10.
本日も昨日に続いて、いつも通りのカナさんに見送られ、俺は、お偉いさんの経営する系列とは異なる、この街でも中堅どころの娼館へと向かう。
うん。やっぱり、カナさんとは真摯なコミュニケーションが必要、だよね。
というか、カナさんが俺に何か引け目を感じて無理に尽くし従おうとしているのであれば、スッパリと解放し自由にしてあげなきゃイケない、と思う。
そう。この際、俺の側の気持ちや感情など置いておいて、黙々と努力を続けて相応の成果を出しているカナさんは報われるべき、なのだ。
短期間で高度なメイドさんの技能に加えてハイレベルな侍女としてのスキルまで身に付け、更には護身術の才能も新たに開花させてしまった。そんな努力家で尚且つ優秀なカナさんには、それに相応しい待遇が必須だ。
と、まあ。埒もなく、言葉として並べる字面とは裏腹に相も変わらずのグダグダで未練たっぷりの思念を垂れ流しながら、俺は、昼間の少し閑散とした色街のど真ん中をスタスタと歩く。
そして。迷うことなく目的の建屋へと辿り着き、何の遠慮もすることなく堂々とした態度で、さくっと店の敷居を跨いで奥の方へと突き進む。
と。俺の行く手には、お色気むんむんで若さピチピチの、ボンきゅんバンだけど細くて小柄な超絶美形なお嬢様が、待ち受けていた。
おお~。笑顔が眩しい、です。
本日のお相手をお願いする一番手ですと丁寧に挨拶し、やんわりと俺の手を取り、可愛らしい仕種でナニをするお部屋へと案内してくれるお姉さまは、モエさん、というお名前なのだそうだ。
いや~、役得というか...。
モエさんに部屋へと引き摺り込まれ、積極的な手取り足取りの奉仕が途切れることなく続き、手練手管も極まれりといった感の濃厚なサービスが連打され、一瞬たりとも主導権は渡して貰えずに、極楽の中で力尽きました。
はい。勿論、お仕事は完遂しましたよ。
キッチリと、果てました。
いや、まあ。ガッツリと搾り取られた、と言った方が正確なのかな?
ははははは。お相手をしてくれるお姉さまが本気になって攻めてくると、凡人の俺では全く太刀打ち出来ない、とキッチリ思い知らされましたよ。はい。
流石はお店のナンバーワン。嵌った男が、ナニの他に全財産まで注ぎ込んでしまう、といった話もあながち冗談ではない、と実感できてしまいました。
いや、ホントに。お仕事で来ていることを思い出せなかったら、ヤバかった、かもしれない。
けど。モエさん、身体には特に異常など無かったような...。
気怠げに弛緩した空気と軽く熱気のこもった薄暗い部屋で、俺が余韻に片足突っ込んだままホケ~としていると、モエさんが壊れた。
「だから無理だと言ったのよ」
「...」
「あの、マリ様が、懇意にされている男性よ」
「...」
「アタシに落とせる訳、ないじゃない」
「...」
「欲ボケしたギラギラでっぷり支配人の馬鹿な指示なんて、スルーすれば良かったわ」
「...」
「ど、どうしよう。アタシ、この街から追放されるのかなぁ」
「...」
「しくしくしく」
「え、えっとぉ...」
何やら取り乱しているモエさんをどうにか落ち着かせた上で、やんわりと、時間を掛けて事情を聴き出してみる。
何かあっても俺が責任をもって不利益など生じないよう取り計らう、などなどと色々なお約束を積み上げていった結果、漸く平常心まで戻ってきたモエさん。
最後の方は、ほぼ理性が戻ってきていたのか、ドサクサに紛れて彼是と好条件を強奪していったような気がしないでもないが、まあ、俺の方も直前までメロメロにされていた後遺症を引き摺っていたようで、結果的に極々甘々な対応に終始してしまった。
うへぇ。何だか事後処理がとんでもないレベルで降ってきそうで、怖いなぁ...。
まあ、そんな訳で。健康なモエさんが本日の一番手として登場した経緯は、判明した。
モエさんは、でっぷり支配人氏の指示で、俺を骨抜きにして俺が施術する対象の決定権を奪取しようと目論んでいた、とアッサリ白状。
モエさんの持つ限りの超絶技巧を全て駆使して全力で沼に落とそうと臨んだが、行為が終わっても脳がピンク色に染まりきらないし、体力と気力の続く限りにあの手この手と繰り返してみたものの、全然メロメロに出来なかった、と嘆いた。
いや、まあ、本当に、ご馳走様でした。
あのマリ様と懇意にされている男性を完全に落とすなんて、無理なのよ。と、ぶんむくれする、モエさん。
妖艶なお姉さまモードよりも、こちらの可愛らしい女の子っぽい状態が素、なんだろうな。
俺は、どちらかと言うと、今のモエさんの方が好みだけど...。
閑話休題。
しかし、まあ、この娼館のギラギラでっぷり支配人氏は、懲りないよなぁ。と、ある意味で俺は感心してしまった。
う~ん、ブレない、よね。
ここは、やはり、俺の雇用主さんに、ガッツリと絞ってもらおう。
という訳で。ギラギラでっぷり支配人氏への、俺の雇用主さんからの強烈な制裁の発動が確定、と相成ったのであった。合掌。
「こちらの支配人氏には、俺の雇用主から、ビシバシと厳しい指導を入れて貰うよ」
「はぁ~い」
「何か困ったことが起こったら、俺に教えてね」
「分かったわ」
「素直でよろしい!」
「ぶぅ~」
「はっははっはは。とは言え、もしもの為に連絡手段は確保しておかないとダメ、だよね」
「...」
「う~ん。そうだな、暫くは、定期的に俺とお茶でもしようか」
「ええぇ~」
「まあ、まあ。当面は、俺がこちらに通っているので、モエさんの好きな場所で良いから、モエさんのお仕事の一環という建前で、俺とのお茶の時間を設定しよう」
「はぁ~い」
「あと、こちらの支配人氏には、モエさんから都合の良いよう適当に説明してくれて良いよ」
「えっ、良いの?」
「ああ、勿論。ただし、矛盾し過ぎて破綻しないよう、内容には十分に注意してね」
「はぁ~い」
こうして。モエさんとの逢瀬は、両者にとって楽しい出来事の一つとして終わりを告げたのだった。
因みに。翌日から、俺が凄腕のテクニシャンだ、などといった事実無根の風評がこの娼館を席巻し、モエさんからは、テヘッ、とされた...のだけど、これ、どうするよ?
とほほほほほ。勘弁してくれ~。
まあ、それは兎も角。
お偉いさんの傘下ではない店での施術については、まだまだ要検討、であった。
快癒して年季が明けたら店の使用人などの働き口を提供が可能なのは、お偉いさんの傘下の店だから。そうでない場合には、別途の対策が必要。などなど、と。
って言うか、そこまでを視野に入れてのお偉いさんによる策略、だったりするのだろうか?
う~ん。規模が大きくなったり対象範囲が広がったりすると、今の俺では手に余る、よなぁ。まだまだ、弛み無い努力と精進が必要なレベルを抜け出せていない俺、なのであった。