「『天声神語《アカーシャ》』」
スキル、『天声神語』の説明書きはこうだ。
効果:数億年にもわたってこの地を見守る神々は、互いに交わした言葉を聖典に記されている。常人が読めば正気を失うほどに神聖性を帯びたものだが、『天声神語』の持ち主は正気を保ったまま読むことができる。
難しく書いてはいるが、要約するならば天上には『神々の掲示版』があり、『天声神語』の持ち主はそれを読むことが出来るというのだ。
ソフィアの話によれば向こうはこちらの様子を逐一ウォッチしているようなので、やり様によっては会話を成立させることも出来るはずだ。
「スキル 『天声神語』発動」
指定されたコマンドワードを口にすると、左のこめかみの辺りに痛いような痒いような感覚が走った。
そちらに意識を集中すると、脳裏にインターネットの大型掲示板のようなものが見えた。
天使:見て見て、これが今回の使徒だって。
天使:デカい……可愛くない。
天使:ソフィア様には申し訳ないけど、もっと可愛らしい少年のほうが興奮する。
天使:……あんたの変態趣味、なんとかしなさいよ。
年頃の少女たちのような会話が、ずらずらと果てしなく続いている。
神格や神聖性のようなものは感じないが、まあ主であるソフィアがあれだからな……。
「やあ、初めまして」
天使:きいやああああ! 喋りかけてきたああああ!?
天使:ちょっと……そんなことある!?
天使:『天声神語』だ! この人間、『天声神語』を覚えたんだ!
天使:なんでいったい、そんな外れスキルを……?
「驚かせてすまないね。ソフィア様の使徒となるにあたって、その忠実な側近たる君たちに挨拶をしないわけにはいかないからね。貴重な神力を消費してでも話してみたいと思ったんだ」
天使:側近って……そこまで偉くはないけども。
天使:で、でも悪い気はしないわね。というか、こんなにまっすぐアゲられたの初めてかも?
天使:ウチたちと話したいとか、人間にしては殊勝な心がけみたいな?
天使:ふん、可愛らしい少年じゃないけど、今回は大目に見てあげるわ。
「ありがとう、麗しいお嬢さんたち。これからよろしく頼むよ」
そう言うと、私はパチリとウインクした。
人間の、しかも男に褒められたのが初めてなのだろう天使たちは、皆キャッキャと嬉しそうにはしゃいでいる。
うん、やはりな。褒められて嬉しくない者はこの世にいない。
年頃の少女たちのような天使であるならなおさらだろう。
「よし、最初はこんなところだろう。『天声神語』、解除」
天使たちの好感度を稼げたことに納得して振り返ると……。
「……なんか、ニコからチャラい雰囲気を感じるんだけど?」
サラがじとっとした目で私をにらみつけ。
【……そなた、初手で天使をナンパとか正気か?】
光球からもまた、ソフィアの冷えた視線を感じる。
天使たちからの好感度が上がった分、同行者とソフィアからのそれが下がってしまった。
「おかしいな。こんなはずでは……」
頭をひねって考えるが、どうしてこうなったのかわからない。
より多くのファンを獲得し、声援を力にする。
そのためファンとはなるべく心の近しい関係になる。
ハリウッドスターとして当たり前の行動をとったつもりだったのだが……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ん? この音は?」
【お、来たようじゃぞ。そなたがこちらの世界に来て、最初の試練じゃ】
その異変に気付いたのは、私もソフィアも同時だった。
「え? え? 何々? 何が来るの? わたし、さっぱりわからないんだけど?」
慌てたサラが杖を掴み、辺りをキョロキョロ見回している。
そんな中――
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
ガチャガチャ、ガチャガチャ。
金属系の装具を身に着けているのだろう、重い足音が近づいてくる。
その数は二十……三十はくだらないな。いずれにしろ、かなりの数だ。
「ぜ……ゼクタたちが戻って来たのかな?」
「いや、違うな」
あそこまでの啖呵を切って洞窟を出ていった連中が、今さら戻って来るわけはない。
生徒たちの中には剣や槍を持っている者もいたが、金属系の装具を身に着けていた者はいなかった。
それに何より……。
「なんだこの臭いは……?」
雨上がりの犬の臭いを数倍に煮詰めたようなのが鼻先をくすぐる。
思わず顔をしかめた瞬間、「アオオオーン!」という遠吠えが洞窟内に木霊した。
「この声は……コボルド!?」
怯えたように、サラが叫んだ。