休暇以外は稼ぎますと、そう言う条件で採用されている。よっしゃ、これで凛と旅行、もとい、バイトだ。東さんには釘刺されたが、それでも一つ屋根の下なんだ。毎日会えるし、ひょっとしてひょっとするかも、と妄想は膨らむ
颯雅は帰宅してから凛に沖縄行き日程をメールで知らせると、貰った課題の用紙を読む
課題
1、聴く事(自分の心を。愛の声を。自分の望みを)
2、話す、表現する事(自分の感情と気持ちを。愛を)
3、受け容れる事(自分自身を。自分が今までやって来た事を。)
4、愛を受け容れる事(我が愛に愛されている事を。愛を感じている事を。己を愛している事を)
5、道と記憶を受け容れる事
うーん、どうして良いか分からない。自分の心を聞くってどうするばいいんだろう?
“まずは認識して居らん事をままに認める事だな”
颯雅は驚く。汝は犬ではないと言っていた声と同じだ。誰だ
“我は実穂高だ。と言ってもその分体だがな。汝が困るであろうと思うて着いて来た”
そうなのか。なら色々聞けば良いか
“何でも聞くが良い”
認識していない事を認めるって、どうすればいいの?
“そのままだ。心の声、愛の声、自分の望みがあることが分かっているのに、それを認識しようとせぬ。まあ、わざと目を閉じて見えない振りをして居るのだがな。だからまず、認識すると声に出して言えば良かろう”
颯雅は何からすれば良いのか迷った
“いいから早よ言え。どうせ考えたって分からぬのだから、諦めて声に出して言えば良かろう。それが汝に何ら不都合でもあるのか”
いや、ただ言うだけなら何もない
“なら、早よ言え”
颯雅は戸惑いながらも
「自分の心の声、愛の声、自分の望みを認識していない事を認める」
これで良いの?
“よろしい。では我の後に続いて声を出して言うが良い”
それから颯雅は実穂高(分体)の言うがままに声を出して言う。認識しないことを外し、何故認識しないようにしているのか、その原因を突き詰め、その考えが特に役立って無いと思い直す。すると段々と何か感じるようになった
“直ぐには無理だ。汝は総じて自己肯定が低いのが問題よの。それに己の内の声を信じて居らぬ”
その根拠が分からない。この聞こえている声と妄想とは何が違うのだろうか?
“そうか?なら試してしんぜよう。これが内なる声なのか、妄想なのかな”
その日はそれで終わりになった。これで良いのかと思って凛にメールする
「順調だね、実穂高さんがついてくれるなら安心だよ」
と返事が来た。凛がそう言うならそうなんだろうと颯雅は思った
翌日、ゼミの為に朝早くに起きて家を出る
“では昨日の続きだ。これから我に代わり汝の心が語りかけるから、必ずその通りにしろ。絶対にだ”
いや、これからゼミなんだけど
颯雅は自転車に乗り、駅に向けて走り出した
“妄想ならゼミとやらに遅刻するであろう。だが、心の声なら遅刻はせぬ。どうだ、我と賭けをせぬか?”
颯雅は戸惑った。だが結局駅までの行くすがらに、実穂高と賭けをすることになった
駅に着くと実穂高とは違う女性の声が話しかけてくる
“人には命がもつ役割があるの。その役を全うしない時には誰かがそれを肩代わりすることになる。でも、あなたは特別。誰もあなたの肩代わりができない、唯一無二なの。それを分かって欲しい。あなたは偉大”
電車に乗っている間、その声は颯雅がいかに素晴らしく偉大であるかをずっと語り続けた。颯雅はどうして己なのかと問うと、器がとても大きいからだと答えた
“あなたの器はこの世で最も大きい。だからあなたは他の人よりも沢山の体験を経ないと満たされない”
颯雅は困惑していた。俺は他の人と何も変わらないと思うけど
“だからあなたは偉大。器が大きいものが普通のものと同じように生活したいと、遥か昔に願った。この願いを叶える為にあなたはずっと努力し続けた。それが今結実している。次の駅で降りて”
いつのも駅の3つ手前になる
次で降りるの?降りた事ないけど
“いいから降りて。これから妄想かどうか証明してあげる。それから時計を見ないで”
颯雅は仕方なく次の駅で降りた。この駅で降りるのは初めてで、どうしたら良いのかわかない。
“右に向かって歩いて。階段を登ったら改札を出て”
言われるがままに改札を抜ける。そこからはずっと言われた通りに歩いていく。乗った電車の時間は多少余裕を持っているが、ここから歩いてゼミに間に合うとは到底思えない。その声はずっと颯雅がいかに偉大かを話仕掛けてくるが、道順はちゃんと指示してくれた。初めて歩く場所なのに、何の迷いもなく歩き続けることに戸惑う。ここがどこなのか、全く分からない。見たことも聞いたこともない道を歩き続ける。やがて角を曲がると、目の前に駅が見える。この駅は大学の駅から一つ目の駅だ
“電車に乗って”
ホームに入るとタイミングよく電車がすぐに来る。その電車に乗って大学の駅で降り、駅から歩き大学に着いて無事講義室の席に着くと、始業開始のチャイムが鳴った
“どう?間に合ったでしょ?”
それはまるで映画のシーンのようだった。本当に着席した途端にチャイムが鳴ったのだ。こんなことがあるのか、颯雅は呆然となる。同じ事を再現しろと言われても無理だ。どこを歩いたのか全く分からない。歩いただけでなく、途中で電車に乗っている。もし電車が10秒でも遅れていたら、間に合うはずがない。それに時計を一切見ていないから、途中で走ったりもしていない。これを偶然と呼ぶには違和感があると颯雅は思った
“どうやら賭けは我の勝ちじゃな”
偶然には思えなかったよ
“そうであろう?妄想であらぬことはこれで分かったろう。何、納得せよとは言って居らぬ。妄想でなしと認めれば良いだけだ”
颯雅は心の中でそれを認めた




