1.
ギフト。
それは、神から与えられる、奇跡の力。
前世で徳を積んだ者に、その徳に相応しい特殊な能力を行使できる素晴らしいギフトが与えられる。と、教会の聖職者たちは説く。
この国では、ある神が信仰されており、その神からギフトという奇跡の力が与えられる、と堅く信じられていた。
すべての者にギフトを与えられる、という訳ではない。が、ギフトを与えられた者が取り立てて珍しい程でもない。
この世には、千差万別で様々な種類のギフトが存在する。が、その全容については神のみぞ知る、と人々は実しやかに囁いている。
俺は、寒村の貧しい家庭に生まれ、物心ついた頃には既に一人で生計を立てていた。
これといった特技もなく、恵まれた身体能力を得ることもなく、素晴らしいギフトが発現することもない。
そんな、ありふれた貧しい天涯孤独な平民として、俺は、漫然と年月を重ねていた。
身体が大人になり、異性への性欲を意識するようになってからも、これと言って特に変化は無かった。
金銭にも伝手にも容姿にも恵まれず、唯々漫然とした日々を暮らし衣食住など最低限の生きる糧を得るため、休むことなく働き詰めで単調な毎日を過ごしていた。
そんな毎日が続き、気付けば大人になって数年ほど経っていた、ある日。
いつも通り、仕事に疲れ、いつもとは少し違う仕事場から寝床へと戻るため、普段は近寄ることのない歓楽街の外れを歩いていた。
ある娼館の前を無となり足早に通り過ぎようとしていた正にその時、偶然にも、ある娼婦らしき女の子と目が合ったのだった。
茜色の真っ直ぐな髪をパッツンと切り揃えた、童顔のガリガリに痩せ衰えた華奢で小柄な女の子。
パッと見は、能面のように感情の抜け落ちた無表情だった。が、なぜか、彼女の綺麗な瞳に、強烈な磁力で引き寄せられたかの如く、俺は目を奪われる。
その瞬間、視界が真っ赤に染まった。
頭部に全身すべての血液が上ったかのように、急速かつ猛烈に、視野が狭まり思考能力が低下。
意識に濃い霞がかかったような状態が続く中、怒涛の勢いで目まぐるしく視界が切り替わり揺れ動いて...。
ハッと気が付いた時には、早朝の薄暗い朝日が差し込む娼館の小汚い部屋のベットで、強烈な倦怠感と共にぐったりと横たわっていたのだった。
辛うじて覚えていたのは、その娼婦らしき女の子の近くに居たであろう娼館の者らしき男の、少し投げやりな感もある売り込みの言葉。
その男が言うには...。
顔が可愛らしいかったので幼い頃に高値で買われてきたが、成長しても体つきが女性らしくならず買い手がつかなかった。
仕方なく少ない対価で春を売ろうと何度か試みているうちに妙な病気にかかり、余計に女性的な魅力が無くなってしまって、もう買い手がつかない。
端金で身請け先を探しているが、なかなか見つからなくて困っている。
どうだい、お兄さん。こんな子でも良いなら大サービスしよう。
なに、そんな事情だからお安くしとくよ。
体が丈夫な大人の男なら、普通に頑張れば半日程で稼げる程度の金額だ。
などなど、と言っていた、ように思う。
そんな売り文句を朦朧として聞き流しながらも、思考能力が極端に落ちていた俺は、手持ちの金子を全て差し出し、その娼婦らしき女の子の一晩を買った、ようだった。
そんな初めての経験を終えた後。
俺は、早朝の町を、その娼館から次の仕事場へと向かって空腹を抱えたままトボトボと歩いて行った。
フラフラになりながらも我武者羅に働いた後、這う這うの体で寝床へと戻り、何とか冷えて硬くなった食物を夕食として掻き込み、倒れるようにしてそのまま就寝。
翌日の明け方、いつも通りの時間に目覚め、重い体を引き摺りながらも最寄りの共同井戸へ向かった...ら、何故か、そこには、見るからに厳つい暴力の匂いがプンプンする男たちの集団が居たのだった。
何事だろうか...。
俺は、ぼぉ~と突っ立って、見るともなしにその様子を眺める。
その男たちは、周囲を恫喝し、威嚇し、何やら人を探していると喚いて暴れていた。
そして。
その中にいた一人の男が、俺を見た。
ん?
先日の娼館の者らしき男、じゃないかな?
「この男だ!」
その男がそう言って此方を指差した途端、大勢の荒くれ者たちが一斉にどどどどっと押し寄せてきて、俺は、その集団に取り囲まれ連行されてしまったのだった。
何が何やら訳の分からないまま、どうやら先日の娼館らしき場所に連れ込まれた俺に、その娼館を取り仕切っているという胡散臭い雰囲気を漂わせた男が、一方的に通告した。
先日の娼婦が、俺の相手をした翌朝、妙な病気や慢性的な体調不良と過去の傷跡など全ての異常状態から全快していた、のだと。
どうやら、俺は、行為をなした相手を癒すギフトを持っているに違いない。
だから、この娼館のために、この娼館の主のために、身を粉にして働け。
そのようなセリフを一方的に聞かされ、俺の処遇が通告された。
何やかやと名目やら理由やら付け加えられ、強制的に拘束され、勝手な契約で縛られ、娼館の中に監禁されてしまった。
それから数日間の俺は、天国という名の地獄の住人、となった。
病気持ちの娼婦から怪我の跡が残ってしまった高級な花魁まで、片っ端から休む間もなくただ只管に延々と行為をし続けさせられる時間が続いて、ぶっ倒れた。
で、次に気付くと。
俺は、見るからに高級そうな妓楼と思しき建物の、品の良さげな一室に寝かされていたのだった。
俺が目覚めたという知らせを受けたのか、意識が戻って飲み物やら食べ物やらを給仕され一息ついたタイミングで、一見すると温和な紳士に見えるお偉いさんが現れた。
そして。俺の疑問に、丁寧な説明をしてくれた。
この御仁は、あの娼館を系列に持つこの高級な妓楼の経営者であるお偉いさんで、俺はこの人に保護された、らしい。
あの狂乱の数日間で、ギフトの発現条件と結果が徹底的に精査され、俺の持つ特殊な能力についてある程度までは解明された、のだそうだ。
この後も、慎重に調査を継続し、効率的に成果を得るための研究は続けられる予定、との事だった。が、強要もしないし、無理な拘束もしないし、相応の報酬も支払われる、という説明がなされた。
俺の人権(?)を蹂躙した事に対する謝罪など一切なく、まるで古くからの知り合いであるかのような態度で、平然と何事も無かったかのように振る舞うお偉いさんに、正直なところ、不信感を懐かなかった訳ではない。
が、所詮は何の地位も後ろ盾もない貧民に対する態度としては、取り立てておかしなモノでもないので、取り敢えずは、気にしない事とする。
うん。まあ、世の中、こんなものだ。
と言うか、これでも良い部類、だろう。
そう。俺は、まだ、幸運な方なのだと思う。
どちらかと言うと、あの数日間の扱いの方が、この世界ではよくある出来事、なのだから。
ここは、基本的人権とか、平等とか、そんな二十一世紀の日本のような平和で生温い価値観が通じる世界ではない。
うん。俺は、もう諦めていた。
夢を見ても、仕方がない、と。
この世界での現実は、どこまでシビアなのだ。
と...少し、話がズレた、よな。
えっと、話を戻そう。
高級な妓楼など手広く経営するお偉いさん曰く、俺の持つギフトは、適用条件に色々と制限がある、という事だった。
見方によっては天国であったとも言えるあの数日間の行為は、分類すると、ザクっと三分割されるのだそうだ。
最初の頃は、一部を除き、大多数で何らかの効果があった。
中盤では、効果があるケースもあったが、大幅にその率が下がった。
終盤になると、その極一部を除いて、ほとんどで効果は無かった。
と、いう事らしい。
また、別の角度から見ると、効果があるケースでも相手によって差異があった、のだという。
娼婦との間での行為に関連する病気は、相手のタイプに関わらず全快する。
ただし。一般的な病気などに起因する体調不良や過去の傷跡などが治るのは、相手のタイプによって偏りがあったり、相手の態度によって効果に差異がでるケースがある。
と、判明したそうだ。
それと。当然と言えば当然ながら、俺が萎えて行為に及べないと効果は一切なかった。
という事で。
俺を監禁して強要して酷使するのは、使い方として賢くない、という結論に至った、らしい。
いや~、よかった、良かった?
まあ、確かに。俺のギフトを必要とするような人が常に存在している娼館って、もう終わっている、とは思う。
俺のギフトを活用し始めた当初は兎も角、ある程度の対処が済んでしまえば、あとは緊急時にでも居れば良い、と考えるのが妥当だろう。
しかも、俺の意欲と体調にも効果が大きく依存するともなれば、多数の娼館を傘下に収めて高級な妓楼をいくつも経営できるような頭の切れる有能なお偉いさんは、こうするよね。
今後も慎重に生態観察を継続しつつ、効率的に成果を得るための研究は続け、表向きは強要もせず拘束することもなく相応の報酬を支払って体裁を整え、ガッツリと抱え込む。
逃げられない訳ではないが、リスクを冒してまで逃走しようとは思わせず、適度に首輪と繋がった紐を長くして遊びを確保して比較的自由に泳がして掌の上で転がす。
うん、完璧だ。流石に、切れ者は違う。
と、まあ。以上が、現在に至るまでの経緯、という奴だ。
こうして俺は、この国でも有名な高級妓楼と専属契約する医療スタッフのような扱いの、娼婦さんのヒモ的な何か、に相成ったのであった。
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