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Rinforzato【レポート用紙と情熱】


Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊)



喫茶店の店内は穏やかなクラシックが流れている

席に着くと、少し早いが二人はランチプレートを頼んだ


注文した品が運ばれて来るのを待ちながら、二人は黙っていた

凛はさっきキスした時に感じた事を言うべきか迷っていた。だがこの前何でも颯雅には話そうと決意した事を思い出し、口を開いた

「あのね、颯雅君さっき…」

「何?」

やっぱり恥ずかしい

ああ、こういう所から全部言葉にしてしまえば良い。一番表面の事から全部

「あの、言うの恥ずかしいと思うんだけど」


「颯雅君と離れない確証が欲しいって凄く思ったの。もっと深く繋がりたいって、一つになりたいって」

颯雅は意外そうに凛を見詰める。いや、凛はある意味ド天然だからな

「凛、それってさ…誘われているのかなあって思っちゃうけど、違うんだよね」

「え、そう取られるの?」

「うん」

「あー、そういう意味じゃ無くって」

凛は言葉を探す。やっぱりそう言う意味では無いんだ。残念、と颯雅はこっそり思う

「心の距離が無くなると良いなあって。何度も颯雅君を失った記憶を全部忘れて、一緒に居るんだなって素直に喜べるようになりたい。それが普通だって思いたい」

「…うん。わかった。どうすれば良いのかわからないけどわかった」


給仕がランチプレートを二つ運んで来てテーブルに並べた。大豆ミートのハンバーグと小さい全粒粉のパン、彩り綺麗なサラダ、冷たいヴィシソワーズが一つの木製プレートに載っているセットだ。凛がここに来たかったのは、動物性食材抜きのメニューが気になったからだろう。

給仕が去ると凛は言う

「その、前世の陰陽師が言うには…」

“我が話す事をそのまま伝えよ”

「あれ、話し掛けて来るからそのまま言うね」

「今話し掛けて来るの?」

「うん」


「それは以前から凛の口を通して何か話していた人なの?」

「それは違うもので、薔薇(そうび)か愛よ。更に実穂高を導いていた存在なの」

「愛って愛情とかの愛の事?」

「そう、愛よ」

「愛って話するの。愛という感情ではなくて」

「ええ、愛は愛よ。誰にも愛が付いているのよ。私にもあなたにも」


食事をしながら、実穂高の言う事を凛が通訳する


「颯雅君、あなたが桃太郎なの」

「桃太郎?」

「ええ、桃太郎って言う名前ではないけど。彼は鬼の殲滅を使命として何回も生まれ変わりを繰り返しながら、長い時間かけて鬼を遂に完全に地上から居なくしたの」

「そうなのか。実は僕、夢を見たんだ。その中で牛車を襲おうとしている妙な大男に斬り掛かって、そしたらそれが鬼で、牛車から出て来た人が…」

颯雅は動きを止め、凛の顔を見詰めた

「実穂高?男ではなくて」

「そうよ。男装しているの。私彼女の名前言ってないわよね」

「それで僕は逸彦?」

「そう」

「実穂高は君と居るの?」

「ええ、私の中に居るわ」

「でも僕の中に逸彦は居ないと思う…実感がないんだ」


「彼は鬼退治の使命を果たしたのに自害したそうよ。本当はそれを成し遂げたら実穂高と結ばれる筈だったのだけど、亡くなってしまったので実穂高はとても傷ついているの。だからそれも修復して行きたいの」

「どうすれば良いの」

「自殺するとその命はしばらく完全な形で生まれられない。それで平安時代に結ばれる筈が、今まで掛かっているのよ」

「千年も?」

「大体九百年位」

「そうなのか。彼自害したのか」

凛は黙って颯雅を見詰める。やっぱり他人事と受け止めている。こういうのが距離感なのだ。彼が自分の心に鈍感なところが。実穂高が居る所為か、自分の心が少し軽くなった所為か、人の心の動きが良く見えて来た

“そうだ。それで良い”

実穂高が合いの手を入れる


「それで、これから颯雅君にも実穂高に教えてもらった心軽くする方法を、取り組んで行って欲しいのよ。彼が愛を受け容れなかったが為にそうなってしまったのだから」

そうかあ、誘われている方が遥かに良かったな


凛は颯雅の手を取り、ぐっと握った

「そう、だから一緒にやろうね。私も自分に向き合うわ。それと自分を偽らないようにしたいから、何でも感じた事をなるべく颯雅君に話すね!」

そっちは嬉しいかな


「うん、わかった。取り組んでみるよ」

「ありがとう。じゃあ早速なんだけど…」

凛は手帳を取り出す。それを開くとページにはびっしりと細かい文字が書き込まれている。颯雅は目が点になる

「ちゃんと渡す用に清書して来たわ!」

手帳に挟まれていたレポート用紙には、これまたびっしりと文字が書き込まれ、それが全部項目別になっていた。何と言うか、まめなんだな


これって、最初からこの流れになるべく計算ずくの行動なの、それとも真のド天然なの?

颯雅は計り兼ねながらもその凛の楽しげで真剣な表情に見入った



「今日話す事」

1、鬼とは何か。

2、逸彦は何をしていたのか

3、記憶について

4、命は記憶を持っている。命はエネルギーであり、記憶である。命の無い者はそれを狙う

5、命の無い者が何故生まれるのか

6、鬼の正体は何か

7、人工生命を生み出す方法


「私これを実穂高と薔薇(そうび)に教えて貰って書いたの。凄いでしょ」

うーん、凄い凄い。凛が思っている凄さとは多分違う側面で感心するよ


「じゃあ始めるわ。鬼は何故生まれたか。これについては逸彦も実穂高も考えたのだけど」

前回のデートは禅問答、今日のデートは講義なのか。でも内容に興味津々の颯雅はしっかりと聴き入る


----------

1、鬼が流行った当時、鬼は突然現れ、それを見たり関わった者も鬼化した。一度鬼になってしまえば親であろうと子であろうと襲い食らうので、鬼化したらころすしかない。だが直接関わりのある者、親しくしていた者がころすとその者も鬼化する事が多いので、赤の他人や他の村の者が実行するか、小屋などに閉じ込めて餓死を待つしか無かった。対処が遅れるとその村が全滅という事もあった。鬼は禁忌とされ、その村から鬼が出たというのも村の評判を落とすので、皆その話題には触れたがらず、隠そうとする傾向があった


2、そんな中で、逸彦が生まれた。逸彦は神の啓示に従い、鬼を殲滅する事を使命として、諸国を旅しては鬼を退治した。その生涯を終えるとまた赤児として生まれ、続きを行うという人生を繰り返した。彼には前世の記憶があり、また次にどこに行けば良いのかも啓示が降って行き先を決めていた。剣の腕前は誰も到達出来ないレベルであり、彼は鬼と接触しても鬼化はしなかった。また、行き先で鬼退治や警護の依頼を受けては、礼金や食べ物の報酬を得ていた

最後の鬼退治は朝廷からの依頼であり、正式な討伐隊の一員として参加し、その目的は全うし、彼は使命を果たしたが、彼以外が全員死亡し、彼は絶望して自害した


3、記憶について

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「これを話すと、私の見る夢がどうして 前世とも並行世界(パラレルワールド)とも違うのか、という事も説明出来ると思うの。どうやって説明したらわかって貰えるのか考えたら、アイディアが降りて来たの」

凛が言う。颯雅もこれは聞きたかった


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ここで言う記憶は過去の出来事の記録を意味しない。それは過去にもあり、今にもあり、未来にもある。記憶が無いものは存在出来ない。例えて言うならば、命はその目的の方向性でありテーマであり、記憶は命がどのようなストーリーを体験するのかという音楽のようなものだ

音楽は喜びを、哀しみを、あるいは恐れ敬う気持ちを表現しようとする。作曲家はその感情体験を聴衆に感じさせる調と音程と旋律を選んで作曲する。例としてラフマニノフが作曲した「パガニーニの主題による狂詩曲」を挙げる。これは「パガニーニの24の奇想曲」の24番の主題を使っての24パターンの変奏から成る。それによって、一つの旋律が楽器を変えテンポを変え、拍子を変えて様々な感情のバリエーションを聴く者に思い起こさせる。だがこの中の第18変奏は主題の反行形で、それは安心感を与えるもので、その変奏が加わる事で、主題が駆り立てるような焦燥感をかえって浮き彫りにする。反行形になると印象は逆になるのだ。つまり、当時人々を魅了したパガニーニの原曲は、煽るような感覚で興奮を与えたのだとわかる


時間が時系列で、とある出来事さえ変えれば訪れる結果を変える事が出来るのかという問いには否と言える。どのように演奏するのか、という目的からして変えずして結果を変える事は出来ない。ある意味最初から完璧なる調和の元に、一人ひとりの人生の記憶(音楽)が成り立っていると言える。



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「凛、君って天才なんじゃないか。本当にピアノ習うの挫折したの?楽譜読めないって言ってたよね」

「ええ、もう楽譜は無理って思ったわ。でも私、何かイメージみたいなもので音楽を捉えていて、妙な事だけ印象に残ったりするの。だから颯雅君のコンサートでも、颯雅君の音だけが耳に残っているのよ。生で聴くと、その音はどの人のどの楽器から出ているのかをわかるわ。大抵は演奏する人が楽しんでいれば、良い演奏になるわよね。…次に行くわね」


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4、命は記憶を持っている。命はエネルギーであり、記憶である

命はその人生で何をしようかという目的の為に、その人生の記憶(音楽)を持っている。それがあるから人生にはストーリーの展開があり、体験し、様々な感情を味わう事が出来る。体験そのものが命の目的であり、存在意義でもある。それは膨大なエネルギーでもある。何故かと言えば、命はその記憶に順い、自己の周りに体験すべき現象を投影する能力を持つからである


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「ちょっと待って。それって、現実世界が先にあって中に人が置かれているのでは無くて、人が自分の周りに現象を作り出しているって事なの?つまり、何が起こっても、例えば不幸な事故に遭っても、それはその本人が作り出した現象だと?」

「そうよ」

「何が起こっても?君が前回怒っていたように、自分の人生や運命の相手を第三者に奪われても?」

凛は颯雅を見詰めた

「…そうよ。真実はそうなのよ。でも私もまだ全部受け入れた訳ではないわ。でも受け入れようと思う。その方が、自分が変われるから。他人に原因があったら、絶対に変えられないけれど、自分が原因だったら、自分が変われば良いのよ」

「どうやって?誰かに悪意でされた事を自分の所為に思うなんて」

「何故それに同意したのか、という理由を知れば良いんだわ。今は理屈でわかるけど、私もその事はこれから取り組むつもりよ」


「それで、どうして命の無い者に狙われるの」

「命の無い者には記憶が無い、音楽が無い、という事は体験と存在意義が無いのよ。そうすると生きられない。だから他人に嫌な思いをさせて、印象付けて、相手の心に留まる事で自分を存在させようとするの。命に執着するの。それが私が今生でずっと体験して来た事なのよ。私はどこに行っても虐めを受けたり、評価されなかったり、変人扱いされるの。だから何故私は自分がそうされる事に同意したのかを、ずっと考えているのよ」


颯雅は凛の顔を見た。凛がこのゼミのレポートかと思うほどの熱心さで、この用紙を書いて来た理由を知った。真剣なんだ。彼女は本当に自分の人生を変えたいんだ…

「わかった。今は納得出来ないけど、君の言う事をわかる自分になりたいと思うよ」

「ええ。でも考えてみて。自分が感情的に受け入れ易いかどうかよりも、この理論には矛盾が無いわ。私にはそっちの方が納得出来るのよ」

「そうかも知れないね」


「それでね、少し話戻すけど、音楽や音が重要なのね。だから栗鼠の居る動物園に行った時に出て来たあなたの前世の時ね」

「縄文か弥生の、僕が兄に暗殺された時の事?」

「ええ。あの時代の事」



縄文時代は一万年以上続いた平和な時代だ。人々の耳には愛の言う事が届いて居り、内側の音楽を聞く事が出来た。彼らが文字を持たなかったのは、過去を記録して過去を繰り返す必要が無かったからだ。彼らの内側の音は常に今奏でられており、それは二度と同じ事は無かった


住む地域の資源が枯渇しない為に定期的に移住をしていた。そこを去る時には木を植え、また同じ場所に巡り来る時には植えた木は育って居り、またその木を切って家を作る事が出来た。また田畑が崩れたとしても川の氾濫を止めず、氾濫によって土が入れ替わり栄養豊かになる事をわかっていた。彼らは巫女を中心とした精神的な繋がりを持っていたし、そこで巫女が必要だったのは、川の氾濫期や移住するタイミングを知る為でもあった。


彼らの生活に不調和を引き起こしたのは、大陸から渡った思想と、稲作を定住して行うようになって、貯蓄と所有という概念が出来た事と、銅鐸の音を鳴らすようになった事である。銅鐸は、自分の内にある音よりも外の世界に力があると錯覚させた。それが巫女の暗殺を引き起こし、元のような生活に戻るべきと説いた颯雅の前世の人物も消される事になった


因みに縄文時代という呼び名の由来である土器の縄目模様や人型は、元からの彼らの文化ではなく、少しずつ介入する霊的な不調和因子だった。それは命に対する呪術的な意味を持ち、それを受信する者がどうしても現れた


「前回気づかなかったけど、栗鼠は貯蓄や貯蔵の化身で、それも回収したから、自分の中の感情を吐き出す事が出来るようになったのですって」

「銅鐸とかも、命の無い者の差し金だったって事?」

「そう」


それから、少し沈黙した

「じゃあ、君は命の無い者に狙われているの?」

凛は黙って颯雅を見詰める

「前世ではもっとあからさまに狙われていたみたいよ。それも実穂高が男装していた理由の一つみたい」

「現在は?」

「さあ…あなた次第よ」

颯雅にはその回答の意味が良く分からなかった


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