3.
人間なんて嫌いだ。
人は、平気で嘘を吐くから。
人は群れると、異端を弾き、過酷な扱いを是として、最後には容赦なく排除するから。
同じ人だからと無条件で他人を擁護する人が、些細な差異を理由に平然と人を人と認めず、集団で徹底的に弾圧してしまうから。
弱肉強食という生物としての本能と、由来の定かでないモラルや信仰。
そう言ってしまって良いのかどうか甚だ自信はないが、相反する二つの思念の間で揺れ動くのが人である、と思うようになった。
うん。今世の俺は、なかなかに、過酷な人生を送っていると思う。
紆余曲折あって現在お世話になっている妓楼の経営者でもある得体のしれない紳士なお偉いさんから、諸々の契約を締結するに際して窓口担当として紹介されていた見た目も態度もザ執事といった感のある御仁に、この歓楽街と隣接する貧民街っぽい場所で出会った少女たちについて相談すると、何故だか、お偉いさんご本人が直々に俺の話を聞きに来た。
そこで。
海千山千の喰えない圧倒的な格の差がある相手に誤魔化しても無駄だと開き直りつつも、俺が抱える葛藤については敢えて触れず、事情と俺の考えと希望を訥々と語ってみた。
この歓楽街の外れにある貧民街と隣接した界隈で、俺が見てきたこと。
劣悪な境遇に陥っていた立ちんぼと言われている女性たちを救済したい、と思ったこと。
などなど、を正直に。
だが、あまりにも不潔で見た目が悲惨なせいか萎えてしまって行為に至れなかった。
ので、風呂に入れ清潔にし身なりを整えてから相手をしてはどうか、とも考えたのだが、何か良い手はないだろうか?
と、お偉いさんにド真ん中の直球勝負で尋ねてみた。
すると。
お偉いさんは、パッと見は楽しげな感じの表情をして興味深そうに少し考え込み、ザ執事氏に矢継ぎ早に何やらいくつかの指示を出した。
そして、どこかに行って戻ってきたザ執事氏からの報告を受けると、更に二つ三つと指示を出し、この後は彼の指示に従うように、と言ってアッサリと帰って行ってしまったのだった。
歓楽街に程近い貧民街の中でも比較的に治安のよい場所にある風呂付きの一軒家と、女性の世話をする家政婦さん的な人たち十数名。
それが、見ため紳士で妙な貫禄のあるお偉いさんが手配をしてくれたモノ、だった。
そこで、俺は、せっせと励んだ。
のだが...。
俺の思惑通りとなったのは、結果的に、その一部に限定される事態と相成った。
本当に、こちらから申し出ておきながら申し訳なかったのだが、俺にはお相手をするのが生理的に無理なカテゴリもある、と改めて明確になったのだ。
つまり、俺は、オールラウンダーの全方位型エロ人間ではない、と証明されたのだった。
満たされて、恵まれた境遇にも慣れ、嗜好も身体も贅沢になってしまったのか?
まあ、勿論、俺の体力的な問題もあった、とは思うが...。
そんな結果も想定内であったのか、俺のギフトによる回復を果たせなかった方々には、完全復活まで長い道のりとはなってしまうが、この世界での庶民にとって一般的なレベルの治療を受けられるように手配がされていた。
また。俺との行為の結果として健康体へと戻った女の子たちには、お偉いさん経営の健全な宿屋や飲食店などで住み込みの下働きなど、これからは春を売らなくても生計を立てていけるような仕事が斡旋された。
俺の心情まで汲まれた、至れり尽くせりな対応だった。脱帽、だ。
元から認識はあったお偉いさんと俺との格の違いをまざまざと見せつけられ、如何に俺の今の立場が脆い土台の上に成り立っているかを際立たせる結果となった。
が、これもまた最初から分かっていた事実ではあるので、偽善的な行いでしかないのかもしれないが、得られた結果を以って良しとする。
うん。これで、取り敢えずは、良かったのだ。と、思い込むことにした。
今回のちょっとした騒動もそうなのだが、俺の行為による女の子の救済については、色々と思う処がある。
心身共に傷付き疲弊している女性に、追い打ちを掛けるように行為の相手を求め、身体だけ回復させる。
果たして、これが正しい行いなのか、悩ましい。
局所をいきり立たせ、行為中は興奮を維持し、最後には中で果てる。
そんな事を繰り返している訳だから、行為そのものを俺が楽しんでいないと言うには無理がある。
いや、相手に選り好みをしてしまっている時点で、アウトだろう。
ただ。ある意味で偽善であるのは確かだが、かと言って、そのまま放置し見なかった事にするのが正解だとは思わないし、正直なところ、今の俺にそれ以外の何かが出来るとも思えない。いや、思い付けないのだ。
自身の快楽を得るため、あれこれ理屈を付けて足掻いている。
今の俺は、傍から見れば、そんな風に見えるのかもしれない。
いや、たぶん、視野や観点が異なる世界で生きているお偉いさんのような人種には、そう見えていて、俺の悪あがきも興味深く観察されているのではないか、と最近は思うようになってきた。
とは言え。目の前で悲惨な目にあっている女の子たちを、放ってはおけないのだ。
下心と性欲を満たす誘惑に流されてないと言えないのは大変遺憾だが、それでも、何とかしてあげたいという思いに嘘偽りはない。
そう、その筈、だ。たぶん。いや、絶対に。
こんなギフトなど欲しくなかった、とは思わない。
けど、貧困から抜け出せたと思ったら、今度はこんな訳の分からん悩みを抱える事になるとは、つくづく、この世は理不尽だと思う。
はてさて、俺は、この先、どうすれば良いのだろうか...。
と。ある意味で贅沢とも言える悩みを抱え悶々としていた俺の前に、突然、彼女が現れた。
「旦那さま、お久しぶりです」
「...」
「これから、よろしくお願い致します」
光沢あるルビーのような深紅の艶々サラサラな髪を、肩の上でパッツンと綺麗に切り揃えショートカットにした、小柄でスラリとした女の子。
そう、俺の初めての女性である彼女が、メイドさん姿の美少女となって、今、再び俺の前へと登場したのだった。
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