4.
彼女の名前は、カナさん。
思わず、カナちゃんと言ってしまいそうになる、可愛らしい容姿と雰囲気を持つ女の子。なのだが、ご本人の申告によると、どうやら、俺よりも一つ年上のお姉さん、らしい。
そんな可憐な容姿を持つカナさんが、なんと、今日から、俺の専属メイドになる、という事だった。
カナさんは、俺のギフトが発覚して狂乱の数日間を過ごしたあの場末の娼館から俺とほぼ同時期に救出された後、根掘り葉掘りと徹底的に何度も何度も繰り返し聴取されはしたものの、最終的には合意の上で全寮制の技能学校のような場所に放り込まれ、キチンと衣食住を手厚く保証された状態で、一流のメイドとして独り立ちするために必要な教育と訓練を受けていた、のだそうだ。
そして、先日。晴れてその機関の厳しい基準を満たして合格をもぎ取り、高級メイドとしての職歴をスタートさせる事と相成った。
と、ザ執事氏から、淡々としたメリハリ皆無な棒読み系の説明がされ、ほぼ俺の住まいと化しているこのフロアへの配属が、告知された。
そう。美少女メイドのカナさんが、この妓楼に滞在中は、実質的に俺の専属となったのだった。
お偉いさんの立派な腰巾着であるザ執事氏が、してやったり、と言いたげなドヤ顔を暫しの間だけ極々控えめに披露し、慇懃無礼な問答無用の暇乞いを一方的にしてから退室。
この部屋には、俺とカナさんの二人きり、となった。
カナさんは、出来るメイドさんのオーラをそこはかとなく放ちつつ、部屋の中を一瞥してサクッと把握すると、スッと、部屋の隅の方へと移動し、静かに直立不動の待機姿勢をとる。
お、おぉ~。
カナさん、相当にレベルアップしているようだ。
うん、うん。眺めているだけで、惚れ惚れとしてしまう。
しかも。容姿は、俺の好みの、どストライク、だった。
ははははは。
そして。俺は、そんなカナさんをガン見してしまっていた事にハタと気付き、赤面。
思わず、ふいっと目を逸らした。
お恥ずかしい。
カナさんご本人が気付いていない筈がない、とは思うけど、見逃してくれたのか...。
思い返せば、初めてお会いした時も、我を忘れて盛大に醜態を晒し、ある意味で鬼畜な行為を強いた訳だから、今更なような気がしないでもない。
が。やはり、俺には勿体ない程のハイレベルな美少女さんを目の前にすると、ついつい挙動が不審な状態へと陥ってしまうのは、致し方がないと思う。
うん。俺って、残念な男だよね。とほほほほ。
嫌われていない、よね?
まあ、そんな余談は兎も角。カナさんについて、だ。
この世界共通の風潮なのか議論の余地は残るが、この国、というか俺の知る範囲内の地域では、カナさんのような小柄でスラリとしたタイプの美少女さんは、美人や美女といった男どもに持て囃される女性のカテゴリの中に含まれない。
現代日本人の感覚に色々と引き摺られている俺の感性が特異なのか、文明やら文化やらが進んでいると到底は言えそうにない弱肉強食の論法が我が物顔で闊歩するこの世界のレベルでは当然の帰結なのか、ボンきゅんバンで妖艶な美女が至高、とされているのだ。
つまりは、まあ、カナさんのようなタイプの美少女は、この街では重宝されない。
俺としては、競争相手が少ないのは歓迎だし嬉しい限りではあるが、一方で、釈然としないのもまた事実だ。
けど。いや~、メイドさん姿のカナさん、可愛いよねぇ。眼福、眼福、見ているだけで幸せだ。
どうしても緩んでくる頬を引き締めることの出来ない俺、なのだった。
マザコン。と、ロリコン。
どちらも、極端。本来は、道を外れた嗜好、だ。
けど、まあ、割と二択的に選択を迫られることの多い、メジャーなネタではある。
俺の個人的な嗜好としては、マザコンに起因する巨乳神話は、許容範囲の外。
特に、一部の青年向けラノベやエロい漫画にでてくる、スイカ級が二つの不自然な巨乳については、生理的に無理。あ、いや、この国の近隣では一般大衆が読めるような書物にラノベや漫画はない、けどね...。
あ、勿論、胸の大きな女性に対して他意はありません。色々と大変だとは聞いているので、悪意を抱くなど論外。日頃のご苦労と涙ぐましい努力に、唯々、頭が下がる思いです。はい。
で、話を戻して。そもそも、マザコンすなわち母親に対する異常性愛には、拒絶感しかない。
俺は、今世では母親の記憶が微かしか残っていないのだが、前世での普通だった母親との仲は良好だったこともあり、マザコンに傾倒する感覚が理解できないのだ。
一方で。ロリコンすなわち幼児性愛も、俺の感覚では倫理観に悖る唾棄すべき性癖ではある。
ただ、まあ、大人が守るべき幼児がその対象でなければ、その嗜好については、理解できなくもない、ような気がする。
というか。個人的には、合法ロリはあり、だと思っている。
そう。あくまでも合法である成人した大人の女性によるロリは、問題なし。
うん。可愛いらしい大人の女性は、愛でるべきだと思う。
ただし。幼児体形が良い、という意味ではない。というか、そのままの幼児体形を愛好するのはアウト、だと俺は思う。
つまり。
極端に大きな部位が強調されるメリハリがきいた世に言うナイスバディは行き過ぎだが、基本的にはスラリとしながらも女性的な体形、というのが理想だ。
って、何を言わせる!
じゃなくて、何を考えているんだよ、俺。
可愛すぎるメイドさんの姿にて再会となったカナさんの雄姿が目に焼き付いて、思考が浮足立っているよなぁ...。ははは、いかんあかん、遺憾だ。
「旦那さま、何かお飲み物など、如何でしょうか?」
可愛らしい声に、ハッと、正気に戻る俺。
最早ここ暫くの標準装備と化してしまっている感のある思考が迷走して呆けた無言状態の俺を、カナさんは辛抱強く見守ってくれていた、ようだった。
重ね重ね、申し訳ない。
俺は、慌てて、カナさんの顔に視点を合わせ、返事を返す。
「あ、ああ。すまない」
「...」
「えっと。温かいミルクティーを、貰えるかな?」
「承知いたしました」
カナさんは、優雅に一礼すると、流れるような所作で静かに隣室へと下がる。
そして。お茶の用意に取り掛かってくれた、ようだった。