「女神ソフィアと帰還への道」
「さあ、立つんだサラ。まずは無事に魔境を脱出し、人間の世界に戻ろう。なあに、私のことは気にするな。何としてでも元の世界に戻って見せるさ」
サラに向かって二ッと笑い、力強く断言した――次の瞬間だった。
突如空中に直径に十センチほどの白くふわふわした光球が出現したかと思うと、私の周囲を踊るように動き回った。
【ああーっはっは! よいのうよいのう! 帰還不能に絶望すらせず、即座に希望の言葉を吐くことができるとは! 面白い! 『はりうっどすたー』というのは皆、そなたのように肝が据わっているのか!?】
声はまぎれもなく光球から発されていた。
年端もいかない幼女のように可愛らしい声なのに年老いた老婆のような言葉遣いで、こちらの戸惑いなど無視してガンガン話しかけてくる。
【のう、どうじゃっ!? 我らが光の軍勢の使徒となってみる気はないか!? 普通ならせんのじゃが、そなたのような逸材ならば特別に『すたーとあっぷぼーなす』で神力を与えてやってもよいぞ!?】
使徒? スタートアップボーナス?
なんのことだ?
察するに、何かの勢力に入れと勧誘を受けているようだが……。
「あー……失礼。こちらの世界に不慣れなものでね。申し訳ないが教えてはもらえないだろうか? 君はそういう形状の生き物なのかい? それとも魂? あるいは精霊とか、そういった類の存在なのか?」
【おっとすまんな。説明を忘れておった。部下の天使どもにもよく言われるのよ。主は可愛いのはいいが、先走りすぎるのが悪い癖じゃとな。我が名は女神ソフィア。この世界を創りし神の一柱よ――】
光球の名乗りに、私はぎょっとした。
このふわふわしたのが、事もあろうに……。
「……女神ソフィアだって?」
驚愕のビッグネームだ。
この世界を創った神様の一柱が目の前にいるだと?
あまりにもすごすぎる話だ。
すごすぎてすぐには信じることができないが……。
「わわわわわ、とんでもない方が来ちゃったようー!?」
戸惑う私の横で、サラがガバリと平伏した。
額を地面につけて、伏し拝んだ。
「なんで女神様がわざわざここまで!? いや霊子体だから本体じゃないんだけどでもでもでもっ!?」
この必死なリアクションを見るに、どうやら本物の神様で間違いなさそうだ。
私も見習うべきかと思い膝を着いたが……。
【ふぉふぉふぉ、まあそう硬くならずともよい】
ソフィアは気軽に笑うと、私たちの周りをふわふわと漂い始めた。
……ふむ、どうやら堅苦しい対応は好きではないらしい。
ならばフランクに接しても良さそうだと、私は肩から力を抜いた。
【それはさておき話の続きじゃ。ニコよ、異世界よりの来訪者のそならに、まずはこちらの世界の成り立ちを教えよう】
そう言うと、ソフィアはこの世界の構造について語り出した。
要約するならば、それはこういう話だった――
一つ、この世界は光の軍勢の一柱である女神ソフィアと闇の軍勢の一柱である魔神デミウルゴスが遊戯のために創った箱庭の世界であること。
二つ、二柱の神は、使徒をコマにした代理戦争で勝ち負けを競い合っている。対戦成績は五百勝五百敗のイーブン。次の一勝はなんとしてでもモノにしたいのだということ。
三つ、今は飛空艇墜落事件に端を発した戦争の最中で、両陣営とも使徒探しに躍起になっていること。
四つ、使徒には神力という形で恩恵が与えられる。善き行いをすればソフィアや天使が、悪しき行いをすればデミウルゴスや悪魔が神力を付与する。その度合いは働きぶりに応じるとのこと。
五つ、神力を消費することにより人は様々な力や報酬を得られるが、その中のひとつに『神への謁見』があり、願いをひとつ、何でも叶えられるということ。
【突然の異世界召喚にもかかわらず、めげない根性が気に入った。理不尽な願いをした子供を邪険にせず、街まで連れて帰ろうという心根も気に入った。そして何より良いと思ったのは、その矜持じゃよ】
「矜持?」
【元の世界に戻れぬかもしれぬという恐怖を押し殺し、なおも『はりうっどすたー』であろうとするその矜持を、わらわは最も評価した。じゃから約束してやろう、『神への謁見』の報酬を手にした暁には、必ずやそなたを元の世界へと戻してやることを】
「ちなみにだが……」
さっきから気になっていることを聞いてみた。
「あなたが神だというなら、まずはその力で、サラや他の子供たちを救うということは出来ないだろうか? そうすればこっちも落ち着いて戦争に挑むことが出来るのだが」
【それは出来ん】
私の提案を、ソフィアはバッサリと切り捨てた。
【そもそも遊戯のための世界だということもあるが、わらわほどの神格が直接介入すれば世界がめちゃくちゃになるじゃろう。デミウルゴスとて黙ってはいないじゃろうし、そうなれば最悪、光と闇の直接戦争すら起こり得るじゃろう。のう、その理屈はわかりおろう?】
「まあ……たしかに」
仮に戦争までいかなかったとしても、女神が動いたのに対抗して魔神が動いたりしたら、被害が単純に拡大する可能性もあるからな。
【それにじゃ。そなたの世界の神々とて、地上の生物たちの生きざまに直接かかわったりはせぬじゃろう?】
「それもそうだな」
遥か古代の神話時代ならともかく、現代の神々は厳然として天上におわすものだ。
いちいち人の生き死にに関わったりはしない。
関わることがあったとしても、何か代理手段をとるのが通例だ。
私はしばらく考えた。
神々の箱庭世界であるアルコニア。
この世界に生きる者は、言うならば等しく役者なのだろう。
善き行いをすればソフィアに、悪しき行いをすればデミウルゴスに神力という形で評価される。
ハリウッドスターの私にとって、それは実に簡単なタスクだ。
神々の喜ぶような演技をすれば、それがそのまま神力となって跳ね返ってくる。
この分野においてなら、他の誰にも負けない自信があるが……。
「神力は、使徒以外にも与えられるんだな?」
【むろんじゃ。我らの目となり耳となるこの霊子体は、基本は使徒の行動を中心に追うが、これ以外にも数百個あり、魔境中に放たれている。何か目覚ましい活躍をした者がいれば、当然の如く神力が与えられる。じゃんじゃんばりばり盛り上がっていこうというのが『基本すたいる』じゃ】
いいね。
使徒に優先的な配信権のようなものがあるなら、なおさら有利だ。
「オーケイ、了解だ。私を君の使徒にしてくれ」
私が了承すると、光球がぐるぐると宙を舞った。
雪に興奮して庭を走り回る犬のような姿からすると、どうやら喜んでいるらしい。
【ようーっし、よしよし! 有望な使徒、ゲットじゃぜ~っ!】
ソフィアは喜びに満ちた声を発すると。
【ではわらわの使徒に、神力の使い方を教えてやろう。わらわが直接指導するなど滅多にないことじゃからな。ありがぁぁぁたく拝聴するようーっに】
ふふんと笑うと、ソフィアは【すてーたすおーぷんっ!】と大きく叫んだ。
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