表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

11.

 王都が、陥落した。


 王国は滅亡した、らしい。


 この国は、ただ単に、王国、と言われることが多い。のだが、いくつか近隣にもある他の王国と区別するため、(いにしえ)の王国、と自称する程度には長い歴史を誇る。

 また、初代国王と同じ一族の名を冠する正式名称もあったりするのだが、一般庶民の間では全く馴染みが無いため単なる王国で通っていたりする。


 そんな、この近辺でも古株である王国が、他国に征服されてしまった、らしい。


 誠に遺憾ながら、末端の一国民であり単なる平民でしかない俺には、国政に関わる伝手など皆無であり、非公式な裏情報など確認のしようも無いので、詳しい状況は全く何も分からない。

 が。冷静になって王都の様子を(つぶさ)に観察してみれば、どうやらガセ情報(ネタ)でも無さそうだ、と嫌でも分かってしまうのが厳しい現実だった。


 王都を取り囲む城壁にいくつか設けられた主要街道へと続く巨大な門がある辺りを中心として、広範囲に渡ってモクモクと立ち昇る黒い煙。

 王城の彼方此方から、消えることなく盛大に上がり続けている多数の真っ赤な火の手。


 どう考えても、この状況で、この国の中枢部が無事であると思えない。


 しかも。頭脳明晰で機転が利いて巨万の富を稼ぎ国政にもガッツリ喰い込んでいる筈の、あのお偉いさんは、現在の居場所が不明。

 常にお偉いさんの有能な手足として各所で暗躍しているらしいザ執事氏の方も、その姿が何処にも見当たらない。

 更に。気を付けて見てみれば、それなりの頻度で現れるお偉いさんの権威を笠に着て態度がデカい傍迷惑な上流階級っぽいオッサンたちの姿も、綺麗さっぱり消え失せている。


 うん。沈没する船からは真っ先に鼠が脱出する、とは聞いていたけど、あれは真実なのかもしれないね。

 いや~、見事に、変なところで目端の利く保身能力が高い人たちは、率先してイの一番に逃げ出したみたいだ。凄いよね~。


 などと、感心している場合ではなかった。

 過去に読んだ様々な物語の中で起きている各種の典型的なパターンの悲しい出来事を色々と思い返してみるに、ここは明らかに危険、だった。


 賑やかな街中にありながら、何かあれば風紀が乱れ易く、多くの富と非力な綺麗どころが然程は広くない範囲内に、身を寄せ合うかのように集まっている王都の一地区。

 そんな歓楽街のド真ん中にあり、その見ためも豪華絢爛で煌びやかな、日常の庶民からは高嶺の花と羨望の眼差しで見られることの多い、強烈に人の目を引く豪奢な建物。

 そんな、ここのように高級な妓楼など、侵略に伴う略奪や暴動が起こった際には真っ先にその標的となり得る、極めて危険な場所の一つだ。


 更に言えば、そんな高級妓楼に在籍する女性たちは、色々な意味でターゲットとされ付け狙われる恐れが大いにある。

 つまりは。お姉さま方がこのまま此処に居ては、間違いなく危険な目に合ってしまう、という事だった。


 そして。いち早く見事な撤退を見せている、この妓楼などなど経営するお偉いさん達の行動が、より一層の凶悪な事態を想起させる。


 かなり早い時点での、何の迷いもなく未練の欠片も見せない、すぐさま持ち出せる最大限の物品と財産のみを所持しての遁走。

 多くの情報を持ち、冷静に俯瞰して状況を分析でき、それなりに高性能で明晰な頭脳を持ちつつ相当に欲深い人種である筈のお偉いさんが、何の躊躇いもなく多くのモノを切り捨ててまで逃走を最優先とした。

 うん。これは、もう、間違いなく、捕まると相当にヤバいと判断しての逃避行だ、と流石に俺でも思い至る。


 不味いよ、拙い。どうしよう。

 っていうか、俺に、何が出来るんだ?


 いやいや、このままでは、ここが悲惨な事態に陥るのは間違いない、のだ。

 誰か、腹を括って責任を取れる者が早急にアクションを起こさないと、手遅れになる。


 で。誰かって、誰?


 うん、俺しか居ないよね!


 使用人さんや女の子たちに対して持つ権限を使って指示を出し、何かあれば責任を押し付けられると周囲に思わせられる人物、って俺しか残っていなかった。

 そう。他のめぼしい人たちは全員、既に何処かに行ってしまっていて、もはや後の祭り状態。


 なははは、はぁ。頑張れ、俺。

 どうすれば、出来るだけ多くの人たちを無事に避難させられるか、考えろ!


 よし、こうしよう。

 うん、決めた。


 矢面に立って指示を出すのは、俺。

 お姉さま方の説得や具体的な行動の吟味や提案は、マリさん。

 外部との連絡や裏に回っての交渉や調整の指揮と実働は、カナさん。


 もの凄く申し訳なくて大変遺憾だけど、それ以外に良い手が全く思い浮かばない。

 もう、兎にも角にも、頭を下げて真摯にお願いする。これしか俺に出来ることは、無いよね。


 俺は、後ろへと振り向き、静かに控えるカナさんの瞳を、ジッと見詰める。


「カナさん、ごめん。少しお願いしたいことが...」

「はい、お任せください」


 カナさんは、天使だった。

 上手く説明することも、具体的な証拠や根拠を示すことも、何もかも碌に熟せていない俺に全幅の信頼をおいて話を聞いてくれる。


 そして。

 静かに俺の話を聞き終えると綺麗な姿勢で一礼したカナさんが、踵を返す。

 俺のお願いを叶えるべく足早に去っていくカナさんの後ろ姿を、俺は、ただ静かに見送った。




 カナさんと入れ違いとなって俺の元へと駆け付けてくれたマリさんと、慌ただしく打合せ。


 マリさんの指示を受け、マリさん付きの見習いさんや使用人さんが妓楼内の各所に散る。

 続々と集まってくるお姉さまやお嬢ちゃんやメイドさん達が、マリさんを中心に断続的な喧々諤々の激論と意見交換を経ては続々と別室へと移っていく。

 そんな様子を横目に見つつ、俺は、マリさんが信頼できると教えてくれた用心棒や男性使用人たちを斥候と偽装準備の対応へと自身の直感に従って割り振りながら、次々と具体的な指示を出していく。

 一時的に戻ってきたカナさんから状況を聞き、俺が急ぎ認めた書状と共に追加の金品を大量に託し、俺の隠し財産の保管場所と取り出し方も正確に伝え、カナさんの為に用意した武器や防具なども無理やりに押し付けて、断腸の思いで再びカナさんを街中へと送り出した。


 マリさんが最後の女の子と一緒に別室へ移動し、俺が全ての手配を終える。と、辺りは静寂に包まれた。

 俺は、ホッと一息つき、自室のソファーに深々と座り込み凭れ掛かるのだった。


 一部の人たちは、独力での一時避難を選択し、既にこの歓楽街から脱出済み。

 残りの女の子たちと護衛役を割り振られた男たちは、いくつかの小集団に分かれ、準備が出来次第ひっそりと出発をし始めた頃合い、だろうか...。


 真新しい使用人の衣装に着替え、髪をコンパクトに纏め、フード付きの地味な外套を被って、マリさんが戻ってきた。


 品の良さと女性的な魅力が隠し切れていないのは如何ともし難いが、これ以上は贅沢も言ってられない、と割り切ることにする。

 そもそもが、お忍びでの街歩きや近距離旅行など想定して俺がコッソリ確保していた隠し装備なので、暴徒と化した襲撃者からの逃避行での活用など想定外なのだ。

 というか、偶然にも別目的で緊急時に役立つ衣装と装備を確保していた俺の先見性(?)に拍手、だよね。はははははは。

 

「センセ。行きましょう」

「あ~」


 キリリ、と見える筈の真面目な表情を取り繕い、凛々しいマリさんの顔を見る。


「俺は、もう暫く、ここに残るよ」

「えっ...で、でも」

「最善は尽くしたけど、移動の途中のトラブルとか、受け入れ先の手違いとか、万が一の備えは必要だからね」


 眉間に皺を寄せ、考え込むマリさん。

 こんな表情も、美人さん、だよね。


 姉御肌で責任感の強いマリさんが考えそうなこと、何となく想像がつく。

 けど、却下。


「でしたら」

「ダメ、ですよ。マリさん」

「センセ...」

「俺だったら、安物の服を着ればいくらでも誤魔化せます」

「では、私も」

「ダメ、です。マリさんは、どんな格好をしても超美人さん、です」

「...」

「さあ、もう出立してください。俺も、着替えますね」


 俺は、少し強引に、マリさんを部屋の外までエスコート。

 そして。心配げな顔をして何か言いたげな様子のマリさんに、予定通りの行動を促す。


 何度も何度も振り返るマリさんに笑顔を向け、姿が見えなくなっても暫くその場に立ち続け、俺は、マリさんが無事に避難できますようにと祈るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ