8.
本日も、超絶美形で着痩せするタイプのナイスバディなお姉さまであるマリさんと、お茶をしている。
うん。今日も、笑顔が素敵だ。
残念ながら出会いは今一だったが、それ以降は何故か、やたらと好意的で一時期は押せ押せムードで俺に迫ってきていた、この界隈でも一二を争うレベルでの人気を誇る女性。
年季明けまで残りあと僅かで、無理して働く必要もない、比較的に余裕のある日々を過ごしておられる、面倒見の良いお姉さま。
そんなマリさんが、病気になった訳でもないのに度々、俺を訪ねて来てくれる。
最近は、すっかり憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻して強引に迫ることも無くなり、年下の俺を弄って可愛がりながらお世話する姉的なポジションにすっぽり綺麗に収まっている、といった感がある。
そう。頼れる年上のお姉さま。大人の女性、という奴だ。
マリさんは、この妓楼でもベテラン寄りに分類される立ち位置だった筈だから、たぶん、二十代の後半、だろうか?
女性の見た目から年齢を推し量るのは難しいのだが、たぶん、合っている、と思う。
十代や二十代の前半、といった事はない、と思うのだが...。
「あら、あら。センセ、今、何か失礼なこと、考えてましたね?」
「いやいやいや、滅相もない!」
「ふぅ~ん。そうかしら?」
「ええ、ええ、勿論、ホントです、って。マリさんはいつもお綺麗だなぁ、と」
「もう、イヤだわ。そんな、無理に褒めなくても...」
ポッと、頬を染めて上目遣いで俺を見つめる、マリさん。
可愛い。
と見惚れていたら、瞳がギラリと輝く。
「...じゃあ、センセが身請けしてくれる?」
うん。肉食系、でした。
妖艶な雰囲気を醸し出し、妖しい光を湛えた瞳でジッと見つめてくる、マリさん。
そんなマリさんにロックオンされた俺は、狼狽え、盛大に腰が引けてくる。
と。スカッと一瞬で纏う空気が入れ替わり、マリさんは破顔。その笑顔の輝きが、一気に爆発。
「もう、軽い冗談じゃない」
「あはは」
「けど、そこは、前のめりで喰い付いてくるところ、でしょ?」
「そ、そう、デスネ」
「イヤだわ、センセ。流石の私も、その反応には傷付くわ」
不貞腐れた態度に、悪戯っ子のような表情を混ぜ込み、場の空気を明るく塗り替える。
ホント、良い人なんだよね。
是非とも、マリさんには幸せになって欲しい、とシミジミ思う。
けど。俺では、マリさんを一方的に頼る事となり、お互いに支え合えるような良い関係を築くには、力不足だった。
だから、まあ。現在の穏やかで良好な関係には、割と満足していたりする。
ただ、まあ。現状の俺の圧倒的な至らなさには、忸怩たる思いがあるのだが...。
年の功とか人生経験の差だとかではなく、人徳というモノだろうか。
楽しい会話と、頼れるお姉さまによる興味深いお話を聴ける時間は、あっと言う間に終わってしまう。
こんなに幸せな時間を提供してくれるマリさんに、感謝、だ。
「じゃあ、またね」
「はい。ありがとうございました」
颯爽と、振り返ることなく、シャンとした立ち居振る舞いで帰っていく、マリさん。
そんなマリさんを、俺は、深々と頭を下げて見送る。
まじで、マリさんには頭が上がらない。足を向けて寝るなど以ての外、だった。
マリさんの綺麗な後ろ姿が見えなくなるまで、俺は、お見送りをする。
暫くの余韻。
から、絶妙の間合いで、後ろに控えていたカナさんが部屋の扉を開く気配。
俺は、ゆっくりと振り返り、今日も可愛いカナさんに意図せず少し強張り気味となっているであろう笑顔を向けてから、自室へと戻るための歩みを進めるのだった。
そして。
歩きながら、先程にマリさんから齎された情報を、改めて精査する。
一つめは、昨日に思いっきり絡んできた、ケイさん。
見事な縦巻きロールの金髪と強烈な目力が宿る大きな瞳が特徴の、徹底した上から目線が印象に残る美少女さん。
あの強烈な行動は、客であるイケメンの甘い言葉に誑かされ、妊娠しかねない行為をしてしまい、後から拙いと焦っての言動、だったらしい。
あの後、ザ執事氏が収拾をはかり、結局は妊娠していなかった、と判明して一件落着したそうだ。
いやはや、取り敢えずは、良かった。
俺の拙い対人能力では残念ながら真面に捌き切れなかった訳だが、妙に切羽詰まった必死さが、気にはなっていたのだ。
微妙に心を抉る罵倒は堪えたが、結果的に解決が出来たのであれば良しとしたい。
二つめは、チョロそうな美味しい獲物だと隙を見ては俺に突撃してくる、ナツさん他の若手の女子たち。
皆さん、可愛らしくて魅力も十分にある、素敵なお嬢さん達だ。
是非とも、男を見る目を養って欲しいと切望していたのだが、先日、マリさんが教育的な指導を施してくれた、そうだ。
アリガタヤ、ありがたや。
これで当分はウロチョロする子も居なくなるでしょ、とはマリさんの談。
彼女たちに、他の良いご縁が斡旋されることを、切に願っております。
で。
三つめが、本題。カナさんの件。
本日のマリさんご来訪となった際には、偶然にも俺のお願いごと処理で一時的に不在だった、カナさん。
そんな状況を、分かっていたのか狙っていたのか、冒頭に、マリさんから美少女メイドが板についた感のあるカナさんに関する内緒話があったのだ。
マリさんは俺の部屋へと定期的に顔を出してはお茶をしていく訳だが、俺のお仕事は突発的な事態も多くて不定期の勤務なので、俺の不在時にも訪れたことがある、のだそうだ。
そして。その際に、マリさんは留守番していたカナさんと仲良しになった、らしい。
カナさんは控えめな女性なので、二人がキャピキャピと会話している姿など想像もできないが、色々と話し込んで、定番の恋バナなどもしている仲、なのだとか。
そんなマリさんからの、カナさんに関する忠告。
カナさんは俺のことを何と呼んでいるか?
その意味を、分かっているのか?
と。
カナさんから聞き出した話を、実に楽しそうに教えてくれた。
いや、もう、あれは、無理やり聞かされた、と言っても過言ではないと思う。
それはそれはもう楽しそうに、目をキラキラさせ、俺の反応など完全無視で問答無用の連射砲と化し、唯々只管に説教の如く言い聞かせられ続けたのだった。
光沢あるルビー色の髪をショートカットにした小柄でスラリとした美少女である、カナさん。
思わずカナちゃんと言ってしまいそうになる容姿と雰囲気を持つ可憐な女の子でありながら、本人曰く、俺よりも一つ年上のお姉さん。
そんな超絶に可愛らしい俺の専属メイドさんであるカナさんは、俺のことを「旦那さま」と呼ぶ。
うん。変じゃないよね、よくある話だよね?
けど。この呼称には、想像を絶する物語があったのだ、というのがマリさん流の解釈。
いや、まあ、確かに。俺とカナさんの出会いには、壮絶なものがある。
俺にとっては、ある意味で幸運な出来事ではあった。まあ、その殆どは記憶に残っていない、けど。
カナさんにとっては、それに至る経緯も、その直面した事態についても、思い出したくもない不快な過去の出来事、なのかもしれないが...。
思い返し、そう考えてしまうと、俺は、物凄く居た堪れない気分になる。
のだが、カナさんご本人は、その点について然程は気にしていない、とマリさんは言うのだ。
不幸な身の上や金銭的な理由などから、カナさんは、娼婦として商品にされかけた事はあるものの、あの時点まで未遂に終わっていた、のだそうだ。
ただ。不運なことに、何回かの未遂で終わった事態の際に妙な病気を貰ってしまったようで、俺と出会った時にはあのような境遇となっていた、と。
よって。カナさんにとって俺は、初めての相手、だった。
うん。俺とお揃い、だね!
って、すいません。調子に乗りました。ごめんなさい。深くお詫び致します。
マリさん曰く、カナさんの心情的には俺を夫と認識している、のだそうです。
けど。俺に恩があると強烈に思い込んでいるため、妻としての権利や扱いを求めようとは考えていない、のだとか...。
旦那さま、という呼称は、侍女として仕えている主という意味で使っている、と周囲に認識されている、と思う。
が。カナさんご本人の意識としては、「ご主人さま」というのは、雇用主と仕える人と夫という三つの意味合いを含めたイメージ、なのだそうです。はい。
な、何というか、その、照れるというか恥ずかしいモノですね。
そういう意味で、旦那さま、なんだ...。
そんな話を聞かされたら、カナさんの整ったご尊顔を、正面に見られない。
けど。カナさんから直に聞いた話でもないし、マリさんからは口止めされているので、これを話題にすることが出来ない。
つまりは、生殺し状態!
しかも。俺が頑張ってこの事態を打開しないと、この状態が、永遠に続く恐れあり。
ヘタレな俺には、ハードルが高すぎると思うのですよ、マリさん。
超スパルタなお姉さま、ですよね。
とほほほほ。勘弁して下さい。