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Narrante【灯火滅】

Narrante ナッランテ(語るように)(伊)


突然蝋燭の火が風も無いのに消えた

義父に閉じ込められた納戸の中で、鬼討伐の様子を霊視していた実穂高は、胸の奥が騒めくのを抑えられなかった

今何が起こった?

我が身が引き裂かれるような痛み。思わず己の身体を両手で確かめるが、何とも無い

目を瞑る

逸彦の身体をあの剣が斬り割いた痛みがあった。実穂高の心に逸彦の感じた絶望が伝わった

逸彦…何という事だ。ずっと祈り続けたのに。何故だ。占いで出た通りに、理をかけた。彼は死なぬ、誰にも害されぬ事、それは(ことわり)だったのに

まさか、自害したのか。鬼退治は全うしたに関わらずか

何でも斬る事の出来る逸彦の命の刃で、己を斬ったのか…


これが終われば、全ては変わった。逸彦は鬼退治の命をやり遂げ、解放された、幸せになれた。そう、一緒になる事も出来た

そのように占いに出ていた。高位の霊がそう言うならばそうすべきと思った。だが己は如何だったんだ。義父に懸想してると指摘された。そうだったのか?何かの感情を抱いているとは思っていた。あれが恋だったのか?対というものだったから、こんなにも悲しく苦しいのか。この喪失感は何なのだろう。まだ手に入れてすらいないものをどうやって失うのだ


今まで考えた事も無かった。己が女である事を。男らのようにもなれず、かと言って行動に制約のある女に戻りたくも無かった。だが逸彦に会って己が女だと思い知らされた

ああ、せめて一緒に行けていれば。側に居られたなら。もっと側で彼を見、言葉を交わして、己が感じている事をもっと分かったならば。



もっと知りたかったのだ、誰かを愛するという体験を

その機会を失ったのだ



兆しを読み違えた。

もっと、父上を早くに説得するなりして、直接に関われば良かった。玉記が言ってくれたように、彼らと一緒に行動すれば良かった…。如何して父の言うなりになど

あらゆる違う方法を考えるが、後悔の念が増すだけだ


ああ、そして失敗した。何らかの使命を。神から与えられた使命を。全てを尽くして行おうとしていた使命を。こんな己を神が許す筈が無い

高窓の隙間に平安京の空に暗澹とした薄雲が広がっている様子が見えた


実穂高は涙が目から溢れるのを止められなかった

床に伏し、声をころし泣いた


「実穂様、ご無事ですか」

水師の叫ぶ声と解錠する音がする。戸が開く

水師は倒れている実穂高に駆け寄る

「実穂様、何があったのです?霊視されていたのですか」


「逸彦が…討伐の皆が…」

「まさか、失敗したのですか」

「いや、(おん)討伐は成し遂げた。それなのに、逸彦が…」




「自害した…」

水師も呆然と立ち尽くす。だが、尚も泣き続ける実穂高を見るとその身体を抱き起こす

「実穂様、しっかりされてください。この邸を出ましょう。あまり時間がありませぬ」

「もう陰陽師を続ける由も、兄達と張り合う由も、京に居る由もあらぬ。我が生きて来れたのは、全て彼の為だった。本当は逸彦と一緒になる筈だった。それが道だった。帰って来ると思っていたのに…もう道が無い。麻呂は使命を失敗したのだ」


水師は何となく感じていたが見ないようにしていた事を実穂高の口から聞いた。そうか、やはり師匠は…榊も言っていた通りだったのだ


実穂高の目からまた涙が流れた。手で拭っても拭っても、それは次々と流れた。

「泣き尽くせば、変わるのか?本当にこれはこの感情を終えれば済むのか?」


「もう起こった事は受け入れるしか無いが、これは受け入れれば済む事なのか?」

実穂高の静かな問いに含まれる切実な叫びに、水師は答えるものを持っていない。己よりも賢い師匠に何を諭す事が出来よう

水師は己の想いを堪えた

実穂高の悲しむ姿に心痛め、逸彦の死を悼みながら、心の何処かで微かにそれを喜ぶ己が居る事を恥じた。己が男として実穂高を愛したいと言う願いを脇に置いた


「実穂様、急いで加茂の邸を出ましょう。お父君は今気を失っておられます。今のうちに」

「水師、父上に何かしたのか」

「お叱りでしたら後で幾らでも受けます。実穂様の居所を言わせる為に刀で脅しました」

それ聞くとまだ涙の跡がある顔で、実穂高は微かに笑った

「やるな、水師。もう父とは思わぬ。此処までされては…」


実穂高は水師に支えられ納戸を出ると、二人は急ぎ厩に行き、馬を二頭引き出して邸を後にした


榊が意識を取り戻した時には、もう二人は姿無かった

「追手を向かわせましょうか」

従者が言うと、榊は壁にぶつけて出来たたんこぶを井戸水で浸した布で押さえなから言う

「構わぬ。どうせ戻って来るだろう。実穂高はこの邸から離れられないのだ。養父である麻呂に服従する事になって居るのだからな」


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