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Narrante【鳥籠】実穂高と水師

Narrante ナッランテ(語るように)(伊) 音楽記号です




陰陽師加茂の当主榊は頭を抱える。折角華々しく御披露目したのに、公家の依頼よりも里人の依頼を優先するとはどう言う由だ


「父上、里人を優先したのでは有りませぬ。依頼が先に来ていたからです」

実穂高が言う


「何故汝はそうなのだ…我らは帝に使える身、宮人を助けて少しでも政が滑らかにゆくよう導くのが務めであろう」

「されど世は公家だけで出来ているのではありませぬ。農民の納める米無くては我らも食ってはいけんでしょう。結構宮を助けて居ると思いますが如何でしょうか」


何故に此奴は頭だけは良くて、口が達者だ…。才能は著しく、天文学を除けばどの分野でも他の兄弟を凌駕し、確かに期待通りの結果をもたらした。実穂高の霊視は良く当たり、それを自分がそのまま帝に伝えれば榊自身の信用度が上がった


だがこの性格が問題だ。何と言うか、自分を曲げない

我らは気に入られてこその地位だ。もっと柔軟でなければ

帝の前で得意の貝合わせでも披露して酒の肴でもなれば良いのに。どうもそう言う事は好まぬらしい。公家の皆は己を変える事など望んで居らぬ。適当な、少し効果が見える程度の(まじな)いを提供すれば、気に入られる。的確な霊視はわかるが、誰も己の心を見透かされて喜ぶ奴など居らぬ。


※貝合わせー神経衰弱のような遊戯



「それとな、皆が物忌みとして慎んで居る時には、汝も出掛けるのを控えようとは思わんか」

「暦に何と書かれようと、その時そうしたいのを止めるには同意出来かねます。それに、吉日だからと言って(おん)が人を襲う控えるとは思えませぬ」

「もうちょいっと、何とか柔軟にならんか。“心を軽くする”など誰も望んで居らん。そんなものは陰陽師のやる事ではあらぬ。誰でも出来る(まじな)いでも編み出してくれんか」

「…考えておきます」



変わらんな、子供の頃から頑固で変わらぬ

榊は思った


実穂高も心中で舌打ちした。恩ある義父に報いたいと今までやって来た。だが義父の考えは小さ過ぎる。何も根本的な解決に至らないならば、何の為に宮仕えしているのだ。いっそのこと帝が“心を軽くする”事を受け入れてくれるならば、政は一気に良くなるのに、とすら思う。おっと、この考えは畏れ多いと叱られる。実穂高は口元を抑えた

「実穂様、我には分かりますよ、何をお考えか」

側付きの水師の声だ


実穂高と水師は住まいにしている離れへと廊下を並んで歩く


兄弟らは煙たそうに実穂高を見るが、もう何も言っては来ない。それは元服して初めて行った儀以来、実穂高が受けた依頼の全てにことごとく十二分な結果を出して来たからだ。実力が知らしめられれば、誰も表立って文句は無い。実穂高は来た依頼は全て受ける。来た順番でだ。だから決して宮よりも里人を優先などしてはいないのだが、義父の考えは宮に偏って居るからそう見えるのだろう


離れの我が部屋に入ると、水師は戸を閉める

すると即座に実穂高は上衣を脱ぎ捨て、仰向けに寝っ転がり、開放的な呻き声と共に手足をぐいっと伸ばす

何やら動物の如し、と水師は思う。こんな姿、他の誰にも見せられぬから戸を閉めるのだ。それは側付きの水師の仕事。童の頃に落ち着き無くお喋りだった水師は、側付きの仕事の意味をわかって以来すっかり有能で立派な頼もしい若者になった。使用人の中には水師を狙って色目を使う女も居る位だ。最も、実穂高と一緒に人の心に洞察力を持ってしまった水師にとって、あまりに見え透いて乗る気にもなれない


実穂高は烏帽子を留める簪も抜くとほいっと放る。烏帽子が頭から落ちて転がる。それを拾い机の上に烏帽子と簪を共に置くのも水師の仕事

夜、占いに夢中になってそのまま突っ伏して眠った実穂高を寝所に運ぶのも水師の仕事。そのまま朝起きぬ時に朝餉に呼ぶのも水師の仕事。放って置くと、平気で朝餉を抜くからな。そのまま仕事に出、立ちくらみを起こした事もあった。その時には、懐に忍ばせていた干し無花果を食べさせ凌いだ。そんな物をいつも懐に入れていた訳では無いが、その時は朝台所でそれを他の使用人にたまたま貰ったのだ

それから、時折原因不明で倒れて伏せった時に看病するのも


水師の勘は異常に優れていた。主人(あるじ)の必要には必ず居合わせる、機を読める力を備えているらしかった。そして、決して実穂高を見失う事も無かった。離れても、迷っても、必ず見付け出せた。それは実穂高だけに対してでは無く、何か探し物をしたり人を訪ねる時にも有効であった


それから水師は側付きなる頃に自覚無しに結界を張った。面白がった実穂高は、陰陽師の技の数々を水師に教えた。無論実穂高には届きようも無いが、初めてとは思えぬ裁量を見せた。実穂高は更に面白がって、水師を実験材料にして“心を軽くする方法”を試した。それも致し方無い。それまで実穂高は自分でしか試した事は無かったのだから。


その時知ったのだが、水師には那由の相があった。出会って直ぐに安心出来ると思った一因はそれかと実穂高は思ったが、一体如何して那由と接点があったのか見当も付かなかった。それがわかったのは、宿世を観る事が出来るようになった時だ


依頼受けた時に折々“心を軽くする方法”を相手に試せぬか機会を伺っていた。その機が巡った時だ。相手の心の傷の原因を深く探った時に、今生では無い、もっと前の記憶が出て来た


宿世があるのだ。実穂高が早速水師に試すと、宿世に那由と縁があり、尚且つ水師が陰陽師安倍家の三男に生まれたと知った。その時、加茂家に出入りして那由から直接に術の幾つかを教授受けたのだ


実穂高が水師の奥に那由を見て、旧友にでも会ったかのように喜びを持って水師を見た時、水師もまた、実穂高に那由の面影を見ていた。その時初めて、実穂高が女でもおかしくないと気付いた。だが水師はその疑問を追及しなかった。実穂高が男でも女でも、敬意と忠誠が変わる事は無かったからだ


烏帽子を脱いで結った頭になった実穂高は、寝っ転がったまま片肘を突いてそれを支える

「行儀悪うございますよ、実穂様」

「構わん。此処には汝しか居らぬ」

それと共に腹に溜めた愚痴を滔々(とうとう)と溢し始める。


「水師、聞いて居ったか。あの義父の物言い。麻呂を頑固と思うて居るようだ。一向に変わらぬのは向こうだな

第一公家は麻呂が心軽くしてやろうと言うても、尻込みする。受ける者は少数だ。変わりたく無い者ばかりで誠、怠惰で詰まらぬ。

その点里人の方が望むものが切実だから、我が言う事にも熱心に聞きよる。それは里人相手の方が面白う思うの当たり前であろうが」


「されど、公家にも良き方おわします。我らが剣の師の、玉記殿、我は誠好ましく思います」

すると実穂高はころりと転がってうつ伏せの体勢になり、肘付いた両手で顎を支える

「ああ、玉記は良いな。彼も実直だ。好感持てるな。何か一緒に仕事出来ると良いのだが」

(おん)退治ですか」

「いや、それは彼を巻き込む程の事もあるまい。汝と麻呂の二人で充分では無いか」

京にも度々鬼が出没する。そうなるとその依頼はほぼ実穂高のところに舞い込む。他の者はやりたがらないし、玉記に剣術を習ったお陰で二人の剣の腕前はそれなりである


「そうでしょうか。今のところ京に出るは一人から三人ばかりですが、大人数で(おん)が出たら如何なるのでしょうか」

「大人数か…」

実穂高は腕を組んでその上に顎を乗せ、足をはたはたと動かす。全く、童の様である。出会った頃のままだ。変わらない。変わって欲しくない

「大人数、あるのかのう。大人数だと麻呂はまた臥せって使い物ならなくなるか。そうしたら他の者に鬼と戦って貰わねばな…」

実穂高は段々と難しい顔になって来た


この愚痴を聞くのも水師の仕事だ。だが正直嬉しいのだ。水師を信頼していればこそ、この様な姿を見せる。他の誰にも言わぬ。宮では決して感情を表に出さぬ。己に正直で在りたいと願う実穂高にとって、宮に居るのはどれ程の苦痛なのだろうと思う


こんな風に童のように甘えた様子を見せても、実穂高は本当の心の奥までは甘えては来ない。水師はその事も知っている

時折、実穂高が邸が寝静まった夜に、一人で己の心と向かい合い、静かに泣いているのを知っている。己の前で笑うように、己の前で泣いてくれても構わんのに、と水師は思うのだが、ただそんな事が本当に起こったら、己の内に保っている微妙な均衡が崩れてしまうのでは無いかとも思い、その己から目を反らす


「ううむ…」

実穂高がうつ伏せたまま、また足を動かすと袴の裾が少し落ちて脛が見える。水師はさり気なく視線を反らし、実穂高の見る先を見た


実穂高がじっと見ているのは空の鳥籠だ

実穂高は鳥籠を見詰めたまま言う

「水師は誰か気に入った女子(めなご)でも居らぬのか」

「何です、唐突に」

水師の心臓がどきりと鼓動した。その音が聞こえていなかったか実穂高の顔を伺ったが、実穂高は他の事を考えていた


鸚哥は少し前に死んだ。それは悲しかったが、翼持つものが籠と部屋の中でしか飛べないなど、理不尽だ。閉じ込めているのは己自身だった。その矛盾と共に、籠を見た。鳥は来世ではきっと飛べるだろう。空を自由に飛べる身分に生まれる事を祈った


「いや、鳥籠見てたら鸚哥が不憫で。せめて番いだったらもう少し寂しく無かったであろうかと思うて。麻呂が水師にもそうさせては居まいかと」

「そうですか…我は実穂様の側付きで充分で」

「左様か?」

「はあ。実穂様程面白いお方は居りませぬので」

実穂高は鼻でふっと笑い、頭を己の片肘に委ね笑んだ目で水師を見た

「ああ、水師程面白いのは居らんな」

二人は笑った


実穂高は指先で鳥籠を突いて溜め息をついた

「そうか。鳥籠の中と思うのは麻呂自身か。麻呂は何故こうも窮屈に思うのだ。欲しいものは与えられていると思うのに、何が不満であろうな…」


水師は心中で、周りの者がことごとく物足りぬのです、と答えた


「麻呂の愚痴を聞かせていつも水師には済まぬな。鸚哥に聞かせると鸚哥は言葉覚えてしまう故、誰かに聞かれても拙いし、己が言った不満を鸚哥に何度も聞かせられるのも、甚だ不快だ。…もう鸚哥も居らぬがな」

「いえ、これも務めのうちですし、お話聞くのは楽しうございます」

また実穂高はふっと笑った

「さて…」


次はわかっている。実穂高が何を言い出すのか


実穂高は身を起こすと言った

「占いを行う。(おん)についてだ。準備手伝い頼めるか」

「賜りました」

水師は心から嬉しく、頭を下げた


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