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Ruing 【鸚鵡と栗鼠】凛と颯雅

Ruing ルイーヒ(静かに)


「やっぱり、解決しなければならない事があると思う」

凛は唐突に言った

やっぱり、の前に話していた話題からは何も繋がらないと思う。彼女には良くある事だ。出会ってから八カ月、付き合い始めてそろそろ五カ月近い、もう慣れてきた。頭の隅で考えていた事が突然繋がって言葉になるのだろう。そして、そのように言い出す事は大抵が見過ごせない事なのだ。


「また夢を見たの」

少し目を伏せて夢の出来事を思い出す様を見ると、良い内容ではないのだろう。長い睫毛が影を落とす

「どんな。また俺が死んじゃうの?」

凛は頷いて言った

「うん。颯雅君が暗殺されるところを見た」


夢の中のその情景は、すり鉢状の地形で、真ん中が丸く開けている。すり鉢状の地形で、真ん中が丸く開けている。階段のような周囲には、沢山の人々が立っていて、屋外の円形劇場のような感じだ。その中央に立つのは颯雅と思しき男性で、言葉を語っていた。颯雅だろうが、もっと歳上に見えて、何らかの立場か地位があるように見えた。服装も長いローブみたいなものを羽織って、見た事もない感じのデザインだった。そしてその側に自分もいた。その時、何かが起こって、彼は倒れた。


その中央に立つのは颯雅と思しき男性で、言葉を語っていた。颯雅だろうが、もっと歳上に見えて、何らかの立場か地位があるように見えた。服装も長いローブみたいなものを羽織って、見た事もない感じのデザインだった。そしてその側に自分もいた。その時、何かが起こって、彼は倒れた。


その場所を自分は知っていると思った。子供の頃に行った動物園。その園のメインとなっているのは放し飼いになっている栗鼠と触れ合える会場。それは自然のままの地形を利用して、すり鉢状の窪みの天井を網で囲ってあり、木の上やら足元やらを栗鼠が駆け回る。安全の為の手袋を借りて購入した餌をやれば、手袋の掌で栗鼠が餌を食べるのを見る事ができる。


ただ同じ場所なのに、違う世界だ。服装も、場所の使われ方も年齢も、ひょっとしたら名前も違うかも知れない。でも自分達だろうと思うし、その場所だろうとも思う。何故わかるのだろう


「そこ、行ってみる?」

颯雅の言葉に凛は頷く


“やっぱり”の前に話していたのは次のデートはどこで何をしようかと言う話題だったのだから、凛としては全く別の話ではないのだった。次々と思いつく事を構わずに口に出せるのは、相手が颯雅だからこそ、自分を取り繕わずに居られるからだ。他の友達ではそうもいかない。二時間も他人と居たら気疲れしてしまうし、何話したら良いのかわからなくなる。一体、こんな自分はどうやって生きていけるのだろう、颯雅がいなかったら…


それは颯雅にとて同じ事だ。初めて言葉を交わした時から、いや、初めてあの演奏会で見かけた時から、何か自分を突き動かす情熱に巡り会えたような気がしていた


個展で話してから、凛は颯雅との時を忘れる事はできなかった

演奏会の感想を颯雅に話し、百合を貰った。嬉しかった。それから、颯雅は帰ると言って画廊を出た。

だがあの時間、交わした会話の内容も、コーヒーの入った紙コップを渡した時に触れた指の温度も、百合の香りも、凛の全てがそれに染まってしまったかのように、心を占めた。深い海の底に沈んで、記憶が呼びかけて来るがままに、二人でいた時が繰り返し自分を包んだ

自分の吐く息が以前とは違う色をしていると思った

やがて電話が鳴った。個展の最終日だ。会う約束をした



誰かに電話をするのにこんなに緊張するなんて初めてだ、とあの時颯雅は思った。あまりにも自然に話せて、違和感が無さ過ぎて、二日ばかり経ってみて自分がおかしいと気付いた。こんなに自分の元の生活が色褪せて見えるなんて


以来、二人は週に一回か二回は会っている。色んなところに行った。美術館、博物館、公園、颯雅の知り合いの出演する演奏会。最初はとにかく幸せだし、楽しいと思った

一緒に居る事はいつも穏やかで、安心できる。でも帰る時間が来ると離れ難くて、何度も手を握り互いを確かめる。側に居ないと寂しいと思う。今まで一人でも平気だったのに。前の彼女にこんな風に思った事は無かった。ということはつまり、本当には好きでは無かったという事なんだろうか。それはどうでも良い。それよりも、凛の寂しさと不安は異常だった。電話をすると情緒が安定しないのが声の調子でわかった。突然泣き出したりした。だが会っている時には、普通に喋るし、笑うし、穏やかだ。本人曰く、颯雅が死んでしまうのではないかと思うとか、何処かへ行ってしまうのではないかと思うというのだ。そのうちに、凛は夢を見るようになった。それは颯雅と思しき人物が死んだり、旅に出て戻らないと言った内容だった


夢の内容が凛の不安症と関係あるのか。心理学の本で調べるとそれは分離不安症というのだそうだ。凛が教えてくれた。凛は伯父の経営する保育園に行っていたし、そこでバイトしていたから、分離不安症というのがどういう様子なのか自分でもわかっていた。預けられた時に、親と離れるのを酷く嫌がる子がいる。一緒に本を読んでみたが、抗うつ剤の処方とか、幼少期の体験による思い込みの考え方を変えるとかあるが、凛はそれに当てはまらないと颯雅に言った。凛は幼少期に親と離れるのを嫌がった事も無く、颯雅以外の人物にそういう気持ちになった事は無かった


夢の場所が実際にあるのなら、そこに行ってみれば何かわかるかも知れない

凛の言う通り、解決しなければならない事がある


「そこに行けば解決するの?」

「判らない。でも何かあるはず」

凛は何をすればいいのか判らないが、そこへ行けば良い方向へ動いていく確信があった


数日後、二人は駅で待ち合わせてバスに乗った。平日だが、夏休みだ、子供を含め大勢の人が乗っていて賑やかだ

「随分お客さんが多いね」

「近くに大きな公園が二つあるから。動物園もその近くにあるの」

バスは市街地を抜け小高い丘や竹林が見受けられるようになった。やがて坂を登り始めると公園が見えてきた

「次で降りるよ」

バスを降りて更に坂を上がるとその動物園の看板が見えた。チケットを買って中に入る


「放し飼いなのか。大きなゲージにいるのかと思ってた」

颯雅は驚いた

「私達がゲージの中にいるの」

凛は颯雅の驚きが可笑しくて笑う。凛は一度来ているので知っているが、颯雅は初めてなのでキョロキョロしながら見ている。すると一匹の栗鼠が凛の前にきてじっと見ている。凛が手袋に乗せて餌を差し出すと栗鼠がその手に乗って食べ始めた

「お、いいな。僕もやってみる」

颯雅は手袋を受け取り餌を持って栗鼠に近付くが、どの栗鼠にも何故か逃げられる。その場で待ってみたり、目を合わせないようにしたり、栗鼠が来そうなところに先回りするなど色々試してみたが、一匹として近づかなかった。肩を落としてしょんぼりしている颯雅に凛は可笑しくて、つい笑ってしまった

「笑わなくてもいいじゃないか」

恨みがましい目で凛を見ている颯雅の表情には、彼の内面が曝け出されていて、凛には安心できる繋がりを覚えるものだった

「ごめんなさい。颯雅君らしくてつい笑ってしまった」

颯雅は俺らしくと言われるからにはそんなに間抜けなやつだと思われているかと思ったが、凛が素で心から笑ってくれている事を嬉しいとも思った


二人はすり鉢状の窪みの中に立った

「ここが夢に見た場所なの」

「そうよ。この辺りに立っていて、周りに大勢の人がいたの」

夢ではその周囲は階段状になって人々が立っていたそうだ。円形コロシアムのような形状と言っていい

「颯雅君は皆に何か話をしていた。私はその横に立っていた」

「どんな話だった?」

「判らない。でも颯雅君はローブのような服を着て立派な身なりだったから、指導者のような立場で人々に何か演説をしていたように思う」


凛はその先を話すのが少し怖かった。だが颯雅はそれで?と先を促すように視線で見ると凛は先を続けた

「突然、颯雅君は倒れた。多分殺されたのだと思う。」

凛は冷静に事実だけを伝えようと思ったが、声は小さく震えがとまらなかった。颯雅は凛が怯えている様子を見て、手を繋ぐ。ここで抱き寄せて抱擁できればと思ったが、そこまでの度胸と覚悟はまだ出来なかった。


颯雅はそのエリアから出る小道に凛の手を引きながら言った

「大丈夫、今ここに俺はいるし、ちゃんと生きているでしょ」

凛は頷いた。そして、顔を下に向けたまま、あれ、という表情をした

「どうしたの」

「うん、道が光って見える」

そして今度は凛が颯雅の手を引いて、光る道を辿り歩き始めた


道を辿ると栗鼠エリアから出た。ここには他にも小動物と触れ合えるエリアがある。うさぎやモルモットを撫でたり、山羊に餌をあげられるところとか。園の端の方に、珍しい鳥が複数入っているゲージがあった。色の綺麗な鳥が何羽も止まり木に止まって目を瞑ったり、餌をつついたりしていた。そういえば、凛は鳥が好きなんだよな、個展でも鳥の絵を何枚も描いていた。光はそのゲージの前で消えていた

「あっ、鳥よ。綺麗ね」

凛はそのゲージに駆け寄った

すると、今まで上の方に止まっていた鳥が飛んで来た。鳥はゲージの縦の棒と横の棒が交差する所に器用に足を引っ掛けて止まると、言った

「むかーしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました、キョッ」

颯雅と凛は驚いて目を合わせた。鳥は尚も続けた

「あるひ、おじいさんはやまえしばかりに、おばあさんはかわえせんたくに…ピ」

「オウムよね。誰かが桃太郎を教え込んだのかな。ちょっと凄いじゃない」


「おばあさんがかわでせんたくをしていると、かわかみからおおきなももが、どんぶらこーどんぶらこーとながれてきました、ピョッ」

「おお、すげー、喋るよこの鳥。早く来いよ」

隣に寄って来た小学生が大きな声で友達を呼んだので、颯雅達のいた場所には数人の男の子が駆け寄って来た。するとオウムは少し驚いたのか、後ろの止まり木に向かって飛び退いた

「今喋ってたんだよ、桃太郎の昔話だったよ」

「嘘だろー」

大声を挙げた子は後から来た友達に囃される


オウムの話が中断され、人が集まって来たので、颯雅と凛はその場から離れた

「もうお昼だし食事にしない」

「そうだね」

園内にあった休憩所へ向かう。そこはベンチやテーブルがあり、自由に食事ができるようだ。二人は持参したお弁当を広げると食べ始めた

「今日はいい天気だね。この後、近くの公園に行ってみない」

颯雅は凛が作ったサンドウィッチを頬張りながら凛に話しかけたが、凛は颯雅が作ったおむすびを持ったまま何か考えている様子で手が動いていない

「どうして桃太郎なの?」

「えっ?」

「どうしてあのオウムは桃太郎を話したの?私達が来たらわざわざこっちにきて、桃太郎の話をした。なぜ?」

「なぜって言われても…」

颯雅は凛の勢いに押され目を丸くした。凛は昔から桃太郎の話を聞くと、それは本当なのかといつも思った。昔話だから何かの隠喩だろうが、動物がお供とか宝を持ち帰るとか、胡散臭いと思うからだった


「後でもう一度あのオウムのところへ行ってみたいの」

「うん、わかった」

颯雅は凛の琴線に触れた事が何かわからなかったが、こうなった凛を止めることは出来ないことは判っていた。なので素直に頷いた

食事を食べ終え再度鳥のゲージの前に行く。二人を見ると例のオウムが降りてきた

「あなたは何か知っているの?」

凛が尋ねると、オウムは首を傾け颯雅を見た

「みんなおまえきらい、みんなこのままいい、かわりたくない」

凛と颯雅はぎょっとした

「あにたちじゆうよりわかりやすいつよさすき、おまえもういらない」


「おまえきらい、あっちいけ」

オウムは羽根をばたつかせてギャーギャー言いながらゲージの中を飛び回る。他の鳥達もそれに感染したかのように騒ぎ出した。凛は颯雅の手を取ると強く引いてその場を離れた


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