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Narrante【契約】実穂高

Narrante ナッランテ(語るように)(伊)  音楽記号です


(さかき)が加茂家を継いで当主となったばかりの頃だった

今やすっかり安倍に押され気味になった家の存続に危惧を抱いていた。いや、存続はするだろう。だが人気は向こうに傾きつつあり、何か策を講じねばと思案していたのだ。それについて考えながら歩いていると、とある邸の裏口の戸から髪をかむろに切り揃えた童の女子(めのこ)が出て来るのに遭遇した。歳は三歳ばかりと思われた。童は榊の足音に振り返って此方を一瞥した

その童を見た時にぎょっとした。それは決して幼女にはあり得ない眼光の強さと意思のはっきりした顔つきだ。童は邸に仕えていて言い付けられたのだろう。身体には明らかに均衡の取れぬ籠を抱えている。使いだろうか。榊はこの童に興味が湧いた。普段なら何の気にも止めぬのに、声を掛けた


「童、何処へ行くのだ。使いか」

「近くの野に山菜を採りに行く」

「左様か…。麻呂が着いて行っても構わんか」

すると童は改めて振り返って、鋭い目で榊をじっと見て問う

「何故だ。汝に関係無かろう」

疑われたか…それにしても受け応えも幼女に思えぬ

「別段怪しい者では無い。麻呂は加茂榊と申す。陰陽師だ。一緒に行って麻呂も山菜を採りたし」

「汝、公家であろう。山菜を採るなど、付きの者に任せれば良かろう」

「童を見て、急に麻呂もそうしたいと思うた」

「ふうん。邪魔せぬなら構わぬぞ」


童は一歩、二歩歩いて榊を振り返る

「して、汝は陰陽師と言われたな。陰陽師とはどのような事をするのだ」

何だろう、この一端(いっぱし)の大人のような口の聞きよう。その上何故上から目線なのだ。外見との違和感を感じながらも、大人に話すような言葉をつい選ぶ

「陰陽師は皆から相談を受けて占いや病の祈祷をするのだ」

「ほう、どんな方法なのだ」

童は目を輝かす。陰陽師の仕事に興味を示すとは


榊は道々己の仕事を自慢げに話した。だがいつもと違う反応をする聞き手に戸惑い始める。他の者のようにやたらと媚びもせぬ、よいしょもせぬ。的確な質問を挟んで来る。榊が己の才を見せびらかす為に話した内容にはただ相槌打って聞き流すが、仕事の本質に関わる話となると真剣に質問を重ねて尋ねて来る。榊は冷や汗をかく。己を大きく見せ掛けるなど通用せん

「な、童、幾つなのだ」

「三つだ…数えでは四つだな」

「賢い子だと言われぬか」

「どうかな。気持ち悪いとは言われるな。一度聞いた事忘れぬから、使い言い付けるには便利だそうな」


やがて野に着き、童女は山菜と薬草を採り始めた。それもどこに目指す草が生えているのか知っているかのように。榊も薬草の知識が無い訳では無いが、童の振る舞いを見ていると勉強になった。まるで己の庭のように草を摘む様子を見て尋ねる

「童はいつも此処に採りに来るのか」

「いや、今日は汝が着いて来たから、いつもよりも近い所に来たのだ。あまり歩かせては悪いからな」


榊は観念した。この子こそ今己が悩んでいた事の解答だと信じた

「童、名は何と申す」

「我か。桜女(さくらめ)と呼ばれて居る」

「桜女、汝を霊視しても良いか」

「霊視…何を観るのだ」

「どうであろう、纏っている気とか、汝の背景だ」

すると目を光らせ、僅かに口角を上げた

「やってみてくれ」


榊は座ると眼を閉じ集中する。桜女の周りには菫のような青紫が大きく輝いて広がって観えた。こんなに大きな光を観えた人は居なかった。また、誰か男性の姿が観えた。誰か分からないが高貴な人物なのだろうと思っていると、その人物が問い掛ける声無き声がした

“陰陽師、何故(なにゆえ)この子に興味持つ”

榊は驚いた。空耳だろうかと思いそのままやり過ごすと

“何だ、驚き過ぎて声が出んか。しかと肉声で話した方が良いか”


「陰陽師、何故(なにゆえ)この子に興味持つ」

桜女の口から同じ言葉が出た。だが男の声だ

「申し訳無い、驚き過ぎ申した。童は今あの邸の童部(わらしべ)の扱いであるか」

「そうだ」

「もし麻呂が引き取って養子として我が子同様に育てたいと申したら、汝は如何思われるか」

「陰陽師の術を教えて貰えるのか」

幼女の声で童が言う。続いて直ぐに男の声で言った

「養子にして、何の魂胆だ」

「跡取り候補として、兄弟らと同様に育てる。如何であろうか」

「何の為に」

これは正直に言うた方が良かろうと榊は思った。相手が知れないから、どこまで腹を探られるか分からぬ

「我が加茂家は由緒ある家柄だが、最近安倍家の人気に押され気味である。もう少し我らの技術を上げて、加茂家を盛り立てたい。この子のように才ある者が居れば、それも夢ではあらぬと思う」

「ふむ、良いのでないか。目的は明確な方が良い」男の声

「勉強させて貰えるのだな。それは良き事だ」桜女の声

男の声が言った

「わかった。この子を引き取るならば、養育に掛かる費用については心配するな。だから知りたい事を知りたいだけ習わしてやれ。それからこの子には結ばれるべき相手が居る。養育はその者との婚姻までの間で構わぬ。後、この子は狙われる事があるやも知れぬ。その時には我も力を貸すから、守ってやってくれ。あまり変な仕事はさせるな。大事な娘なのだ」

「無論だ。して、その声の主は誰方(どなた)様であるか」

男の声は言う

「我には名が無い。強いて言うなら、ズミの木の精だ。この子が生まれた時から守る役だった。相応しい養父に巡り逢うまでな」


「わかった。約束は守ろう。大事に育てる」

それから、榊は山菜の籠を持った桜女を連れて邸に戻り、邸の主人との面会を申し入れた


邸の主人はその申し出に応じるのを最初渋ったが、金を出すと言ったら、あっさり承諾した。ズミはこの邸では少々気味悪がられて居たのだ


最後に榊が桜女の名の由来を改めて尋ねると、主人は言った

「その子は女中(おんななか)が桜の木の根元に赤児が裸で置き去りにされているのを見つけて、拾ったのです」

その女中はズミを桜と勘違いし、桜と呼んでいたのだが、それ自体は問題ではない

此処を去る前に拾った女中に会いたいと桜女が言ったので、邸内の台所を訪ねる

桜女は女中を見つけると走り寄り、山菜の籠を渡す。その顔を見るとあどけなく、歳相応の子供に見えた。事情を話すと女中は桜女を抱き締め、涙ぐんだ。離れながら桜女は女中に手を振る

女中は榊を見ると、頭を下げた

そして二人はその邸を後にした


榊は桜女を抱き上げ、歩いた。桜女が少し眠たげな様子を見せたからだ。何だかんだ言っても子供なのだな。少し安心した。先程までは驚いてばかりだったから気づかなかったが、麗しい顔立ちだ。将来求婚者に溢れそうだ。己の子は男子(をのこ)ばかりだったので、女の子供が出来た事を喜んでいる己もいた。しかしはたと気づいた。求婚者がやたらと来てはまずいのでは無いのか。結ばれるべき相手が決まっていると言われたろう…


「桜女、名前はそのままで良いのか。他の名前が欲しくは無いか」

「我は何でも構わぬ」

菫青(きんせい)はどうだ。先程霊視した時に大層愛(うつく)しい色が見えたぞ」

「うむ、わかった。綺麗な名だ」

もう目が半ば閉じそうになりながら言う

「それでは汝は今日から菫青だ。このまま寝ても良いぞ。抱いて行ってやる」


菫青はこっくり頷くと榊の肩に頭を持たせて目を閉じた



邸に帰ると、榊は菫青を使用人のうちの一番年長の嫗に任せ、寝かし付けて貰う。そして忘れぬうちにと、精霊と話した内容をすっかり思い出して書き留めた。これは恐らく契約だ。奇しきモノとの契約を疎かにしては何が祟るか判らぬ。慎重に扱わねばならぬ。先々求婚者が群らがるであろう事、陰陽師の術を習いたがっていた事を考えると、来るべき時が来るまでは男子(をのこ)として育てようと思った。血が繋がらず身分が知れぬ子故、兄弟らの手付けになる事も避けねばならぬ。



そのまま、菫青は夜通し眠っていた。環境の変化に霊的に順応する為に眠りが必要だったのだ

菫青が目を開けると、知らぬ部屋にいた

鳥の声と午前の光が差し込み、壁の凹凸を浮き立たせている。珍しいものを見るようにそれに見入った後、周りを見渡すと、隣には老いた女が並んで眠っていた。むくりと上体を起こし、ぼんやり部屋全体を感じる。部屋には充分な結界が張られているが、己を守っていた存在は気配が消え、去ったようだ


やがて隣の嫗が起き上がっている菫青の気配に気付いた

「ああ、申し訳無い。先に起きなされたか」

「気にするな。此処は何処だ」

「主人の榊様が貴女様をお連れなすった。此処は加茂当主の邸だ。昨夜ぐっすり寝てなすったから、そのまま起こさずにいたが、腹空かぬか。厠はどうだ。案内するか」

菫青はこの嫗の言葉には全く他意が無い事を感じて、にこりと笑った

「是非。厠は行っておこう。朝餉も頼む」

「榊様言うておられた通り幼いのに賢い子だな」

榊という者が守護の精霊との約束をしかと果たそうとしているのを感じて、菫青は一応安心した


朝餉がその部屋に運ばれ、今後の事を菫青に話しに榊も訪れる

菫青が望んだので、その嫗はそのまま菫青の世話役となった。榊は離れに二人の為にもう少し大きい部屋を用意すると約束し、嫗にはくれぐれも菫青が女という事を内密にするよう口止めした。そしてお古の水干を置いて行った。


兄弟の誰かの物だろう。菫青ははたはたとそれを振るったが、着物に残留している前の持ち主の思念やら何やらが臭くて、袖を通せなかった


昼餉の時間に、新しい部屋へと案内しに来た榊が提供した水干を着ていない事について言及すると、菫青は答えた

「前の持ち主はものぐさだったな。怠け虫が付いていて、重たくて適わん。新しい物を仕立ててくれはせぬだろうか」

着物を霊視したのか。成る程、養育費用。着物の新調もそれに入るのだろうな。榊は思った


榊は新しい童用の着物を仕立て、更にそれなりに品の良い文机と、墨と硯と筆を新規に用意した。注文したそれらが揃う頃、それらと同額の収入を得た。臨時の仕事を頼まれたのだ

しめた、と思った。菫青を手放した前の養父は、この子の価値と扱いを見誤ったな。それから、養育費がどこまでの範囲を含むのか色々試したが、それらは目論見通りとなった。菫青の為にと言って台所を改築した費用はそのままの金額で収入がある。菫青の為にと購入した食材を、家族が一緒に食べても収入になる。これはオイシイ話だ。


これは結婚がなるべく遅い方が良い。榊は菫青に尋ねる

「菫青、汝の結ばれるべき相手と言うのが何者なのか、知っているのか」

「知らぬ。我を守っていたものから聞いたのか」

「汝の口で話したぞ、男の声だったが」

「そうか。だが我はそのものが我の口を借りている間の覚えが無いのだ」

それから目を瞑って暫しの間の後、言った


「その者命果たし

ついなる時来たらば

月の明かり導きて

真の地へと還らん」


「何だそれは」

「その相手に関する事だ」

「相手の名前も判らぬのか」

「わからぬな」

それからまた硯の墨を筆に含むと文字をなぞる。菫青は今は読み書きを覚えるのが楽しくて仕方ないのだ。その様子は遊びに夢中になる子供と変わりなく見える


もう少し時が経って陰陽師の術を教える。予想してはいたが、覚えも良く勘所も良い。

暫く教えているうちに、こちらの理解が曖昧なところばかりを指摘したり、質問して来る。どちらが師なのかわからない。これには流石の榊も、限界を感じ始める。榊は書庫に菫青を連れて行き、書き物を選ばせた。それを読みながら、内容を一緒に解明しようと思った

菫青は書庫をあちこち物色していたが、やがて余り迷いも無く巻物を四つと閉じてある物を二つばかり選んだ

「これを読みたい」

「何だこれは…」

それは何代か前に加茂の家に居候していた女の書いた物だった。話は聞いていたが、己はそれを広げて見た事が無かった


二人はそれを持ち出し、部屋で一緒に読み始める

読み進めるうちに、それを書いた那由という女が、誰よりも的確に陰陽師の技を上手く説いているとわかった。また、その技には無駄が無かった。同じ術を使うのに己ならば三つ四つ余計な動作や手順を踏むのに、那由の技は直接目的に到達し、端的で所要時間を短くできるようだった。実際やってみると、那由の解説する手順の方が洗練されているのは明白だ


その那由という女の話は聞いた事がある。当時の加茂の当主がその美貌に惚れ込んで通った素性の知れぬ女だ。陰陽師の術を見せてくれるならばと家に住まわせる事が出来たものの、決して思い通りにはならず、妻とするには至らなかった。まあ寄客(きかく)として上手く入り込んだのだ。それでも、当主に何かあると結局那由に相談し、いつも解決策を提示されていたというが


菫青は那由の書を読むとすんなり理解出来た。時々判らぬ事があっても、文字が光って読むべき所を案内してくれるように感じた。問い掛けると答えは心象となって心に降りて来た。それで陰陽師の術と薬草に関する知識は那由という女の霊が教え、導いてくれるように感じた。


何故この童は迷い無く那由の書き物を探し出したのだろう。菫青はその書き物を手習いに、己で術を読み解いて行くようになる

謎に思う事は沢山あるが、常人では無いという事だけは理解できた。同時に先々菫青は加茂の役に立つだろうと期待も膨らむ


「菫青、大きくなったら陰陽師の仕事をするか」

「うむ。面白そうだ」


ただ一つ、この子は身体が若干弱いようだった。気候が悪い時期でも無く、病を抱えている風にも見え無いのに、時折熱病のような様子で伏せってしまう事があった。熱っぽい症状なのに、額に手を当てると其れ程でも無く、ただ荒い息を吐いてとろとろと眠るのだ。数日伏せっているが、治るとまたけろりとする。薬湯の種類を変えても効果は大差無く、これには周囲も首を傾げた



この状況に加茂の血を継ぐ兄弟は面白く無かった

何処の馬の骨か判らぬ童を突然連れて来て、我らと同等に扱うなど有り得ぬ。当然の事ながら、家族らの風当たりは厳しい。しかし当主の目に触れると大変だから、その不満を口にする者は居なかった。但し、当主の目を盗み水面下でそれと分からぬ程の微々たる虐めを行なって居た。履物が隠されて厠の裏で見つかったり、食事の膳の上に虫の死骸が乗っている事があった。これが履物が厠の下から流れる汚水に浸かっていたり、飯の上に虫が乗っていたら、それは問題になり、榊の耳に入るやも知れぬが、見過ごす事が出来る程度なら我慢した。だがそれが降り積もるうちに菫青の顔からは笑顔が消えていった

他人の心に敏感な菫青には、辛い事だった。表面には何もされて居なくても、相手が己に向ける嫉妬や妬みの感情が、身体に突き刺さった


嫗は菫青の置かれた立場を分かって居たが、相手も主人の息子であるが為に、何も進言は出来なかった。ただ、嫗は菫青の側に付いて頭や背中を撫でてくれた。そうはしても、菫青は他人に甘えるという事を知らなかったが、どんなに心強かったであろう。だが嫗も菫青が元服する前に亡くなった


やや広い部屋はそのまま菫青一人の部屋となり、菫青は其処で陰陽師の術や薬草の研究に没頭した。兄弟らの誰にも負けたく無かったし、己の興味のある事にのめり込んでいる間は他の事を忘れる事が出来た

話す相手は養父の榊だけになった。榊は相変わらず親身だったし、何でも好きな事をやらせてくれたが、将来についての期待を背負わされている事を感じた。榊は菫青が元服したら直ぐに大々的に派手に売り出す心積りだ


榊はこの頃明るさが減った菫青を見て、少し心配になった。相手となる同じ年頃の子が居ればと考えたのだ


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