2.
ギフトという奇跡の力を与えるとされる神を、信仰する王国。
その王国の中でも、富と権力が集中する街である王都。
そして。そんな街の賑やかな中心部からは少し外れた場所に位置する、歓楽街。
歴史はそこそこあるが広大でも強国でもない、そんな中途半端な国家の王都に相応の、大都会という程ではなく長閑と言えなくもない都市にある色街に、俺はその身を置いていた。
規模としては然程は大きくないものの猥雑感は控えめで、治安は悪くもなく、風紀の乱れも割と少なめで落ち着いた佇まいを誇る、街並み。
その中でも一際に目立ち、絢爛豪華でありながらも風格と威厳を醸し出しつつ周囲に威容を誇る、王国一の高級妓楼。
それが、今現在の俺を滞在させ養ってくれている場所、だった。
今までの今世での俺の人生は、いったい何だったのだろうか?
思わず、そう考え込んでしまう時がある程度には、安穏とした静かな時間がゆっくりと流れ、はや数十日が経っていた。
俺は今、発覚した自身のギフトのお陰で、優雅な日々を過ごしている。
行為をなした後の、気怠い空気と甘い熱気の残滓が立ち込める部屋。
少し前の俺であれば絶対にお目にかかる事など出来なかったであろう蠱惑的な美女が、目の前で身嗜みを整えている。
そんな様子を、俺は、ボンヤリと眺めていた。
行為におよび最後には中で果てているので、決して興奮していなかった訳では無い。のだが、絶世の美女である高級娼婦のお姉さまに骨抜きにされている、といった感覚は皆無だった。
う~ん、何だろ。お仕事をやり遂げた感?
いや、いや。プロのお姉さまに、そんなこと言ったら怒られる。
けど、なんだろう、この感じは...。
むむむ。少なくとも、頭の中がピンク色一色に染まった感じではない、のは確かだ。
相手は日替わりで、特定のお気に入りだけを集めた楽園という訳ではないけど、ある意味でハーレムを築くという男の願望をほぼ実現してしまっている、俺。
ではあるが、色ボケして、おめでたい気分でホンワカと日々を過ごす、といった心境とは程遠いのは、何故だろう?
などなどと、埒もないことをホケッと考えているうちに、本日のお相手であった美女さんの身支度が終わったようだった。
居住まいを正し、奇麗な姿勢で一礼する、ナイスバディなお姉さま。
俺は、軽く目礼し、少し姿勢を正してから口を開く。
「体調は、如何ですか?」
「ありがとうございます。お陰様で、すっきり致しました」
「そうですか、それは良かった」
不埒な視線にならないよう気を付けながら、彼女の薄衣で覆われた身体を上から下までザッと眺め、何らかの違和感がないかどうかを確認する。
が、残念ながら俺は医者ではないので、見たからといって何か分かる訳でもない。
ただ、彼女の纏う雰囲気が若干は軽く明るい感じになった、ような気もしたので、これで良しとしよう。
けども。何となく、だが。何かの違和感を感じた。
何だろう。
今の俺は無意識に、少し良いことをした、と思い込もうとしていた。
夫婦や恋人でもない赤の他人である俺が相手の感情を考慮することなく行為に及ぶ、というシチュエーションに罪悪感を覚えつつも、名目としては相手の体調不良の回復を目的としての行い、という一点を免罪符として...。
今から少し前に、自身の置かれた状況と期待されている役割を把握し、色々と考え、この高級妓楼の経営者であるお偉いさんとも協議し、大まかな条件を詰めて書面での契約を締結した。
費用は雇用する娼館や妓楼が負担するものとし、娼婦の回復後には同じ状況が再発することの無いよう対処すること、と。
俺なりに、決して強者とは言えない立場であると自覚した上で、引き出せる限りの好条件を得ようと冷や汗を掻きながらも薄氷の交渉を経た上で獲得した成果、だった。
けど。何か、もっと大事なことを見落としている、ような気がしてきた。
やはり、俺程度の頭脳では、様々な事情を抱えている相手に不都合がないような策を見極めるのは、無理だったのだろうか...。
いや、いや。諦めたら負け、だ。
まだまだ、多少であれば、方向転換や修正はできる筈。
「あ、あの」
「...はい。何かございますでしょうか?」
「いや、その」
「...」
「すいません。少し、お話を聞かせて頂いても、良いだろうか?」
「...はい。本日は一日休養を頂いているので、時間はございます」
「では、申し訳ないのですが、少し、私にお付き合いください」
「はい、承知いたしました」
一瞬、怪訝な表情を浮かべた美女が、蠱惑的な微笑みをゆったりと湛える。
そして。
それを確認した俺は、隣の応接間的な部屋へと、笑顔で奇麗なお姉さまを案内するのだった。
和やかに取り留めもない会話とお茶を暫く楽しんだ後、特には何も得るモノなく、極上の美女であるお姉さまとの逢瀬は終了し、お別れした。
つまりは、結果的に、俺の違和感の元は分からず仕舞いで終わってしまった。
何だろう、か。まだ、モヤモヤするなぁ...。
そのまま、俺は、応接セットのソファーに深々と腰掛け、ホケっと思索に耽る。
この世の強者の生態についての、思考を巡らせる。
立派な体格と高い地位を持ち、今は多少の落ち着きを得てはいるがワイルドな雰囲気を色濃く漂わせる、そんな体育会系から大成した立派な立場の大人は、大抵、若い頃にはヤンチャをした、と軽く言い放つものだ。
が。その若気の至りと笑って語られるような過去にあった出来事の裏では、以前の俺のような取るに足らないとされる立場にある弱者たちが強制的に多大な犠牲を払わされている、ものだ。
リア充イケメン、爆ぜろ。
飲酒しホロ酔い気分になれば、真顔となって棒読みでボソリ、と零してしまえる自信があるぞ、俺は。はっはっはっはは。
うん。勿論、俺の独断と偏見、だ。
けど、凡そ間違いのない事実、だと思うよ。
彼らが全く努力をしていないなどとは言わないが、やれば必ず成果が得られる恵まれた素質や立場を持つ者どもに、努力は報われず挫折と失意を繰り返しながらも日々の生活に追われ続けるその他大勢の弱者たちと分かり合える日が来ることは無い。
まあ、そもそも、理解し合いたいとすら思っていない、だろうけどね。
ただ、巧く使い熟すため、その表面的な反応や行動パターンの把握を試みることはあるだろうが...。
この妓楼など経営するお偉いさんも、間違いなく、その同類。
というか、より一層に後ろ暗いところがテンコ盛りの満載、なのは疑いの余地などない。
当然ながら、助けて貰った点については物凄く感謝しているし、その恩返しはキチンとする心づもりではあるが、心酔して全面的に信用し仕える気など全くなかった。
況してや、俺がその劣化系の同類になるなど論外だと考えているし、己が身の程はしっかりと弁えている、つもりだ。
そして。現在の俺の一見すると優雅な立ち位置が、砂上の楼閣であり自身の実力に基づくモノではない、と痛いほど理解している。
だから。
支配者階級で君臨するリア充イケメンたちと同じようなことを、少しばかり恵まれた状況を得ている俺が仕出かしてしまってないか?
と、何度も何度も、自問自答を繰り返しているのだが...。
などなど、と。
ぽぉ~と考え込みながら、夢遊病者の如くふらりと街中へと散歩にでてしまった俺は、いつの間にやら、見慣れぬ初めて歩く場所へと来てしまっていた。
賑やかな夜の街に隣接するが少し離れた場所、王都の貧民街とも言われる地域の外れへと、俺は、足を踏み入れていた。
裏寂れた、廃屋と見間違うほどに薄汚れた粗末な家屋が並ぶ、裏通りの細い路地。
ふと視界に入ったそんな場所に、十数名の立ちんぼとも言われている春を売る女性たちが、居た。
気怠げに、少し明るが寂れた表通りを歩いて通りかかる男たちに声を掛け、投げやりな態度で誘っている女性たち。
痩せて不健康そうな体に、貧相な襤褸と見間違うような薄衣を纏い、中年からそれ以上の年齢にも見える容姿の...。
そんな中に、一人。どう見ても成人前に見える、ガリガリに痩せた女の子が俺の目を引いた。
汚れていて艶はないがルビーのように赤い髪をした、数十日前に初めて相手をしてくれた彼女とよく似た背格好の女の子に、俺の目が釘付けとなる。
ふらふらと、引き寄せられたかのように近付いて行き、その前にボンヤリと立つ。
けど。明らかに、彼女ではない、と直ぐに気付く。
あれれ、何で見間違えたりしたのだろう。
そもそも、彼女は、少し前に普通の仕事を得て今は堅気に暮らしている、と聞いているので、このような場所で春を売っている筈がない、のだ。
数舜ほど硬直して妙な間を作ってしまった俺は、直ぐ様、正気に戻ってから咄嗟の判断を下し、目の前の女の子に話し掛ける。
「歳は?」
思わず尋ねてしまった。けど、俺。いったい、何がしたいんだ?
あはははは。はぁ。
本人の申告は、ぎりぎり成人している年齢だったが、外見はまだまだ親の庇護下にあってもおかしくない年頃に見える。
そして。
改めて冷静に周囲にも視線を向けた俺は、その子の周囲にはポツポツと、同じような年頃に見える女の子たちが数名ほど居ることに、今更ながら気付いたのだった。