第55話 無能少年の向こう側
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近頃は種蒔きから雑草取りの季節となり、子供達が集まるにも時間に差が生じている。
大人に近い子達は草むしりを手伝う為、集まるにも遅くなったり出席が出来なかったりといった具合だ。
小さな子供達については、付き添いに身体にガタが来ているお年寄りを配備すれば何の問題も無く来れる。お昼ごはんにお土産付きで送り出されるここの保育施設は人気だ。近頃は営業回りの成果も上々で子供達の預かり保育も地域が広範囲になっている。
さてそんな新しい子供達の中に、魔力も体力も無い子供が居る。子供達の遊びの輪のメインに必要な物は体力、子供達の欲しい力の中心は魔力。少年にはどちらも無い訳だ。少年の名はルーク。集落からも微妙にミソッカス呼ばわりされている男の子だ。
住まいは7開拓地。難民2世であり、この地も間もなく村としての名前が与えられる地域になる。
「他の子には魔力なり膂力がある。でもぼくには何も無い。かけっこも相撲も負けてばかりだ。何の為に居るんだろう」
ルークの嘆きを真っ先に聞いたのはおとぎ話の語り部のような賢者先生だった。
賢者先生はルークの肩に手をやり答えた。
「この世に意味の無い生など無いのだよ」
「そうは言ってもさぁ。先生」
反対の手でルークを手招きながら答えた。
「ならばおいで。君を光輝く子にしようとも」
語り部賢者がやっている事は単なる個別授業だった。言語学、算術、理科、経済、錬金術。薄く広く教えるだけだ。
一週間も経つと、ルークが得意とする学問が見えてくる。
「君はどうやら錬金術と考古学が好きなようだね。その辺の授業を頑張ってみようか」
「ホントに?でもさあ」
「周りの事なんか気にしなくて良いです。君は今自分が体力も魔力も無い事にコンプレックスを感じているかも知れません。しかし将来それが君の魅力になるのです」
そうかなぁと訝しむルークを尻目に語り部賢者先生は色々教える。ルークはその内にその道の達人になっていくではないか。
やがて体力と魔力のない考古錬金術師となり、失われた錬金術を体系化し、いくつもその技を再現した。半年後にはルーク少年を中心に、錬金術師アカデミーがダンジョン内に登場。国内の錬金術師にとっては『登竜門』となったのだ。
「おい、お前これ予測してやっていたのか?」
私は思わず自分がダンジョンカタログから出した語り部賢者に聞いてみた。
「いえ。予測なんか何も出来ません。私はただルークくんが輝けるようにしたかっただけです」
静かに微笑む語り部賢者に私はただただ参るしかなかった。
言う通りだ。子供の未来の凡てを大人が担げる訳なんか無いのだ。
本人の意志も有ろう。例えばやる気の無い子供の未来は担ぎようも無いのだ。
本人の運勢も有ろう。人間は半年後に事故や病を得て亡くなるケースも有るかも知れないのだ。
「いや、お説ごもっとも。お見それしたよ」
「お見それされる事は有りません。ただ物を教える『教育』とは養い育てること。そして愛し育むこと。それだけです」
「ほう。とある世界の教育の語源か?」
「ええ。前者はラテン語の、後者は日本語における教育の語源です」
養い育て、愛し育む。ねえ。
「なあ、私のような魔族にもそれが出来るのだろうか」
魔族という生き物は人間に対して時に過酷だ。現に元盗賊の手下どもには恐怖の限りを尽くした事もあるのだから。
「出来るかですって?」
錬金術師アカデミーで大人相手に教鞭を振るうルークくんを見やりながら語り部賢者は答えた。
「出来ない事なんか何も有りません。その内あの子は錬金術によって誰よりも速く走れるようにもなりますとも。マスターも同じです。それにこれら全てをマスターがお作りになったのですよ」
そんな語り部賢者のそばに子供達が駆け寄り、読めない字を教えて欲しいとか言いながらへばりついた。
「おやおや、では失礼」
語り部賢者が皆の先生に戻っていくその背中から鑑定の魔法をかけた。
図書館の奴とゲラゲラ笑いながら作ったこの語り部賢者だが、ここまで優秀な人物にした覚えは無い。
そうしたら何故か装備品が出るわ出るわ。
見識の指輪、先見の腕輪、技能知識の泉、付与の石板、見識の指揮棒、錬金匠の杖、挙句の果てに賢者の石までも。これらの装備品を私が渡した覚えは無い。あいつだ。図書館の奴だ。
別段悪く言うつもりは無い。かといって感謝の言葉をかける気も無い。多分図書館の奴はこっそりやって素知らぬふりをしていたいと思うからだ。
そして府に落ちた。自分より優れたモノをどうやってカタログから呼び寄せたのか。その謎が解けたのだ。
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