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第一声

作者: 絵室 ユウキ

 いつもとは違うメイク。普段はほとんど着ない、やけに女の子らしい服に身を包んだ私は、軽やかな足取りで家を出た。

 今日は、人生で初めてのデート。一週間前、長かった片想いがようやく終わりを告げた。今は晴れて両想いだ。


 あぁ、世界はこんなにも美しいものだったのか。駅に向かういつもの道のりが、一週間前とはまるで違っている。まさに、薔薇色だ。空も風も、何もかもが私を祝福しているように思う。

 昨日作ったてるてる坊主が効果を発揮したのか、今日は見事な秋晴れだ。秋らしい、雲一つなく澄んだ空が、頭上に広がっている。


 あぁ、美しい。世界は、本当に美しい。恋って、素晴らしい。道行く人たちが皆、私を見ている。時には微笑みながら、私を見ている。私は相当嬉しそうなんだろう。そうでなければ、余程私は輝いているんだろう。思わずこんにちは、なんて、爽やかに挨拶をしたくなるくらいだ。いつもはそんなこと一切しないし、したことだってない。でも私は今までの私とは違う。

 この幸せを、みんなに分けてあげたいくらいだ。どうしたら、この幸せをみんなに伝えられるだろう。行き交う人たちが皆私くらい幸せなら、きっと世界は平和になるに違いない。でも、私の幸せは私のものでしかない。悔しいけれど、世界平和をもたらすことは出来ない。すこぶる残念だ。


 待ち合わせの時間よりも、ニ十分も早く約束の場所に着いてしまった。ちょっと、気持ちが逸り過ぎてしまったようだ。でもいいだろう。少し早くても、特に支障はない。こうして彼を待っているのも、また一興、十分楽しくて、素敵な薔薇色の時間だ。片想いならば、こんなにうきうきした気持ちではいられない。きっと、この時間を憂鬱に過ごすことしか出来ないだろう。けれど、何といっても私は今、両想いなのだ。今の私は、彼氏を待つ、彼女なのだ。

 彼氏。彼女。

 うん、素敵な響きだ。心の中で復唱するだけで、気持ちが高揚する。

 早く彼が来ればいいのに。背伸びをして、辺りを見渡す。履き慣れないパンプスのヒールのせいで、少しバランスを崩してしまう。そんな自分も、いつもとは違う。ちょっと可愛いように思える。


 彼と過ごす、素敵で楽しい一日が始まろうとしている。彼が来るのが、本当に待ち遠しい。彼は、私を何処に連れていってくれるんだろう。いや、何処だっていいや。何処に行っても、きっと楽しいに決まっている。行き慣れたファーストフード店でも、彼が一緒ならば、そこはたちまち高級イタリアンレストランに様変わりするに違いない。ただの何の変哲もないゲームセンターも、彼がいるならそこは夢の国だ。どんなアミューズメントパークにも負けないくらい、楽しい時を過ごせるに決まっている。私にたくさん夢を与えてくれて、時間を忘れて楽しく過ごせるはずだ。あぁ、楽しみだ。


 待ち合わせの時間まで、あと十分。そろそろ、彼が来てもおかしくない。私は鞄から鏡を取り出して、もう一度メイクをチェックした。おかしくないだろうか。いつもより、可愛くなっているだろうか。彼がドキドキするくらいなら、上出来なのに。髪型も、いつもと違うようにした。いつもはピンでとめている前髪も、今日は下ろして、斜めに流している。彼は気付いてくれるだろうか。私を見て、可愛いと言ってくれるだろうか。

 鏡をしまって、もう一度辺りを見渡す。駅前のこの人混みの中でも、私は一瞬で彼を見つけられる自信がある。

 その時、遠くの方に彼の姿を見つけた。やっと現れた、私だけの王子様。あぁ、今日もかっこいい。制服姿しか知らないので、普段着の彼はいつも以上にかっこよく見える。素敵過ぎませんか、王子様。

 私は、彼に気付いてもらえるように、背伸びをして大きく手を振った。彼が私に気付いてくれた。小さく手を上げて、私に答えてくれた。


 私と彼の距離は、まだ二十メートルくらいあいている。のんびりこっちに歩いてくる彼の歩調が、あまりにもどかしい。早くここまで来てくれればいいのに。私は何となく手持ちぶさたで、ふと振り返って駅の時計で時間を確認した。待ち合わせの時間の五分前。初めてのデートの待ち合わせには、最高のタイミングじゃないか。やっぱり彼は素敵だ。

 振り返って彼の姿を確認すると、彼はやけに早足で…いや、最早猛ダッシュで私の方に向かっていた。私の想いが通じたようだ。そんなに急がなくても、私は逃げたりしないのに。彼の可愛い一面を見た。

 私は最高の笑顔で、彼を出迎えた。あと五メートル。

「おい」

 彼が私に呼びかけた。会っていきなり、それはちょっとないんじゃないかと思った。けれど、大して気にはならない。

 彼が私の目をじっと見つめて、近付いてきた。私の心臓が高鳴る。いきなり抱き締められるのかもしれない、なんて馬鹿なことを考えてしまう。私の目の前に立った彼は言った。


「お前、パンツ丸見え」


 え?

 私は恐る恐るスカートの裾を確認した。パンツの中に、スカートが入り込んでいる。

 私は一気に青ざめた。






                        〔完〕


こんな体験、したことありませんか?

恥ずかしいおバカ体験。

こんな時に限って! なんてこと、誰にでも一度はありますよね。

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