第90話 領主さんに見つかった!
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領主さんは近頃訝しんでいた。それはそうだろう。午前中にお屋敷周りで遊んでいた妹のイーナさんと婚約者のママーナ・モンダナエ子爵令嬢が、お昼を食べたら揃って何処かへ出掛け、夕方まで帰って来ないのだから。
領主さんはメイド長さんに聞いた。
「あの二人は何処に行ってるのか知らないか?」
「さあ~。分かりません~。ところで私の名前なんですが~」
「そうか知らないか。仕方ない。不味い事をしてたら敵わない。少し追いかけてみるか」
「あら~、また名乗りそびれました~。行ってらっしゃいませ~」
未だにメイド長さんはメイド長(名前は知らない)のままなようだ。なんか気の毒になってきた。名前聞いてあげてくださいよ領主さん……私は聞かないけど。
イーナさんとママーナさんは『領主館正門前』という馬車停留所に居た。周囲には同じシャツを着た子供達も居る。これは私が服の無い人に提供した物だ。貴族の子女と平民の子供達は仲良しな様子で、わいわい言いながら馬車を待っている。
この待合に領主さんは合流する訳に行かない。尾行けてる事をばらしてしまう訳にもいかないからだ。
領主さんは仕方なくそこいらで瓦版リブラ新報を買って、それで顔を隠して背を向けながら居た。
馬車の運行に金銭的な負担なんか一切無い私としては、ランドの閉園時間に最終馬車を出しさえすれば良いので、それまでは開園半刻前から20分感覚で馬車を運行している。
要するに馬車なんかすぐにやって来るのだ。イーナさん達はわいわい楽しそうにしながら馬車に乗り込んだが、領主さんがまさかそれに乗り込む訳にも行かない。領主さんは待ちぼうけを喰らう事になる。のだが、実は領主さんの館裏口に路線が違う『領主館裏口』という馬車停留所が有るのでこのような待ちぼうけを喰らわなくて済むのだ。教えてなかった。ゴメンなさい領主さん。
領主さんの行動がまた面白い。運行ダイヤを何度も確認して落胆したり困ったり、馬車停のそばでウロウロしてみたり馬車を見に道の真ん中に出てみたり、反対から来た馬車を恨めしそうに眺めたり。概ねバスを待つサラリーマンと同じ行動をしているのだ。
やぼったい顔した領主さんのイライラ顔。これはこれでなかなか見物だ。
実のところ領主さんは馬車停留所をまじまじ観察して、20分置きの運行ではあるものの、それを分かる人も、それを図れる道具もない事に対して途方にくれていたようだ。
領主さんは行き先に当たりは付けていたようだ。それはズバリダンジョンだ。
路線図の最後に有るダンジョンという停留所を見つけて『ここか。ここに違いねぇ!』とか呟いていた。まあ、大当たりなんですけどね。
領主さんはすぐにやって来た。乗り合い馬車速いからね。私が領主さんを迎えない理由なんか無い。
私がお気に入りの青にセント・アンドリュー・クロスの旗を掲げる地域の、ハイランダー装束を身にまといお出迎えだ。この鮮やかなチェック模様が素敵だよな。
領主さんがダンジョンの入場ゲートをくぐる前にはご挨拶がかなった。
「やあダンジョン卿。随分張り切ったね」
領主さんが言うのは私の装束とかではなく、ダンジョン入口前を大きく広げた『馬車ターミナル』の事だろう。
「卿だなんてそんな。まあ、乗り合い馬車の運行には必要ですから」
「素晴らしい服だな。それの作り方を教えてやってくれよ」
などとにこやかな会話の後、客室でお茶などしながら本題に入って来た。
「イーナとママーナがお邪魔してないか?」
「あはは。居ま……すよ。秘密にしておいて欲しいと言われているんですよね」
「俺に話してしまっては秘密にならないじゃないか」
「それはまあ。しかしですよ?この領内においてまさに法、まさに主である領主さんにバレてまで隠す事なんか出来ません。その秘密が我が身を滅ぼす可能性すらありますからね」
「あの子達は俺の不利になる秘密なんか持たないさ。ダンジョンさんもそうだろ?」
「まあ、そうですね」
私は練兵場に置いてあるイービルアイと水晶を連動させて様子を送る。
ママーナさんがちびっこ達に演説をしている。
「いいかヒヨッコ共、おまえ達は今力も武器も無い。だから国を、故郷を捨てて逃げ出さなければならなかったのだ!」
「まむいえすまむ」
「しかし嘆く事なんか無いのだ!その分おまえ達の伸び代は無限大だと心得よ!おまえ達の故郷を、おまえ達の国を取り戻す力を私が提供しようじゃないか」
「まむいえすまむ」
正直ママーナさんの檄は可愛らしい顔と声で、ちっとも迫力は無い。しかしそれに答える多くの子供達もこれまた可愛らしい。思わず領主さんの顔も綻ぶ。
その奥ではイーナさんが重騎兵運用の訓練をしている。
つい先日始まったお嬢様秘密学園は、あっという間に重騎兵の訓練にまで手がかかっている。
遠くではとっておきの切り札弓騎兵の訓練まで始まっている。
「なんか凄いな!」
「あー。ダンジョンカタログの練兵場なんですがね、練度が上がりやすいという特典が有るみたいなんですよ。あっという間に少年少女騎兵団が出来上がります」
領主さんは難しい顔をしていたが「ま。悪い事してる訳ではないから知らんぷりしてようかな」とか言っている。
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