第94話 領主さんのもとに来た精霊
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その日も領主さんは黙々と執務をこなしていた。領主さんは本来アクティブな方なので、畑起こしやら道普請やら。そしていつかみたいに盗賊という名の外国兵団やら有害鳥獣狩りは得意だけど、執務は苦手なようだ。
そこに変なモノが現れた。
「やあこんにちは。私は執務の精だよ」
小さな身体に美しい羽を持ちフワフワと飛ぶ変なモノだ。変ではあるが見た目は美少女だ。
「んあ?執務のせい?ああそうだな。執務のせいで俺はめっちゃ忙しいわ」
「違うよ!私は執務の精霊なんだってばよ!」
領主さん、何故か突如現れた『執務の精』と呑気に会話している。有る意味大物だなコイツ!
「執務の精霊?で?何の用だよ」
「私この前お母さんに言われてね。領主さんの力になってあげてくれって言われたの」
「お母さん?お前のお母さんって誰だよ」
「知り合いじゃないの?お母さんの名前はエセンカマヌアだよ」
「あー。あの研究者コスのエルフさんな。はいはい」
「研究者コスって酷い言い様だね。私のお母さんは間違いなく研究者だよ」
そう言いながらパタパタと領主さんの周囲を飛び回る執務の精。
「で、何の力になってくれるんだ?何か出来るのか?」
領主さんも面白くなってきたようだ。
「何も出来ないよ」
「え?」
「だーかーら。何も出来ないよ」
領主さんはえらく落胆した顔をした。
「何だよ苦手な執務回避出来ると思ったのに。エルフさんなら魔法使えるのに精霊は使えないのかよ」
「アハハごめんね~。だって精霊って神様見習いだよ?すぐには何も出来ないよ」
なーんだ……そんな顔をした領主さんは執務に戻った。
「そうだ!執務の応援歌歌ってあげるね」
そう言って躍りながら歌い出した。
「執務がんばれどんどんがんばれ~執務やっちゃえ片付けちゃえ~♪がんばれがんばれ執務業~♪」
「うるせえ!」
領主さんが手近に有った文鎮を執務の精投げつけた。ちなみに別段声や音階が綺麗な訳では無い。領主さんにとってはかなりの雑音だったのだろう。
「ウワーン!酷いよ!精霊にその態度は酷いよ!せっかくお母さんに言われて励ますように言われたのに!」
「喧しいから外でやってくれ!」
「本気で酷いよ!」
領主さんは頭をかなり捻りながらこの『何も出来ない』執務の精霊にやって貰える事を探して、やっと口から言葉が出てきた。
「魔法で執務……」
「出来ないよ」
「じゃあさ、微笑みかけてくれよ。顔立ちが可愛いから俺は嬉しいな」
「あらやだロリじゃないっすか」
割とこの執務の精、物言いが酷い。
「いやこんな親指サイズなロリ居ないだろ!」
「なるほどぺドでしたか。ふむふむ」
そう言いながら何処からかメモ帳を取り出しメモるこの精霊。やってることはかなりの煽りだ。
「何故ぺド!それよりそんな可愛い顔で笑顔を見せてくれたらめちゃくちゃ嬉しいぞ」
「そーかなー。まあそれくらいならしても良いよ」
執務の精はパタパタと移動し、インク壺のヘリに腰掛け、領主さんの執務を笑顔で応援してあげる事にしたようだ。
「頑張ってね。人間さん」
「ああ、ありがとう」
「人間さん。お母さん達凄く感謝してたよ」
「ほう?どんな所を」
「ちゃんと変な服装にツッコミ入れてくれたって」
「そこなのかよ!」
「真っ先にそこだったね。それに安心して暮らせるとも言ってたよ」
「そうか。この領地で安心して楽しく暮らして欲しいな」
「人間さん。ホントにありがとう。エルフ族を迎え入れてくれて」
「お礼は言葉だけ受け取るよ。あはは」
領主さんは先程とは違い、手を止める事はない。心地よい感覚を精霊と共有出来ているのだ。
「ところでなんで俺の所に来てみたんだ?」
「お母さんがね、精霊の力で何かしてあげて欲しいって言ってたからだよ」
「でも何も出来ないんだろ?」
「何も出来ないよ」
「でも、来てくれてありがとう。独りで頭を抱えても辛いだけだからな」
「なら来て良かったよ」
お互いニコッとしながら意思を通わす。
「お母さんが娘を一人妻にしようとも言ってたよ。私の伯父も」
「エセンカマンダル族長さんの事か」
「そうそう」
「ハハハ。それは恐れ多いよ」
何だか領主さんと執務の精霊による愉快な会話は淡々と続いている。
その執務が間もなく終わる頃、扉を叩く音がした。
「若旦那さま~。お茶をどうぞ~」
のほほん顔をメイド長さんがお茶とダンジョンで販売しているクッキーを持ってやって来た。お茶は何故か三杯用意されている。
「ああメイド長か。今ここに小さなお客さんが居てな」
「はい~。話し声が聞こえてましたので~」
「ああありがとう」
と、領主さんがインク壺に目を向けたが、そこにもう執務の精は居なかった。
「おやまあ、お客様はどちらに~?」
領主さんは苦笑いしながら答えるしか無かった。
「多分恥ずかしがりやさんなんだよ」
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