「ゼクタの苦難①」
~~~ゼクタ視点~~~
ギザ歯で金髪ツンツンヘア。
貧民街出身のゼクタ・アーロンは魔法学院一の不良生徒だった。
話す言葉のすべてが高圧的で、攻撃的で、ちょっとした侮辱も許さない狭量な男だった。
殴り合いのケンカはしょっちゅうで、厳重に禁止されている魔法を使ってのケンカまですることから、何度も何度も停学になった。
それでもギリギリ退学にまで至らなかったのは、持って生まれた爆裂魔法の素質のせいだ。
百人に一人というレベルの、彼には紛れもない才能があったから。
だからこそ、ゼクタは自分の才能に酔っていた。
自分に文句を言える奴はいないんだと。
いつか世界一の魔法使いになってみせると。
なんなら魔境に放り込まれたとしても、自分なら脱出出来るのだと。
過去誰一人達成したことのない魔境帰還者となって、伝説に名前を残すのだとすら思っていた。
しかし、その妄想は瞬時に崩壊した。
魔境は、魔境の八割を占めるこの密林の生物群は――デカすぎた。
「走れ! 走れ! 走れ! 急げおまえら! 追いつかれるぞ!」
密林の中を駆けながら、ゼクタは叫んだ。
――きゃあああー!?
――やだ! こんなところで死にたくない!
――ゼクタさん! 助けて!
不時着してから仲間になった生徒たちが、口々に悲鳴を上げる。
一行の中で最も戦闘力のある――故にリーダーをしている――ゼクタに助けを求めるが、当のゼクタにその余裕はなかった。
「無茶言うな!」
チラと後ろを振り返ると、生徒たちの後ろに多頭蛇の姿がある。
首の数五本、胴体は一つ。全長十メートル近く。
神話や冒険物語の中でしか見たことのないような怪物が、木々をなぎ倒しながら迫って来る。
――爆裂魔法でなんとかできない!?
――もう走れないんだよ!
――お願い! お願い!
「バカか! んなもんが効くわけねえだろうが!」
一枚一枚が三十センチ以上はあるだろう鱗に覆われた胴体と、数トンはあるだろう巨体と、何よりも人間を獲物としか思っていないその獰猛性に触れた瞬間――ゼクタの鼻っ柱はべきべきとへし折れた。
「畜生! 畜生! 畜生! デカすぎんだろうが!」
人間たちの住む世界にだって魔物はいる。
だが、これほどの物は見たことがなかった。
「踏みとどまって戦う!? 爆裂魔法で攻撃する!? バカ言え! 俺たちはここではただの獲物なんだよ! って――?」
ガサリ、右前方の藪が揺らいだ。
猛然たる勢いで飛び出て来たのは一匹の魔物だ。
ライオンの胴体にサソリのような毒針付きの尾を持ち、頭は人に似た――マンティコアだ。
「げえええええっ!?」
マンイーターとも呼称される人喰いの獣が飛び掛かって来るのを、ゼクタはギリギリのところで躱した。
前転するように体を投げ出し、藪の下へ潜った。
そのまま這いつくばり、死に物狂いで手足を動かした。
(こんなところで死んでたまるか! 俺は……俺だけでも逃げるんだ!)
ヒュドラとマンティコアに同時に襲われた生徒たちが悲鳴を上げて逃げ惑う声を聞き流しながら、ゼクタは藪の下を移動し続けた。
やがて――
「……いつの間にかひとりか」
藪を抜け、開けた土地に出た。
、周りにはもう、誰もいなかった。
ヒュドラも、マンティコアも、生徒たちも。
「やっべ……疲れた」
立ち上がろうとして失敗し、ドスンと尻餅を着いた。
そこで初めて、ゼクタは目の前に川が流れているのに気づいた。
「あ……っ」
なんという幸運だろう。
「――やった、水だ」
顔を突っ込むようにして、川の水を飲んだ。
がぶがぶと、何度も何度も。
ここまで一滴の水も飲んでいなかった身に、冷たい水が沁みた。
「ふう~……助かったぜ」
満ち足りたゼクタは、口元を拭いながらその場に腰を落ち着けた。
「って、安心してもいられねえか。問題はこれからだ」
魔法の媒体用の剣はある。
藪の中で失うこともなく、背に負ったままだ。
が、逆に言うとそれ以外は何もなかった。
食べる物がない。
今は水辺にいるが、携帯手段がないので移動すればすぐ水不足になる。
生徒たちの誰かが携帯ボトルを持っていたはずだが、戻って探してみる気にはならない。
「飛空艇へ戻りゃあ水と非常食があるか? ……だが、ひとりじゃ無理だな」
鬱蒼とした森の中で次またあんな魔物に遭遇したとしたら、今度こそ命はないだろう。
逃げるにしても、仮に爆裂魔法で戦うにしても誰かの力が必要だ。
今回助かったように、『肉の盾』となるべき存在が。
「しかし……こんなデカい森の中で他の連中に会えるかっちゅうと難しいな」
腕組みして、考え考え――そこでゼクタはピンと来た。
「そうだ。サラとあいつ、あのデカい男……っ」
あの二人なら扱いやすそうだと考えた。
サラは極度のビビりだし、デカい男は異世界人だからこちらの世界の常識には疎いはず。
二人とも上手く丸めこんでしまえばいいのだ。
「幸い距離もそれほど離れてねえし、いったん洞窟に戻って……。なあに、『あの場はああ言ったが、やっぱり心配になって探してたんだ』とでも言えばいいだろう。どっちもお人よしのバカっぽいし」
ギザ歯を見せて笑うと、ゼクタは立ち上がった。
「ようーっし、そうと決まれば戻るとすっか。といってもこのまま戻ったらあの魔物どもと鉢合わせするかもしんねえから迂回して迂回して……ちっ、めんどくせえなあ~」
頭をかきむしってめんどくさがった――その瞬間だった。
ザバリと水面を割り、複数の魔物が姿を現した。
魚頭人だ。
川を住みかとする二足歩行の魚頭人が、手に手に槍を構えて向かって来る。
「くそっ、次から次へと――?」
ゼクタは悲鳴を上げて逃げ出した。
「誰か……誰か俺を助けろよおおおおお!」
魔境という極限状況に適応できなかった彼は、ただただひたすら走り続けた。
理想的な『肉の盾』を求めて、ひたすらに――
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