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12.

 カナさん、どうしているかなぁ。


 ここ数日で既に定番と化した感のある、意識が朦朧とした状態でのフワフワした思索に(ふけ)る、俺。

 現実逃避の一環として過去の幸せな記憶を丁寧に掘り返しつつ、未練というか心残りとなっている事案へと思考を飛ばす。




 マリさんを見送り、後始末に見落としがないかのチェックを終え、カナさんと約束した合流場所へと向かうべく服装を目立たない物へと改めよう、としていた最中に、押し入って来た賊の集団と鉢合わせしてしまった。


 うん、惜しい。あと一歩で、無事にトンズラできたのに。

 けど、まあ、見つかってしまったものは、仕方がない。


 しかも、その時の俺の服装が、大変よろしくなかった。

 というか、確実にアウト、だよね、これ。

 間違いなく、吊し上げの対象となること請け合いの状況、だよね?


 といった感じで、ある意味では冷静沈着な思考を経てから、俺は、時間稼ぎに徹することを決意した。


 頭の悪そうな筋肉ダルマたちに連行され、質の良くない感じの暴漢たちを大量に率いた性格が悪そうな下っ端の武官っぽく見えなくもない残念な人物と、ご対面。

 怒涛の勢いで踏み込んで来てみたが綺麗なお姉さま方は一人として居らず、華美な格好をした使用人の一人すらも見当たらない。そんな、想定外で閑散とした様相にブチ切れ状態となっていた、自意識が過剰な三流の下っ端のような、雑魚キャラ。だけど、この場の指揮官さま。

 そんな見事なまでに当て馬役に嵌ってしまった哀れで本当に残念な御仁を、俺は、盛大に煽った。それはもう、遠慮なく、徹底的に。


 まあ、ブチ切れるよね。はっははっはは。


 いや~、俺、頑張った。

 マリさん達が無事に逃げ切るための時間を稼ぎつつ、カナさんが痺れを切らせて此方に戻ってくる前に場所を変えさせる、という絶妙でベストな状況を実現するために。


 適度に浪費する時間を計りながらも、速やかな報連相のため奴らがその上位者の元へと遅滞なく帰還するよう、細心の注意を払った精一杯の策略という名の小細工を執行した。

 ボコボコにされながらも、意識は決して失わず、俺が最優先とすべき使命を忘れぬよう、歯を食いしばって必死に耐え続けた。


 そんな涙ぐましい努力の甲斐もあり、腹いせに俺への八つ当たりを敢行して多少の留飲を下げた三下現場責任者さまご一行に引き摺られた俺は、どこぞの敵拠点らしき建物に連行された。のとほぼ同時に、俺の記憶はプッツリと綺麗に途絶えている。

 拷問紛いの乱暴な尋問を受け、只管に敵の興味を俺の雇用主であったお偉いさんへと誘導する。

 微かに、そんなイベントを完遂した記憶が残っている、ような気がしないでもないのだが、白昼夢だったかもしれない。


 と、まあ、兎に角。何やかやあった後、なんとか正気が戻ってきた頃には既に、俺は、ガタガタの田舎道を何処ぞへと向かうボロボロの荷馬車の搭載物の一部となり果て、荷台の上に平積みされていた。




 全くもって思い通りに動かないガタガタな身体(からだ)を、(なだ)(すか)して機嫌を取りつつ稼働確認をしながら、こっそりと隠れて可能な限りの速やかな回復を図る。

 と同時に、荷馬車の揺れや衝撃を上手く利用しながら、それとなく荷馬車の端の方へとジリジリと移動していく。

 そうやって俺は、いつでも機会があれば逃亡できる、といった位置取りと姿勢を、維持し続けていた。


 ...うん、まあ、嘘ではない、よね。


 本人の心構えとしては、全く以ってその通りだし、現在進行形という意味であれば、間違いと言えなくもない。

 ただ、まあ。実際には、少し前までは殆どの時間帯で気を失っていたし、意識の朦朧とした状態が長らく続いていたので、常にと言うには些か無理がある、というだけだが...。


 常時とまでは言えないが、可能な限り、そうあろうと努めていた。


 うん。その一点については、虚偽など一切ない。

 周囲に気付かれぬよう慎重に、俺に可能な最大限の注意力を動員し、周囲の様子を伺っていた。

 そう言ってしまっても、全く何の問題もない、と思う。


 と、まあ。斯様に、満身創痍ながらも割と頑張っている俺だったが、現時点までは、残念ながら脱出に適しているとは言えない状況が続いていた。


 で。現在位置は、たぶん、旧王都から馬車で十数日ほど移動した辺り。元王国と隣国との国境に近い地方のどこか、を移動中だと思われる。

 寝たフリしながら耳をそばだて収集した各種の会話などから類推した結果、そんな感じの結論に至っている。

 いや~、大変に遺憾なことに、俺は、王国の地理や周辺国家の状況について、あまり詳しくない。ので、無警戒に交わされている周囲の会話が耳に入ってきても正確なところがよく分からない、のだ。とほほほほ。


 とは言え。今の俺が、十把一絡(じっぱひとから)げの扱いで、占領地から本国に送り付ける罪人の山の一端として無造作に荷馬車へ放り込まれた大して重要でもない人物、という扱いで監視が緩い状態となっているのは、好都合だった。


 俺は、元々は平凡な貧しい平民の一人でしかなく、王国に忠誠を誓いその恩恵を享受していた訳でも無かったので、急いで王都に戻ることに拘る必要などない。

 何処でも良いから、取り敢えず、ある程度の規模がある街中にでも潜み一旦は埋もれ、ゆっくりと再起を図れば良いだけだ。


 そんな感じで、開き直ることが出来ているのは、僥倖(ぎょうこう)だった。


 ギフト発覚の直後にも一度体験している、怒涛の勢いで押し寄せてくる悪夢のような出来事との遭遇も、二度目だと耐性ができるのか、然程は堪えていない俺がいた。

 けど、まあ。前回と同様に、悪夢の直中(ただなか)にいた真っ最中の記憶は殆ど残っていなかったりするのだが...。


 期間限定の幸運に恵まれて得た分不相応な好待遇が剥がれ落ち、元の境遇に戻っただけ。

 だけど、まあ、ギフトに目覚め、その効能と特性を(つぶさ)に知ることが出来たのは、アドバンテージ。

 その対価として払ったハンデが、現状のボコボコにされた身体の状態、になるのかな?


 このギフトを得ることと引き換えに払った犠牲が、今回に加えて最初に遭遇した悪夢な経験も勘定に入れるとなると...う~ん、釣り合ってない、かも。

 いやいや。色々と得られた知識もメリットに加えれば、五分五分までいける、のか?


 知識や教養は、大きな武器である。

 けど、物理の力押しには、あっさり負ける。

 そう。問答無用で襲い来る暴力には、(かな)わない。


 この世界は、と断言できる程に多くを知っている訳ではないが、少なくとも、旧の王国内では、知識や教養を活かす為には自身の武力か相応の権力で裏打ちされた一定レベルの地位が必要だった。


 という訳で。う~ん、俺が得た知識の価値は未知数。

 つまりは、やっぱり、損得勘定は微妙、という結論になってしまうかなぁ。


 骨折り損の草臥れ儲け、という落ちだけは、勘弁して欲しい。

 せめて、カナさん達が、無事で元気に楽しく暮らせていけるのであれば、良いのだけれど...。




 俺とその他大勢の侵略者側に小悪党と認定されて心も体も圧し折られた男たちを荷台に満載した馬車が、当初の予定より遅れるも、あと少しで、随行する小役人(?)どもが宿泊する予定の町へと到着するようだった。


 辺りは真っ暗で、街道の周りは森に囲まれ、月明かりも薄暗く、夜間の移動を想定されていなかった一行の手元には少しの明かりしか持ち合わせがない。

 つまりは、今、馬車から何かがポロリと落ちても、たぶん、気付かれる事はない状況。


 監視の目はないも同然、と言えるだろう。


 うん、チャンス到来。

 このタイミングを逃すと、次は無い、かもしれない。

 体調は...まあ、全く以って良くはないけど、短時間であれば動けない訳でもない。

 というか、贅沢を言えるような立場ではないし、この先で劇的に改善する見込みがあるとも思えない境遇だ。

 だから。ここは、俺が持っているであろう残り全ての幸運に全掛けする気概でチャレンジする、べきだよね?


 さあ、俺。れっつら、ゴー。


 俺は、思い切って、馬車の荷台から下へと静かにダイブ。


 想像以上の衝撃と目から星が飛ぶ程の強烈な痛みに、悶絶。

 歯を喰いしばり目を見開いて間髪入れず猛スピードで迫りくる馬車の車輪を、回避。

 休む間もなく進行方向に立ち塞がる大木の幹を朦朧としながらも避け、目前に現れた低木の藪の中へと、突撃。


 全身を襲う五寸釘でメッタ突きにされたかのような激痛を無視し、ゴロゴロと無様な前転も織り交ぜながら唯々只管に前進する。


 街道から離れ、真っ暗な森の中をヨロヨロとひた走り、無我夢中で前へ前へと突き進む。


 そして。

 そんな苦痛に塗れて意識も定かでない状態での逃避行が、無限とも思える程に長々と続いた後、俺の目の前の景色が突然、開けた。


 どこかの村外れらしき場所に、ポツリと存在する物置小屋っぽい崩れかけの建物。


 そんな光景を目にした俺は、よろよろと歩み寄り、半開きとなっていた扉に全体重をかけて押し開き、その小屋の中へとズリズリと入り込み、ポテッと倒れ込んで、そのまま気を失ったのだった。


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