5.
王都の歓楽街に君臨する、王国一の高級妓楼。
その一角にある居住区域の、一フロアを占拠し寄生するかのように居を構え。
その妓楼および系列の娼館で働くお姉さまたちと、毎日のように楽しい行為を繰り返し。
その売り上げ金の中から、毎月の報酬として一定の金額を受け取り優雅に何不自由なく暮らす。
今の俺は、そんな立ち位置を、ダラダラと維持し続けていた。
超絶美形で着痩せするタイプのナイスバディなお姉さまが、ニコリと微笑む。
「こんにちわ、センセ」
「あ、ああ。マリさん、本日はどうされましたか?」
「あら。センセは、私たちが希望すれば、いつでもお相手して下さるのでしょ?」
マリさんは、何故か、俺のことを先生と呼ぶ。
いや、まあ。確かに、結果的には治療となる行為をするので、お医者さんや薬師さんと同じく、先生という呼び方が間違いという訳ではない。
けど、何だか、こうも正面切って言われると、違和感があるというか座りが悪いのだ。
この妓楼でも一二を争う人気の女性であるマリさんは、どういう訳か、俺に対してかなり好意的だ。
俺がこの妓楼のお世話になりだした当初は、かなり胡乱な視線をまじまじと向けられていた、ように記憶しているのだが...。
まあ、高級妓楼の看板娘であるマリさんは物凄く大切に扱われているため、俺のギフトを必要とする事態に陥る可能性も低いと判断され、キチンとは紹介して貰えていなかった、という背景もあった。
けど。当然と言えば、当然だよね。今の俺は、胡散臭く見えるだろうし、お姉さま方に寄生していると言われても反論できない立ち位置だしね。
だから。一週間ほど前に、想定外の体調不良から妙な病気に罹り俺のギフトによる処置が必要だと判断されて説明を受けた際にも、マリさんは、露骨にイヤイヤ感を全身から全方位に放っていた。
俺は、内心ではメゲながらも、やはりと言うべきか、最後まで興奮を維持してキッチリと行為を完遂した訳なのだが、今でも、物凄く後味が悪かった事だけはハッキリと覚えている。
正直、あの時は、自分の分身の節操の無さと自身の持つ碌でもない感性に、絶望した。
のだが、その後のマリさんに何が起こったのか、数日後には、百八十度の方向転換がなされていたのだった。
うん。釈然としないよね。
「ねえ、ねえ、センセ。今日は特にご予定など無いのでしょ?」
「え、ええ、まあ」
「じゃあ、私のお相手を、お願いできるかしら?」
蠱惑的な微笑みを浮かべて距離を詰めてくる、妖艶な美女。
良い香りと魅惑的な感触で、俺の意識が飛びそうになる。
が。根性で何とか立て直す。
「いや、その、まずは医局の診断を受けられた方が...」
「えぇ~。別に、良いじゃありませんか」
「いや、いや、いや。医局を通しての依頼として貰えれば、マリさんの年季を短縮できるのですから」
「もう~、センセのイケずぅ」
「あ、いや、えっと...」
拗ねた表情が可愛らしい美形の女性に、思わず、見惚れてしまう。
ほんと、マリさんが大人気なのも納得だ。
だからこそ、出来るだけ早く自由の身になって欲しいと願っているのだが、俺はまた、何かを間違えたのだろうか...。
以前のマリさんに強烈な嫌悪感を向けられた後、俺は、色々と悩み考えた末に、俺のお世話係から脱却できて本当に良かったと全身で表現する慇懃無礼なザ執事氏にアポを取り、俺とお偉いさんとの間の契約内容に新たな条項を追加すべく交渉したのだ。
俺がこの妓楼でお世話になるようになってから一月以上が経過し、順調にその役割を果たして、多くの女の子のお相手をするハーレム主人公のような日々を過ごした結果、ハタと気付くと、俺は、当初の予想を遥かに超えるレベルで裕福な状態へとなっていた。
ので、強烈に焦った。
これは拙い。というか、俺の意図した状況と違う。
これでは、まるで俺は、娼婦のお姉さま方から搾取して利益を吸い上げている悪者、じゃないか。
いやいやいやいや、いや、これは無い。絶対に、何処かで、何かの計算を間違っている。
お偉いさんから出来るだけ搾り取るのは方針通りだが、お姉さま方から搾取しているように見えるのは想定外。意図した結果ではなく、俺の目論見から全く以って盛大に外れている。
マズイぞ、ヤバいぞ。まずい不味い拙い。
どうにかして、お姉さま方に利益の還元を!
くっそぉ~、俺の足りないお頭では、やっぱり、重大な落とし穴が出来てしまったか。
いや、まあ、今の契約内容を考えた頃は、まだ然程の余裕がなかったから、俺の平凡な頭脳が十分に働き機能していたとは言い難かった、のかもしれない。
とは言え。それは何の言い訳にもならない、というのが現実だ。
考えろ、考えろ、考えろ!
と、無い知恵を絞りに絞って捻出したのが、契約内容に追加した新たな条項。
俺が受け取る報酬の半分を、お姉さま方が抱える負債の返還に補充すべし、という取り決め。
当然ながら、何をどう誤魔化しているか分かったものではないお偉いさんやザ執事氏など経営側に、一任などしない。
俺自身が、行為の前にお姉さま方の抱える負債に関する記録と残高を書類で確認した上で、行為の後に今回の報酬が補填され残高が正しく減ったと記録された書類を承認する。
この一連の作業までを含めて明記した条項を、新たに追加したのだ。
うん。今度こそ、大丈夫、な筈。
大丈夫、だよね?
多少の漏れや抜け道が残るのは、仕方がない。けど、大きなポカやチョンボはない、よな?
頑張っても並の上くらいが精一杯な凡人である俺の脳ミソでは、海千山千で弱肉強食の熾烈な縄張り争いや生存競争を勝ち抜いてきたお偉いさんなど社会の支配層にいるハイレベルな頭脳を持つ人種には、とてもじゃ無いがまともに太刀打ち出来るとも思えない。ので、あちらが面白がって手加減してくれている間に、出来るだけ得られるモノはキッチリと得ておきたいところだ。
残念ながら、次があるという保証など無いし、この契約があれば大丈夫とも言い切れないのが悲しい現実だが、一時的なモノにせよ、無いよりはマシだと思いたい。
少なくとも、マリさんの負債については、この新条項が付加された契約内容が適用されていたので、完済まであと一息、となっていた筈なのだが...。
「...センセ。ねえ、センセってば!」
目の前に、盛大に拗ねて少女のようになった美女のご尊顔が、ドアップ。
「わわわわわぁ」
「もう。センセったら、また、私を放置して考え事ですか!」
「あ、いや、その」
「ぶう~」
「申し訳ない」
あはははは。また、やってしまった。
もはや俺の標準装備として知れ渡ってしまっている恐れさえ出てきた、唐突に思索へと没頭してしまう悪い癖。
いや~。ここに来る前は、ここまで酷くなかった、筈なんだけどなぁ。
「もう、センセってば。また、ですか?」
「あはははは」
「では、私のお相手をして頂く、で決定ですね!」
「えっと」
「センセに、拒否権はありません」
「...」
「さあ、さあ。あちらに部屋に行きますよ。センセ」
一瞬で妖艶な美女の顔へと戻ったマリさんに、俺はガッチリとホールドされ、半ば引き摺られるようにして、仕事場も兼ねた大きなベッドが設置されている隣の部屋へと移動するのであった。