Rinforzato【双青の衣】凛と颯雅
Rinforzato リンフォルザンド(その音を急に強く)(伊) 音楽記号です
凛から連絡が来て、やっと会える事になった
東と会った翌日、凛と待ち合わせした公園に急ぐ。待ち合わせの時間より早いのだが、早く会いたくてつい早足になる
すると、ショウウィンドウに映った自分の後ろに、凛の姿を見た。驚いて振り返ると、凛は道の反対側を、同じ方向に向かって歩いているのだった
二人は思わず道を挟んで顔見合わせ笑った
次の信号がある所まで来ると、凛は信号が青になるのを待って、横断歩道を渡って来る。笑顔が眩しい。颯雅も嬉しくなる。今日は真っ青なワンピースを着ている
渡り切ると真っしぐらに颯雅の腕に飛び込んで来る。
「ふふ、二人共20分も早く来たのね。だったら待ち合わせ時間を10時10分にしても良かったわね」
そのまま颯雅の手を握りしめ、二人は手を繋いで公園に向かう
「もしそうしたら、二人共9時50分に来ると思うよ」
「私もそう思うわ」
明るそうだ。良かった
「今回は分離不安も無かった訳ではないけど、色々やる事があって、わかった事もあったから」
「何、わかったの」
「んふふ」
ああ、可愛いって叫びたい
「落ち着いた所で話したいと思ったんだけど、狙って来た喫茶店が11時開店なんだよね。ベンチで話して良い?」
凛は木陰のベンチを指し示す
二人が並んで座ると、凛は口火を切った
あの後、凛が自宅で悶々としていると、前世の人格が現れ、色んな事を教えて貰ったそうだ。彼女は平安時代の陰陽師であり、人の心を読む事に長けていた。それで凛は自分の心を癒す方法をやってみる事にした。自分の心と向かい合ってみると、前回うまく言葉に出来なかった事を、整理できたという
「あの時にね、誰かを憎んだり恨んだりするのは悪い事だって思い込んでいたのね。確かに、良くないし生産的では無いのだけど、心にその思いや感情がある事を隠したり、無かった事にしても駄目で、どこかで吐き出さないと次には行けないの。それがとっても良くわかったわ」
「凛はやってみたの?」
凛は頷いた
「最初は大変だった、なかなかそう言う感情があるって認めるのが大変で。でも口に出して言っちゃったら結構楽になったのよ」
「何て言ったの」
「憎んでいた事を認めるって。そのまんま言ったのよ。それから憎しみを手放すって」
「それだけで良いの」
「そうなのよ。私それで思い浮かぶ思いを全部片っ端から言葉にしてみたの。誰かに聞かせる為ではなく、自分と問答するような感じでね…。そしたら私は誰かを憎むのが正しく無いって自分を縛っていると同時に、憎んだ事が実現して相手に害を与える事を恐れていたって気づいたのよ」
「そんな事が起こるの?超能力みたいだね」
「私は全く違う側面の自分を見たわ。私の願いが叶わないのではなくて、本当は思い通りになるのが普通だった、としたならば、私が今の私のように自信が無い理由は私が思っているのとは違うのかもって思ったのよ」
「と言うと?」
「私の自分のセルフイメージが間違っているって事よ…私は自分が嫌いだったけど、本当の自分の姿が、私が思っているのと違うならば、好きになる事も可能なのかなって。そしたら変われるかもって思ったの。これって凄いんじゃ無いかしら」
颯雅はまじまじと凛を見詰める。変わってるよな。こんな事言う人には出会った事が無い。だけど凛の言う言葉は全く真実味を持って颯雅の胸に響いた
「凛は凄いな。想像もつかない事を言うね。でもそもそも、凛は最高に美人で、発想が豊かで、絵も上手くて、自信を失う要素が僕からは全く見当たらないよ」
「うわ、なんかうーん、どう反応すれば良いのかしら。颯雅君は私に恋をしているから、きっとあばたもえくぼで、私の事が良く見えているんだと思うわよ」
「いやいや、そうじゃ無いよ…。実はあの日さ、大学の図書館寄ったら、別れた前の彼女に偶然会ったんだ。でも僕は彼女が誰なのかすら覚えてなくて、目の前に来ても名前を思い出せない位だった。僕の中はもう凛の事で一杯なんだ。それで嫌味な事言われて、そのおかげで逆に凛と僕がいかに相性良くて、僕をちゃんと見てくれているってわかった。凛が居ると次々にアイディアが湧いて、意欲が湧くんだ」
凛は目を潤ませ気味な位に感動して聞いていた
「あの、それで旅行一緒に行かない?沖縄行ったらって東さんに言われたんだけど」
「え?東さんと話したの、私居ない所で?」
「うん、あー、昨日。東さんと会っている時に凛からメール来たんだ」
颯雅は凛から連絡来ない事で落ち込んで、相談する為に東さんと会った事を話した。凛はちょっとだけ眉をひそめた
「それで私に日報任せてそそくさと帰ったのね。前世の事も話したの?」
「うん、でも大丈夫だったよ。変な風に受け取ってはいなくて、むしろ食い付いて来た。そう言う話好きらしくて」
凛はほっとしたようだ
「なんだ、そうだったんだ。それならば良かったわ。話通じるならば心強いわね。ところで」
凛は颯雅の顔を見て言う
「颯雅君、沖縄旅行の話を、ただ単に旅行だと思っているでしょ」
「うん?違うの」
「違うわ。東さんは毎年沖縄行ってくれないかって私に誘うの。親戚が沖縄でペンションやっていて、バイトしないかって話よ」
「え?そうなの」
「ふふ、騙されたでしょ。でも私も颯雅君と一緒ならば良いわ。日程合わせましょ。バイトだから、あまり短期間過ぎない方が良いわ。私の方はシフト融通きかせてくれるから、多分そっちに合わせられると思うわよ」
「楽しみだ」
「それはそうと、凛の今日の服、良いね」
「本当?頑張って作った甲斐あったわ」
凛は立ち上がるとくるっと回って見せた。とろみのあるしなやかな生地が、綺麗なギャザーで凛をより一層引き立てている。何よりもその色だ
「凄く似合うよ。自分で作ったの?」
「まさか、母が作ったわ。…ちょっと手伝ったけど。でもデザイン注文して色染めたのは私だわ」
「染めた?この前話した、青い色かな、もしかして」
「そう。あの青色。私達の色よ。それでね…」
凛はちょっともじもじすると、リュックから紙包みを取り出した。プレゼント仕様にリボンが掛けてある。今日はワンピースには少し不釣り合いなリュックだったのはそう言う訳か
「え、何?くれるの?」
「うん。喫茶店開いてからにしたかったけれど、待ち切れないわ。本当は七月誕生日だったのよね、過ぎちゃったけど」
颯雅は自分の誕生日などすっかり忘れていた。訊かれない限り、颯雅も話す事は無かった
「いつ教えたっけ」
「初めて個展で会った時に、訊いたのよ。去年の手帳に書いていたから、直ぐに気づかなかったの」
颯雅は嬉しそうに渡された包みを解く。キタキター、リア充鉄板、彼女お手製。感動!
「凄いね。お揃いのシャツか」
颯雅のシャツはシンプルに品良く、麻のぱりっとした生地だ。そして色は凛のと同じ真っ青に染まっている
「着ても良いかな」
凛はちょっと戸惑ったが颯雅はさっさと今着ているシャツを脱いでTシャツ姿になり、青いシャツをその上に羽織った。ボタンを閉めながら、颯雅は目を閉じて息を吸った。どうしてかわからないけれど、そうするとその青の中に身を浸してその中で深呼吸しているような気分になった。背筋が自然と伸びて、姿勢正しく座っている。瑞々しく潤される空気が、周囲に満ちていると思えた
「凛、ありがとう。本当に嬉しい。こうやって同じ色に染まっていると、ひとつなんだと言う繋がりが感じられるように思うよ」
「うん…」
凛は急に大人しくなってしまった。凛は颯雅の瞳が澄んでいるのに見入っていた
「あの…良い?」
凛は何を尋ねられたのか一瞬分からなかったが、颯雅が顔を近づけたのを見て目を閉じた
唇が重なった時、凛は気を失うかと思った。自分の何かが剥がれ落ち、自分達を包む衣服の色そのままに境界が無くなった。颯雅の中の誰かと目が合った。胸の奥にある何かが開いて、ここに己が居ると叫んだ
凛が漏らした吐息が颯雅の耳に微かに届いた
唇を離しても凛は目を閉じて暫くそのまま動かなかった。自分の何かが剥き出しにされてしまったようで恥ずかしかったが、目を開けて颯雅を見ると呟いた
その言葉は声にもなってなくて聞こえなかったのだが、颯雅は理解した
もう一回キスをした
今度は凛の唇も動いて、颯雅のそれを求めた。それが嬉しくて、颯雅は凛の髪に触れながら、抱き締めた。ここにある一つの大きくて懐かしくて、それでいて小さく愛おしいもの。大事なもの。ずっと探していたもの。
凛の手も颯雅の髪を撫で、また首にしがみついた。凛の唇は何度もキスをせがんだ。もっと深く繋がりたかった。…もっと本当にひとつになりたかった。今まで繰り返され続けた喪失を埋め尽くす程の何かを欲しいと思った。もう二度と離れない確証が欲しかった。それを想うと泣きそうだった。自分が愛を求め、愛に飢えていた事に、初めて気が付いた
二人は互いの手を握り合い、余韻に浸りながらベンチに座っていた。目の前をジョギングする人が通り過ぎ、我に返った。颯雅が時計を見ると11時は過ぎていた
「行こうか、店開いてると思うよ」
凛は頷くと、リュックを背負い立ち上がる




